UnBooks:脱カルトの取り組み

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はじめに[編集]

本書では、悪しきカルト活動に囚われ、生活が崩壊してしまった人現実の生活に引き戻し、真っ当な人間に戻す活動、及び方法について論述します。

カルトとは[編集]

カルトというのは、端的に言えば「あやしい宗教活動」ということになります。一般的な日本の方は「宗教」という表現で全てを片付けようとする傾向があります。が、厳密には違います。国や地域によっては生活と強く結びついている宗教もあり、民衆にとって生きる支えとなっているケースもあるからです。カルトは違います。カルトは宗教団体の形を取って犯罪を推奨したり、高額の浄財等を請求したりするものです。基本的に「反社会的な宗教団体」はカルトということになります。

カルトの問題点[編集]

では、カルトのどこに問題があるのでしょうか。やはり「反社会的」であるということに尽きます。例えば、「遥かな高みに至るためには誰かを殺さねばならない。」などという教義を持っている団体も存在します。誰かを殺すということは言うまでもなく犯罪であります。もしその教えが正しいとして人殺しをしなければならないとしたら、人々の心は荒み、犯罪の絶えない社会になってしまうでしょう。「儀式」と称して女性信者に性的暴行を加えようとする教祖も数多く存在します。暴行を受ける信者の肉体的・精神的苦痛は言うまでもありませんし、許されるはずもありません。こういった事例から、カルトが如何に問題のある存在であることがお分かり頂けたでしょうか。

カルト信者の心理[編集]

さて、カルト信者を真人間に戻すに当たり、信者の精神構造を把握して置かなければなりません。それは多くの場合「教祖への絶対的信奉」で成り立っています。カルトに限らず大凡宗教というものはそれが成り立つまでのストーリー、「創設神話」が存在します。これは教祖が生活を行う中で何らかの啓示を受けたり、自分で気づいたりしてその気づきを広めなければならないという使命感を得るという内容が殆どです。その啓示なり気づきなりがこの世の「真理」であり、それを守れば救われ、守らない場合は世界の滅亡や地獄に落ちるといった悪いことが起きるというわけです。 この「真理」を手っ取り早く伝達するには自分が教える側となり、人々を集めて学校の授業のようにして教えることが効率の良い方法です。こうしてカルト団体が誕生するわけです。

前述のように信者は教祖を信奉していますが、それは教祖が(その教えにおいては)絶対的に正しいからです。当然です。そのカルトはその教祖が始めたのですから。現状他人の考えを覗き見る技術はありませんし、人間には内心の自由といって考えているだけで口に出さないなら何を考えていても良いという権利がありますから、心のなかを覗き見ることは未来永劫ありえないでしょう。教祖が心にも思っていないことでも発言してしまえばそれは信者により記録され、正しいこととなります。団体では修行を行なったり、信者の勧誘にノルマがあったりしますが、達成できないとひどい虐待が罰として待っていることもあります。それがあっても「救いのためならば仕方がない」と思ってしまうのがカルト信者なのです。信者を社会に戻すには、この点について考え方を転換してやる必要があるわけです。

脱カルトの実戦[編集]

解放[編集]

では、いよいよカルト信者を真人間に戻すための行程に入ります。 まず、カルトの団体を襲撃しましょう。この時に信者を救出します。信者の家族が信者を脱カルト団体に連れてくるという救出方法も存在するのですが、正直に言いまして「手ぬるい」のです。この方法では一人しか救出することが出来ません。それでは新たな被害者が増えるだけなのです。団体を潰すことで元を断たねばなりません。

襲撃においては「教祖の殺害」を狙います。教祖が生きている限り信者は没入してしまいます。逆に言えば教祖さえいなくなればどうにでもなるのです。

救出した信者はどのように扱えば良いのでしょうか。まずは「この世に救いなど無い」ことを頭に叩き込む必要があります。教祖にありもしない「救い」を説かれ、終わりのないゴールを突き進もうとするから問題が発生するのです。修行などしても肉体や精神に変化が訪れることはありませんし、世界に変化が現れることもまずありえません。

次に「社会の歯車」になって頂きます。「人間は何のために生まれてきたのか」という問いは太古の昔から繰り返しなされてきました。様々な論述がされていますが、未だに確定的な答えは出ておりません。答えは出ているはずなのですが、こういう問いを立てる人はそれを認めたくないのです。今ここでそれを断言して差し上げましょう。「全ての人間は社会のために生まれてきた」のです。勤労教育納税の三大義務を全うし、社会が潤滑に回転するための歯車以上の意味は持たないのです。信者は人生における高尚な目標を持っておられますが、そのおめでたい思想はぶちこわしていくことになります。

再教育[編集]

信者の再教育においては、信者に上記のようなことを叩き込むことで実行します。まず、信者に作文を書かせます。テーマは「自分は何のために生まれてきたのか」などといったものです。初めの頃は「誰かの役に立ちたい」だの「世界を救う」だのと高尚な内容を書き連ねてくるかと思います。が、それでは駄目なのです。信者一人の力で世界が救えるのならば今頃世界中の紛争は解決しています。寧ろマスコミを必要としません。誰かの役に立ちたいならコンビニで物を買ってお釣りを募金でもしていればいいのです。では、どう書けばいいのでしょうか。「私は社会の歯車でしかありません。お国のために血を流して働き、税金を納めてお国の迷惑にならないように年金は受取りません。」 これを笑顔で書けるようになるまで何度でも書き直しを行ないます。時には体罰を行ないます。矯正のためにはある程度の体罰も仕方ありません。

社会様は絶対なのです。それがわかるまで徹底的に某国のように、再教育は行われます。

作文を書き慣れてきたらテストを行います。このテストは、上記の作文に書いた内容に従っていれば合格するようになっています。やはり合格するまで何度でも繰り返します。

朝夕にはお勤めも行ないます。やはりこの内容を唱和させるのです。お分かりですね、逆マインドコントロールによって、このようにして社会の歯車の素質が出来上がったら晴れて社会に出ることが出来ます。  

さいごに[編集]

当団体「脱カルト委員会」では、活動に参加してくださる会員の方を募集しております。職務内容は各種カルト団体の襲撃及び信者の更生活動となっております。また、朝夕のおつとめにも参加していただきます。入会に際しては、簡単な試験(筆記試験、作文)を実施します。筆記用具をお持ちください。申し込みは、郵便、電話、メールにて受け付けております。入会金も別途ご用意下さい。

関連書誌[編集]

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