DQN四天王

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DQN四天王(どきゅんしてんのう)とは、戦国時代で暴れ回った伊達政宗細川忠興森長可島津忠恒の総称である。戦国DQN四天王というべきかもしれない。

誰が言い始めたでも無く数ある戦国の逸話の中で彼らの残したDQN丸出しの所業が某スレ住民を唖然とさせいつの間にか四天王の地位を築き上げた。

紹介

北の政宗

北陸のDQ眼竜とは彼のこと。時に将軍家や外国すら巻き込むスケールのデカさが魅力のDQN逸話北陸の雄である。

また文化財を鋏で2つにする、名物茶器を持ち主の目の前で床に叩きつけて打ち砕くなど文化財クラッシャーであり古田織部を師と仰ぐだけある豪快な名物の扱いにも定評がある。

西の忠興

ヤンデレの忠興とは彼の事。基本的には文化人であるがガラシャが絡んだ際の狂気の所業は色々とドン引きである。

ガラシャを盗み見ていた庭師の首をその場で跳ね飛ばすなどアクティブな逸話を残す一方で自分の脇差に生涯に手討ちした人数36人にちなんで「歌仙・兼定」と名付けるなど風流人と狂気の同居した逸話の数々が背筋を寒くする。

東の長可

人殺しの鬼武蔵とは彼の事。バイオレンスな血生臭い逸話の多さでは他の追随を許さない。

逸話が出てくるたびに人間、或いは何かしらの動物が犠牲になる上に自身のそうした所業に終生、後悔や自責の念を一切持たない潔さが魅力である。また、彼の遺志を引き継いた弟の森忠政も良質のDQNエピソードの提供源となった。

南の忠恒

馬鹿息子の忠恒とは彼のこと。後年、島津家久と改名したため「DQNな方の家久」「悪い家久」などと呼ばれる事も。逸話の陰湿さでは群を抜く。

不意打ち、騙まし討ち、嫁いびりに勘当未遂事件といちいちやる事が鬼島津の息子とは思えないほどに卑怯、間抜けな事ばかりでありそういった意味で注目を浴びた。笑いながら迷わず人を殺せるゆとり臭さい気違いぶりで見事四天王入りを果たす。

選考落ちした面々

  • 福島正則 自称「五人目の四天王」。猛将で知られる男だがいちいち残された逸話が小物臭かった為に無念の選考落ち。
  • 水野勝成 放浪のDQNで知られるが逸話の数と後年に改心してしまった事が響き選考落ち。
  • 富田長繁 意外なダークホース。「越前の狂犬」として注目されるが逸話の少なさとあまりの発狂ぶりから「DQNの枠では済まない」という事で選考落ちした。
  • 織田信長 自称魔王だが意外といい話が多い事や悪い話にしてもある程度、筋道が通っていた為に「常識人」のレッテルを貼られ選考落ち。
  • 豊臣秀吉 番外。秀長死亡後に行った恐るべき所業が続々と発掘され「これは四天王どころではなくラスボス」との評価を受け四天王より上位の存在として位置づけられる。

外部リンク

四天王以外の逸話も楽しめる。