UnBooks:2008年アジアユースサッカー物語

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「2位通過の方が、良かったのか・・・いや、それは・・・」

U-19代表監督の牧内辰也は、日本サッカー協会(JFA)の建物の中でうなだれていた。

序章[編集]

時は2008年秋。U-19日本代表は、1993年のJリーグ開幕後一度も途絶えたことのないFIFA U-20ワールドカップ(ワールドユース)出場を目指してAFC U-19選手権(アジアユース)を戦うべく、サウジアラビアの地に居た。

チームとしての前評判は決して良くなかったものの、メンバーは既にA代表デビューを果たし得点も挙げていた香川真司、前年のFIFA U-17ワールドカップでスーパーゴールを決めた天才・柿谷曜一朗、柿谷同様に17歳でJ1デビューを果たしていた水沼宏太、スピードスターの片鱗を見せていた永井謙佑など錚々たるメンバーを揃えており、9大会連続のワールドユース出場が期待されるだけでなく、未だ一度も成し遂げていない初のアジアユース制覇も期待されていた。

ワールドユースに出場するためにはグループリーグを突破し、決勝トーナメント1試合目となる準々決勝で勝利して「ベスト4」以上に進む必要があった。そのような中、迎えたグループリーグの最初の2試合であるイエメンとイランとの対戦では、いずれの試合も組織的な攻撃戦術がほとんど見られなかったものの、永井のスピードなどを生かして5-0と4-2で快勝。チームとして課題は多いものの、目標達成に向けて前途洋々であるかと思われた。

そして迎えた第3試合、サウジアラビア戦。既に両チームともグループリーグ突破を決めており、日本は引き分け以上で1位突破を果たし、準々決勝ではグループBの2位と対戦出来る事になっていた。通常ならばより与し易い相手が出てくる「GL2位」との対戦、日本も当然1位突破を目指して第3戦目も勝ちに行くであろうと思われた。

しかし、この試合を迎える前に、そのグループBで思わぬ事態が起きていた。

まさかの事態、迷う戦略[編集]

グループBでは「番狂わせ」が起きていた。

あの韓国がグループリーグ2試合目でUAEに敗れ、勝ち点3に韓国とイラクの2チームが並ぶ事態に。UAEは1試合を残してグループBの1位通過を決めていたため、日本がグループリーグを1位通過した場合はグループBの2位、韓国かイラクのどちらかと当たる事になっていた。

方やA代表のドーハの悲劇の相手であったなど決して相性が良くないイラク、方や日本戦になると「反日」「謝罪賠償」「独島は我が領土」の合言葉で能力が平常時の2倍以上にドーピングされる韓国。どちらも出来れば準々決勝(決勝トーナメント1試合目)では当たりたくない相手であり、同試合で比較的与し易い(と思われていた)UAEと当たるためには、グループリーグ3試合目で対戦相手のサウジアラビアに負ける必要があった。

これはU-19日本代表にとっては予想外であった。韓国が1位、UAEが2位で通過するだろうと見込んでいたからだ。

チームは悩んだ。3試合目は捨てるべきか、それとも1位通過を目指すべきか。

出てきた結論は、「メンバーを大幅に入れ替えて臨む」であった。

迷った末の1位突破[編集]

迎えたグループリーグ第3試合目。

案の定、ボールがつながらない。いつも以上につながらない。何とか前半を0-0で終えたものの、後半に入ってからは防戦一方。56分にとうとうサウジアラビアに先制点を許した。

このまま終われば、グループリーグ2位通過、準々決勝の相手はUAE。1点取って引き分けに持ち込んだ場合は、相手は韓国かイラク。

ベンチは、迷った。あえてこのまま終わらせるべきか、それとも負けるのを悪とし、点を取りに行くか。

出てきた結論は、こうだった。


「負けるのはダメだ、攻めろ!1位でGLを突破しよう!」


ピッチ上の選手はその意向に見事に応え、65分に水沼宏太が同点ゴールを決めた。その後は一進一退の攻防が繰り返され、1-1で試合終了。日本はグループリーグを1位で通過し、準々決勝で韓国と対戦することになった。

