関釜連絡線

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関釜連絡線(かんふれんらくせん)とは、日本山口県下関市下関駅から大韓民国釜山広域市東区にある釜山駅を結ぶ鉄道路線である。

概要[編集]

韓国が実質的に日本のものになった1905年9月11日に開業。長州の伊藤博文が朝鮮のアーン♥♥を健康な状態で大量輸送するために男根たくましくつくらせたと伝わる。しかし、伊藤はその梅毒と下関のフグ毒に気を取られ、油断したところをバキューン!!されたので、詳しいところは分からない。

下関を発着するのに、「下釜連絡線」でなく、「関釜連絡線」となったのは、下という字が伊藤博文の真の目的を思い起こさせ下品すぎると、山県有朋が狂わんばかりに反対したためだ。

この路線の開通により東京からロンドンまで横断することが可能となり、実際にヨーロッパ行きの切符も日本で売られるようになった。しかしながら、大東亜戦争による日本の敗戦後は韓国との国交がなかったため運行がなかったが、国交回復後に復活した。しかしながら韓国との国交がない時期に国境を開かない北朝鮮が誕生したことによりヨーロッパ横断は事実上不可能となっている。万一復活したとしても、実質的に使う人間は鉄道教徒しかいないだろう。

ほぼ全線にわたってしか見えない車窓が特徴。発車メロディ釜山港へ帰れだが、日本側では黄色い韓国人がつくった歌詞だから止めろと街宣をかけられ、韓国側では渥美二郎の唄だから日本製だと強い反発が出ている。しかし、発車メロディ変更を求める点ではお前らチングという諌めも寄せられている。

何故か一本の列車で直通することが出来ず、下関駅と釜山駅で各々の路線に乗り換えを強いられる。

路線データ[編集]

  • 路線距離:240km
  • 軌道DHMO
  • 駅数:2駅(起終点駅含む)
  • 電化区間:なし(全線非電化)

使用車両[編集]

使用車両は日本側と韓国側で1編成ずつ保有している。ただし何故か「○○系」という系列で表記されておらず、愛称が車両に付けられている。

  • はまゆう(日本側車両)
  • ソンヒ(韓国側車両)

大橋[編集]

240kmの大橋が日本海にずっとかかっているはずなのだが、壇ノ浦の漁師たちは一度たりとてその大橋を見たことがないと証言している。これは大東亜戦争中に機雷で大橋を破壊しようとした米軍の殺人鬼も同様の証言をしている。

そのため、この大橋は東海という異世界の海を結んでいるのではと噂されている。240kmの距離を僅か30分で走行する上に、10分に1回運行と全線単線では考えられない輸送力を誇っているためだ。

駅一覧[編集]

駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 所在地 特記事項
下関駅 - 0 西日本旅客鉄道山陽本線・(山陰本線 日本山口県下関市 JR西日本の駅舎とは離れており、地上乗り換えが必要。ただ、両者ペデストリアンデッキで結ばれているので迷子にはなりにくい。
釜山駅 240 240 韓国鉄道公社京釜線京釜高速線
釜山交通公社1号線
大韓民国釜山広域市東区 韓国鉄道公社の駅舎とは離れており、地上乗り換えが必要。ペデストリアンデッキで結ばれていないので迷子にならないよう注意。中央駅のほうが近いという噂があり、京葉線東京駅有楽町駅みたいな関係である。この路線と接続する列車は、定時運行でも釜山駅に衝突せんばかりの猛スピードで特攻してくることで知られており、一度事故が起きた時は世界中で一面記事になった。

関連項目[編集]

Wikipedia
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東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「関釜連絡船」は、混雑がひどく、両数を増やす案が出ています。両数を増やして下さる協力者を求めています。  (Portal:スタブ)