シャルル・デッテイウ

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シャルル・デッテイウ(Charles d'Etteille,1736年-1793年)は、フランスの思想家。本来の発音ではラテン読みでは「デテイウス」、フランス読みでは「デティーユ」に近いが、日本では明治期に坪内逍遥の翻訳(本来は誤読)により「デッテイウ」が定着したので、本項でも後者を採用する。

くだらないネタや気に入らないことを笑い飛ばすことで快楽が得られると考え、そのようなことに出会ったとき自分の名前を大声で叫んだので周囲からは変人と言われた。やがて時代はフランス革命を迎え、徴税局で働いていた彼は、革命軍に向かって愚かにもその台詞を吐いてしまったため、農具で殴り殺されたという。

経歴[編集]

  • 1736年 フランス、ノルマンディ地方の下級貴族、アンリ・デッテイウの長男として生まれる。ソレナンテ・エ・ロゲは母方の曽祖父。
  • 1739年 母が馬車に跳ねられて死亡。これがトラウマとなり、独り言が多くなる。(自伝より)
  • 1752年 父が無実の罪で投獄される。すべてを自分一人でこなさなければならなくなったシャルルは「精神を正常に保つため」、嫌なことがあると自分の名前を大きな声で叫んだ。そのため、わずかな使用人も「当主がこんな馬鹿ではデッテイウ家も終わりだ」と逃げ出してしまった。
  • 1764年 自分の考えをまとめた「哄笑と快楽」という本を出版。この本は初めほとんど売れなかったが、これが偶然時の国王ルイ15世の目にとまり、絶賛される。これにより本の売れ行きはよくなるものの、彼の考え方は大衆には理解されず、一部の狂信的な信者(「デッテイスト」と呼ばれる)を生んだに過ぎなかった。なお、若きルイ16世もこの本を愛読したと伝えられ、後の彼の思想に大きな影響を与えたという説もある。
  • 1774年 ルイ15世が崩御し、ルイ16世が即位。ルイ16世は彼を偉大な思想家だとして宮廷に招くが、シャルルの名声を妬んだ廷臣たちの讒言により徴税局の書記という地位に左遷されてしまった。彼はこのとき一晩中笑いながら「でっていう」と叫び続けて1週間余り声が出なくなったらしい。(自伝)
  • 1789年 フランス革命勃発。この年に彼はもう1冊の本を著す。これが世に名高い「シャルル・デッテイウ自伝」である。この本は革命軍の感情を逆なでする内容が多々含まれたため、彼は革命軍からマークされることになり、逃亡生活を送らなければならなかった。
  • 1793年 ルイ16世処刑の報が届き、歓喜する革命軍に向かって「でっていう」と叫んだため、素性がばれ、農具で殴り殺されてしまった。

業績[編集]

デッテイウの楽観的な思想は、圧政に苦しむフランス国民に一筋の光を投げかけたといえる。しかし、文明は彼の思想が理解されるほど成熟していなかった。 それでも彼の思想は少数のデッテイストたちによって継承され、日本でも2ちゃんねるなどで親しまれている。

でっていうとの関係[編集]

このような生き様を後に本で読んだ(もちろん逍遥の訳書)任天堂の社員がこれに目をつけ、デッテイウのような飄々としたキャラクターが冒険を繰り広げるゲームを作ろうと考え、でっていうというキャラクターを試作したが、余りにも出来が悪く、またフランスから苦情が来たため、ヨッシーというキャラクターに差し替えられた。

関連項目[編集]