韓国は怖いが、それ以上に折角2連勝していた流れを止めるのはもっと怖い。そう考えたベンチワークであった。

しかし、その様子を日本のテレビ中継で見ていたサッカーファンの中では賛否両論が起こりはじめていた。「今回の韓国はあまり良くない。勝てる」「1位通過だから韓国といえど楽勝でしょう」という楽観論が多くを占めてはいたものの、「日本戦の韓国は怖い。出来れば当たりたくなかった。サウジ戦負けたほうが良かったのでは…」という悲観論も一部見受けられていた。

そのような中、U-19日本代表は11月8日に準々決勝・韓国戦を迎えることになった。

1位通過の見返りは「次の試合はシュート1本」[編集]

迎えた韓国戦。

試合内容は悲観論者が恐れていた通りのものとなってしまった。

韓国の選手たちはドーピングされたかのようにものすごい勢いで日本に襲いかかってきた。特に身長180cm以上の選手がおらず、高さに不安を抱えていた日本DF陣を狙い撃ちした韓国のロングボール攻撃の応酬に耐え切れず、次々とピンチに立たされる。そして攻撃もままならない。

そして前半20分、日本はあっさり失点。韓国のロングボールにDF陣が競り負けた流れで・・・。

その後もピンチの連続と攻撃が出来ない状態は最後まで続いた。

気づけば90分を終えて0-3の惨敗、そして日本のシュートはわずか1本。

アジアユースの準々決勝敗退とJリーグ開幕後初のワールドユース不出場達成という不名誉な記録は、このような記録的な惨敗でもたらされた。試合後、韓国チームからは「ホームのサウジアラビアより日本と対戦したほうが良かった」とまで言われた。「調子乗り世代」と呼ばれ、2007年ワールドユースでベスト16に入り開催国のカナダでも注目を浴びた前世代とは比較にもならない、悲惨な結果であった。

帰国して・・・[編集]

堂々と戦って散ったはずの監督

しかし、本来ならば戦犯として焼き土下座を受けるべきであった牧内は、ある確信を持っていた。

「確かに負けてしまった、それは事実。だが、グループリーグ3試合目でわざと負けて韓国を避けてワールドユース出場権を取れたとしても、それはスポーツマンシップとしてどうなんだろうか?我々は正々堂々と戦って散った。それはファンやサポーターの人達も分かってくれるはず。胸を張って報告に行こう」

牧内はそう心のなかで呟いて、大会結果を報告するためにJFA本部に向かった。

到着後、牧内はJFAの犬飼基昭会長の元を訪れ、大会結果を報告した。

「会長、この度は結果が出せず申し訳ありません。選手たちは正々堂々戦いましたが、力不足でした」

「・・・牧内君、力不足だったのは、選手のほうかな・・・?」

「えっ?・・・どういうことですか・・・?」

このスレを見てみなさい」

犬飼はおもむろにインターネットの画面をプリントアウトしたものを牧内に見せてきた。そこに書かれていたのは・・・


14 :名無しさん@恐縮です :2008/11/09(日) 14:30:03 ID:aHNmdok3O

牧内氏ねばいいのに

25 :名無しさん@恐縮です :2008/11/09(日) 15:24:19 ID:57w5wEMxO

牧内は野球のスパイ

51 :名無しさん@恐縮です :2008/11/09(日) 18:05:52 ID:yYHpdwW+0

>>37 正直自分自身「恐韓症」なんだけど、選手はそんなことないと思っていたんだけどね。どうなんだろ。試合見た感じでは完全に腰が引けていたような・・・
まあイラン戦ではたまたま勝ったようなチームだからしゃーないか。サウジに負けとけよほんと

152 :名無しさん@恐縮です :2008/11/09(日) 22:37:42 ID:k3o6uJde0

何でUAEと対戦するという選択を取らなかったかが悔やまれる・・・。
UAEと戦って負けたなら仕方ないと思える。
南朝鮮は日本相手だと戦闘力が倍以上になるから避けるべきだったのに・・・。
何でサウジに負けなかった?
本当にヴァカァダああああああ!!!!!

