UnBooks:饅頭茶漬け

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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どうだ、文句あるか。

饅頭茶漬けとは、飯の上に饅頭を載せ、暖かいをかけたものである。明治の大作家、森鴎外の好物として知られる。

誕生秘話[編集]

何故、このような奇怪な食べ物が誕生したのか。諸説あるが有力なのは、鴎外がドイツ留学の際に体験した恐怖に関連しているというものである。1882年から彼は、官費つまり国庫支出金でもってドイツに旅立っていた。陸軍の衛生制度の研究のためであったが、鴎外はしばしばフィールドワークという名目で観光に出かけ、美術の鑑賞と贅沢を極めていた。そして空いた時間で現地の研究者の講義を聴きに行ったり、演習を見学しに行ったりしてかろうじて体裁を保っていたのである。大学時代さんざん遊び呆けた上に、下宿の火事で講義のノートが全部灰になっても、試験ではすました顔して上位10番以内に入っていたというスーパーマンにしてみれば、こんなのは初歩的なテクニックであり、それら適当な調査からいかにもそれらしい結果を導いて完璧な報告書を作成することなどでもなかった。

1887年、いつになくテンションの高い北里柴三郎のうしろについて、鴎外はバカでかい研究所に足を踏み入れた。名高きコッホ衛生試験所である。まさにここで、恐れを知らぬ若きエリート官僚にとって生涯のトラウマとなる事件が発生したのだ。

シャーレがずらりと並ぶ棚を背にし、ドイツが誇る細菌学の権威は熱心に顕微鏡をのぞいていたが、いやに背の低い黄色人種の二人組が入ってきたのに気付くと、豆腐醤油と間違えてソースをかけ、さらにわさびを付けて食ってしまったような顔をして迎え入れた。彼にしてみれば精いっぱいの笑顔だった。「この方が、こないだ君に見せたコレラ菌の論文を書いた、細菌学のコッホ先生だよ」北里に紹介されて、ロベルト・コッホは軽く会釈し、下を向いてコッホと咳をした。分かっている。もう二度と書かない。

鴎外は持ち前の頭脳と要領の良さで、細菌学の権威と知的にきわめて高度な会話を交わし、堅物な彼のハートを一瞬でつかんだ。そしてついに、細菌学の権威自らの手で調節された顕微鏡に触るという名誉にあずかったのである。感激というより、会心の笑みを浮かべつつレンズに目を押しあてた鴎外に、突如戦慄が走った。レンズの中には細長い幼虫のごとき何かがはっきりと映っていたのだ。その数はおびただしく、痙攣しているように思われた。はじかれたように飛びすさり、顔を真っ青にしている鴎外を、コッホは満足そうに見つめた。「どうだ、コレラ菌だが、写真で見るのとはやはり違うだろう。こんなものが、数え切れないほど存在するのだ」そして、次の標本を指し示し、嬉しそうに鴎外に促すのだった。世の中をなめきった頭でっかちの官僚の額には、留学初日に味のきついキャベツの酢漬けを口にして以来の大粒の汗が浮かんでいた。

それからというもの、鴎外の好物はだんだんと減っていった。上に粉の吹いた大福は炭疽菌を思い出させるし、シガーフライはコレラ菌、カルメ焼きも結核菌にそっくりだ。もう駄目だ、何も食べられない。追いつめられた鴎外の頭に、一つの妙案が浮かんだ。そうだ、煮沸消毒すればいいんだ。ということで、饅頭の上に沸騰した煎茶をかけて食することにしたのである。鴎外でなかったら、「バーカ」というところだ。そしてさらに鴎外は、果物までもすべてに砂糖をかけてからでないと食べなかっ……ちょっと待てよ。なぜ砂糖をかける必要があるんだ。それに、どうしてお茶漬けにするんだ。ご飯は要るのか。ううむ、やっぱり分からん。

鴎外先生、もしかして、ただ単に甘くて柔らかいものが好きなだけだったんじゃありませんか?

恐るべき子供たち[編集]

鴎外のこのような極めて特異な嗜好が世に知れ渡り、ウィキペディアの茶漬けの項に余談として紹介されるまでになったのはなぜか。それには彼の子供たちが自らの名を売るためにした行為が大きく関わっている。二人の娘と一人の息子は、彼の死後相次いでエッセイという名の暴露本を著したのである。

長女の茉莉は、の秘密を明らかにしてしまっているという自覚は薄く、父との思い出に酔っているところが多かったものの、エッセイ『父の帽子』における『爪の白い清潔な手でそれを四つに割り、その一つを御飯の上にのせて、煎茶をかけてたべるのである』との記述などにより、饅頭茶漬けの紹介に最も大きく貢献することとなった。次女の杏奴も感傷に包まれてはいるが、ただの悪態のたぐいまで記録するなど、やややりすぎの感がある。末っ子のに至っては完全に暴露本といえるものであるが、父親についてというより、兄弟に対しての悪口のほうが多い。むちゃくちゃである。

ところで、茉莉は饅頭茶漬けを父とよく食べ、その味を好きであり、今でもたまに食べるという記述を残しているが、自分の小説の中の男の登場人物に「ギドウ」「レオ」といった横文字の名を付け、いちゃいちゃさせた末に殺し合わせるというような、父に劣らぬ個性的な嗜好をもった人の言うことであるからして、美味だとそのまま信じるのは危険である。現実を生きる常識的な一般人による検証が必要だ。

ということで、常識人を代表して、実際に食べてみた。

実験[編集]

森茉莉は饅頭茶漬けの素材として、葬式饅頭のような大きくて皮の分厚いものを奨励しているが、今回はもらい物の酒蒸し饅頭で代用した。事情については察していただきたい。四つに割り、ご飯に載せ、熱いお茶をかけて、鼻を近づけてみる。深い後悔の念に駆られるが、それを振り切って一気に流し込む。と、何と驚いたことに、意外と食べられることに気付いた。饅頭の下にあるものをと認識しないよう努めれば、精神衛生上の問題も解決した、ことにした。

一杯分食べきった結果、これは一応食べ物と呼べるものであるという結論に達した。饅頭の種類を変えて試したうえで考察するに、普通の餡より黄身餡のほうが味がきつくなく食べやすいと思われる。

すべての実験を終えたあとには、妙な充足感と、自分は常識人ではないのではないかという疑念が残った。