UnBooks:泣いた赤鬼

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泣いた赤鬼(ないたあかおに)

資本主義者の青鬼と共産主義者の赤鬼

ロシアに、共産主義者赤鬼が住んでいました。彼は共産主義の力で貧困不公平から世界中の人々を救うため、その理論を人間たちに知ってもらいたいと考えて、世界中で、「共産主義で世界を救おう。東側陣営に加わりませんか。軍事援助もございます。経済援助もございます。」と訴えて回りました。

そのころ、ベトナムでは貧しい人々が資本主義に苦しめられていました。赤鬼にはそれを見過ごすことはできません。赤鬼は早速ベトナムへ行って人々に訴えました「資本主義の悪魔と戦おう。私も加勢しますから」

けれども、ベトナム人たちは疑って、誰一人聞くものはいませんでした。赤鬼は悲しみ、信用してもらえないことをくやしがり、おしまいには腹を立ててしまいました。そこへ、友達の青鬼が訪ねて来ました。青鬼は資本主義者で、表向きは赤鬼と対立していますが、そこは同じ鬼同士であり赤鬼とは仲良しです。赤鬼と青鬼共同で有人宇宙船のドッキング実験をやったこともあるほど実は仲良しです。 青鬼は、赤鬼のために次のようなことを考えてやりました。

青鬼がベトナム人の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。そうすれば、人間たちにも、赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう、と言うのでした。しかし、それでは青鬼にすまない、としぶる赤鬼を、青鬼は、無理やり引っ張って、村へ出かけて行きました。

そこで、青鬼はB-52爆撃機や海兵隊を引き連れ、ベトナムに行き暴れ回りました。ベトナム人たちは逃げ回りました。

そこに赤鬼が登場です。赤鬼が持ってきたSAM(地対空ミサイル)は次々B-52を撃墜し、赤鬼が村人にプレゼントしたミグ戦闘機や戦車の活躍で、青鬼の軍隊は敗北しベトナムから逃げていきました。

計画は成功して、ベトナム人たちは、共産主義を受け入れるようになりました。毎日、毎日、村から山へ、三人、五人と連れ立ってモスクワ留学にも来ました。こうして、赤鬼には共産主義者の仲間ができました。赤鬼は、とても喜びました。しかし、日がたつにつれて、気になってくることがありました。それは、あの日から訪ねて来なくなった、青鬼のことでした。

ある日、赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。青鬼の家は、戸が、かたく、しまっていました。ふと、気がつくと、戸のわきには、貼り紙がしてありました。そして、それに、何か、字が書かれていました。

「赤鬼くん、世界の人民たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も資本主義者だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。どこまでも君の友達、青鬼。」

赤鬼は、だまって、それを読みました。二度も三度も読みました。戸に手をかけて顔を押し付け、しくしくと、なみだを流して泣きました。

元ネタ[編集]

  • 浜田廣介、梶山俊夫、『泣いた赤おに』、偕成社、1992年

当作品はベトナム戦争舞台とした童話で、東西冷戦時代から現在まで子供達に友情や思いやりを伝えている。文部科学省推薦で、全国PTA協議会推薦図書にも指定された。