181 :名無しさん@恐縮です :2008/11/10(月) 00:33:00 ID:NbS0cOcT0

(前略)
ちょっと考えて欲しかったのは上の方で誰かが書いてたが、サウジにはワザと負けて欲しかったかな。
UAEの一位抜けは決まってたんだから。
常に全力を尽くし、策を弄さないほうが結果はよくなるという意見もあり
俺もその通りだと思うんだが、それは相手がイカサマをやらないフェアな連中と戦ってるときのみ。
大人の知恵として、そういうあからさまに日本戦に何かをやらざる負えない奴らは可能なら避けるべきだった。

202 :名無しさん@恐縮です :2008/11/10(月) 01:32:07 ID:+U9DbNpV0

A代表がしょぼい今、ユースの試合のほうが楽しみだったんですが・・・ この悲惨な結果からグループリーグでわざと負けることを学ぶように。

350 :名無しさん@恐縮です :2008/11/10(月) 00:33:00 ID:NbS0cOcT0

(前略)
UAEが直接対決の結果により一位通過を確定していたのは分かっていたのだから、 サウジにわざと負けるべきだった。
(後略)

402 :名無しさん@恐縮です :2008/11/10(月) 04:46:41 ID:WAAPt8WO0

早いとこオシムを監督にしたほうが良い。オシムと似た戦術の城福が結果出してたんだから。
今までの試合内容からしても牧内は駄目だ。
才能ある若い選手が、自信喪失してしまいそうなひどい試合させてる。


「!!!・・・・あ・・・嗚呼・・・なんと・・・・・・・」

そこにはグループリーグ1位突破という行為を支持するレスは1件も無く、代わりに大量の牧内罵倒レスと「何で1位突破を選んだのか」というレスが入り乱れていた。

「牧内君が何を考えていたのかは分からんが、こういう声が多く出ているという事実はよく覚えてくれたまえ。グループリーグを1位で突破しても、その次の試合で負けてしまったら誰も評価してくれなくなることも。そして今回のワールドユース出場権獲得の失敗は、この後の選手達の成長に大きく影響してしまう。それも覚えておくように」

事実、この時のU-19日本代表選手達は総じて伸び悩んだ。

既にA代表に入っていた香川はその後ドイツ経由でプレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドに移籍を果たすまで成長したものの、中心選手であった柿谷と水沼は所属クラブで伸び悩んでJ2に島流しを食らい、1世代上のロンドンオリンピック代表争いから早々に脱落。他の選手も大半が良くてJ2クラブのレギュラーかJ1クラブのサブに入るのが精一杯であり、このU-19代表の中で後にロンドン五輪の代表入りを果たした選手は、権田修一村松大輔・永井謙佑の3人にとどまることになった。


こうして報告と吊し上げられの儀式を終えた牧内は、うつむきながら犬飼会長の元を去った。そして、こうつぶやいた。

「2位通過の方が、良かったのか・・・いや、それは・・・」


その時、「やあ、牧内さんじゃないですか」と声をかける男が居た。彼はこう続けた。



「いやあ、残念でしたねえ。今回のアジアユースの顛末については、今後私が女子のA代表を率いる上で参考にさせてもらいますよ!4年後にロンドンでメダルを取るためには、同じ失敗を繰り返さないことが重要です。では、またお会いしましょう」

その男は自らの鼻毛が飛び出ていないかを気にしながら、ゆっくりとその場を立ち去っていった。

外部リンク[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「AFC_U-19選手権2008」の項目を執筆しています。
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