UnBooks:VineLinux

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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Vineはおっとりとして優しいお嬢様だった。RedHat家の数少ない日本人の一員であり、世間の事は何も知らず、ただただ自分のお部屋を飾りつけて、人を招待してはおもてなしをするのであった。

RedHat家のあるLinux村は村おこしとして人を家に招待しなくてはならないという規則がある。その為、RedHat家も毎日のように計画を練りつづけており、過去何回かお屋敷の改装を実行している。これは見栄の為ではなく、お客様の為である。こうしないとお客は見向きもしてくれないのだ。

Linux村には、他の家のものでも良い所は真似しあってより良いものを目指そうという習慣が残っている。この習慣はとても大事にされていて、これを阻害しようとすると村八分にあってしまう危険性もある。

RedHat家のRedHatは部屋の案内に案内代を取っていた。案内代や入場料は村の規則でも認められている。対してそこに住んでいたVineは案内サービスを技術評論社に委託していた。しかし、色々とあったのだろう、結局Vineは案内サービスの委託先を技術評論社からRedHatに変えたのだった。

2004年の夏のこと、お屋敷の改装のペースが早いために、自分の部屋の飾り付けが遅れたVineはイライラしていた。そんな所に、家を貸してくれるという人が現れた。この人がそう、あの悪名高いハンコムを親分に持つハンコムリナックスである。ハンコムとは、改名前はハングルコンピュータという名前であり、見て分かる通りに韓国籍の在日である。この男は日本への商売の拡大を企んでおり、そんな中、目を付けられたのがVineであった。そんな事を露とも知らないVineは何の疑いもせずについていってしまった。そんなわけで、VineはRedHatに頼らずに部屋を作成することになった。

ここで話は飛んでDebian-jpの話になる。当初Debian-jpはDebian家を真似して作られた家であった。Debian-jpは既知の方法で家具や道具の説明などを日本語に書き換えて集めていた。しかし2002年、Debian-jpはDebian家のDebianに「日本語と英語、二重にするのは無駄だから併記にして、それと道具の開発者に取り込んでもらって」と説得される。その後Debian-jpはDebian家の基に入りたいと志願し、許可された。

かたや独自の道を歩んだVine、かたや協力を選んでいたDebian-jp。Debian-jpのおかげで日本語に書き換える方法を開発していた開発者たちの成果は、Debianを通して道具の開発者の所まで届き反映されていた。そのため、RedHatまでもその恩恵を受けていた。

しばらくは平穏な日々が続いてるかのように見える。RedHat家のRedHatが無料観覧をやめ入場料を取り始めたり、その代わりの部屋として製作途中であるFedoraの部屋を貸し出したり、Debian家を真似たUbuntu家がでてきたりしたが。しかし、その間にもVineの部屋の人気はどんどん下がって行ったのだ。Vineの人手の不足とサポートの酷さが相まって。

Vineはひがんだ。Debianを、RedHatを、そして全ての元凶であるお客様を。ああ、なんとかわいそうなVine。お前はただ恵まれなかっただけなのに。私は一生お前の事を忘れないよ、Vine。