Wikipediaにおけるひよこ陛下

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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Wikipediaにおけるひよこ陛下(ひよこ卿猊下君妃殿下閣下大統領様首相将軍大元帥大王摂政関白太政大臣主上大先生殿名誉教授主幹隊長親分伯爵庵多賀大将総統理事長事務次官局長台下次長課長悦恥助津智湾達致痴漢総監横綱令嬢社長天皇知事総督聖上陛下)とは、日本語版ウィキペディアにおいて度々試みられている、ユーモア欠落症患者によるアンサイクロペディアからの低質なパクリ行為であり、その都度殺される哀れな陛下のクローンである。

概要[編集]

陛下を我がもとに[編集]

アンサイクロペディアにおける本物のひよこ陛下。残念ながら、ウィキペディアに出現したという偽の陛下の画像までは観測に至らなかった。

ひよこ陛下は2006年9月29日にアンサイクロペディア日本語版に顕現した存在および記事であり、以後記事は歴史的文書として、ひよこ陛下自身はアンサイクロペディアのマスコット的存在として人気を博してきたことは言うまでもない[要出典]

他方、Wikipediaにおいてはアンサイクロペディアについて「目的はウィキ形式によるSPOV(風刺的・皮肉)な観点の記事を提供することにある[1]」という体裁で認識されていた。ウィキペディアンのなかには実際にアンサイクロペディアを閲覧して検証する殊勝な輩がいたものの、彼らが目にしたものの中にはユーモア欠落症患者では理解に及ばない記事が多数存在したため、その思考回路をショートさせてしまった。なかでも特に彼らの理解を拒絶させたものが記事「ひよこ陛下」であり、お世辞にも高品質とは言えない記事でありながら秀逸な記事に選出されていたことが、混乱に拍車をかけた。この何の皮肉でもなんでもない記事が秀逸という(彼らにとって)不可解な存在にどう対処すべきか、高野豆腐の数倍頭の固い百科事典の住人は悩み苦しみ、やがて見なかったことにしようという結論に至りつつあった。

しかし、彼らの一部には「Wikipediaに網羅されていない単語はあってはならない」と考える新進気鋭の執筆者がいたのである。それもたったひとりではない、少なからぬ数のウィキペディアンがである。何が彼らを突き動かしたのか。それはウィキペディアンとしての矜持か、はたまた陛下に抱いてしまった畏敬の念か……そうして2007年5月25日、ウィキペディア日本語版にひよこ陛下と寸分違わぬ姿の記事「ひよこ陛下」が誕生したのである。

忌み子の溢れる地で[編集]

Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちによって「ひよこ陛下」はリダイレクトページになっています。変なページに飛ばされるので、クリックしても意味はありません。

ただ残念なことに、彼らの気概に反して彼ら自身には記事そのものの執筆能力は皆無であり、アンサイクロペディアへの理解は上辺に留まり、さらにアンサイクロペディアの模倣に最も必要なユーモアが絶望的に欠けていた。上で「寸分違わぬ」と言ったがそれもそのはず、その記事は全部が全部アンサイクロペディアからの引用要件を満たしてすらないコピペ。彼ら自身によるユーモアなど微塵も存在させることができなかった。悲しいかな、なまじアンサイクロペディアを理解したつもりでいたがために、彼らは「ヴァンダリズムですら記事に転化する」というアンサイクロペディアの美徳が頭の固いWikipediaでも通用すると勘違いし、引用の要件も満たさないコピペで記事を作ってしまったのである。

規律に則って事を運ぶことに喜びを見出す変態管理者削除主義者に見つかった結果、引用要件もなにも見いだせないその記事がどうなってしまうのか……結果、2007年5月25日に「Wikipediaのひよこ陛下」はその短い命を摘み取られてしまった[2]

これがただ一度の過ちで終わっていれば「嫌な事件だったね」の一言で終わらせられるのだが、悲しいことに「陛下」をWikipediaに顕現させた者たちは、その死を理解できずにいた。このため、この「ひよこ陛下」は度々その墓を掘り返され、その模造品を延々と晒されては潰されるのを繰り返している。時にはたった1行の文、時には無意味なたわごとで塗り固めてと散々な扱いの「陛下」であるが、信奉者たちはそれをジョークやユーモアだと本気で考えているのである。こんな悲しいことが現実にあってたまるかと思われるでしょうが、これがWikipediaのごく一部で起きている本当のことなのである。哀れな「陛下」たちの救われる日はまだ来ない。

死亡した陛下の一覧[編集]

  • 「ひよこ陛下」(初代) - 2007年5月25日生誕?。同日死去。享年0日。
  • 「ひよこ陛下」(2代) - 生誕不明(出生記録なし)。2008年11月10日死去。享年不明。
  • 「ひよこ陛下」(3代) - 2011年4月6日生誕?2011年4月13日死去。享年7日。
  • 「ひよこ陛下」(4代) - 生誕不明。2012年2月5日死去。享年不明。
  • 「ひよこ陛下」(5代) - 2014年7月29日生誕。2014年8月6日死去。享年9日。
  • 「ひよこ陛下」(6代) - 2014年8月8日生誕。同日死去。享年0日。
  • 「ひよこ陛下」(7代) - 2018年1月19日生誕。同日死去。享年0日。
  • 「ひよこ陛下」(8代) - 2019年10月10日生誕。同日死去。享年0日。
  • 「ひよこ陛下」(9代) - 2019年10月11日生誕。同日死去。享年0日。
  • 「ひよこ陛下」(10代) - 2019年10月29日生誕。同日死去。享年0日。
  • 「ひよこ陛下」(11代) - 2019年12月17日生誕。同日死去。享年0日。

参考資料:[3]

脚注[編集]

  1. ^ ウィキペディア日本語版 アンサイクロペディア 2020年1月28日 (火) 20:56の版より引用。GFDL? なんのことだよ(すっとぼけ)
  2. ^ Wikipedia:特別:転送/logid/370760
  3. ^ [1] - 削除記録

関連項目[編集]

外部リンク[編集]