UnBooks:時んまい棒

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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(騒がしい客席。演目が始まるのを今か今かと待ちわびているようだ)

(やがてブザーが鳴り響き、照明が暗くなり始める。と、騒がしかった声もやみはじめ、やがてスッと静まり返った)

(一拍おき、ゆっくりと幕が上がる。ホールに明るさが戻り、観客にとってはおなじみの出囃子がなり始めた)

(観客の拍手。その中をひとりの噺家が舞台中央に置かれた座布団に歩いてくる)

(噺家はサッと座布団に座る。ちょうど出囃子がなり終わるタイミングで、手にした扇子をピシャリと叩き、深々と礼をした)

毎度、安齋黒冗九(あんさいくろじょうく)でございます。どうぞよろしく……とと、今日の客席はいつもより人が多い気がしますな。お客さま、お名前をうかがっても?…あなたさんで。以前あたしの寄席へいらしておいでで?…さようで。まあ、ぜひ今後ともよろしくお願いいたしたく。

これは少々やりすぎでござんすね。しかし、この程度にはあたしもんまい棒を愛してますんで。

さてさて。昨今便利なもんで、「コンビニエンスストア」なんてのが周りにたくさんありまして。24時間365日、欠かさず買い物ができるってのはありがたいことですな。え?そんなにたくさんはないし、あっても24時間あいてないって?そりゃ田舎だからでござんしょう。あたしのようなセレブでモダンな噺家にゃ関係のないお話でござんすよ?

とはいえ、あたしも元はと言えば貧乏だった身でござんすから、子供のころにはマクドナルドなんてものは食べたことがありませんで、腹ふさぎといやあもっぱら「んまい棒」だのなんだのといった駄菓子でござんした。あたし今でもんまい棒好きでね。そりゃもうどこぞのチロルチョコ普及委員長にも勝るとも劣らぬと自負してるんでさあ。ともかく、コンビニにはそんなものも置いてある。昔ながらの駄菓子屋ってのもオツでいいもんだけれども、いつでもんまい棒にありつけるってのは、これはあたしにとってはありがたい。

コンビニといやあ、立ち読みなんてのもありますわな。最近じゃコンビニの総菜もバカにできないくらい旨いもんで、つい買いにいってしまうんでさ。ほら、うちのカミさん、料理ヘタでやんすから、ね。酒の肴にちょうど良くってねえ。ま、そのついでにちょっとマンガでも読んで、なんてことをついついやってしまうもんで。


そのお姉さんのイメージでござんす。かわいいでやんしょ?

ある時ね、男がそんなあたしとおんなじようにコンビニに立ち読みしにきてたんでさ。「最近のエロ雑誌はテープかけられちゃって見らんなくていけねえ」とかまあそんなことを思ってたかどうかは知りませんがね。これも男の性ってもんでしょか。そうそう、そのコンビニのレジのお姉ちゃんがこれまたかわいい。その男も立ち読みするのにわっざわざそのコンビニに通ってたんでさ。やっぱ男の性ってやつでさね。

ともかくね、そんな風に本を読んでいたらね、また別の男がふっと店に入ってきた。ちょいとヨボヨボしたジイさんで、金も持っているようには見えない。立ち読みしてた男もね、雑誌をめくっていたその手を止めて、その男をじぃっと見てた。別にレジのお姉ちゃんを見てたわけじゃござんせんよ。

するとね、ジイさん、駄菓子コーナーに行ってんまい棒一本もってレジにならんだ。レジのお姉ちゃんも手際がいい、しかもかわいい、んまい棒をさっと手に取りピッっと読みこんでにっこりわらって「袋にはお入れいたしますかあ?」なあんて聞いてる。……もう!かわいい!抱きしめたい銀河の果てまで!と男が思ったかはおいといて、ジイさんはポケットから小銭をとりだして一枚ずつ並べ始めたんでさ。

「ひい…ふう…みい…よお…ごお…ろく……」とそこまでかぞえたころ、ぴぴるぴるぴるぴぴるぴぃと誰だかの携帯電話の音がした。するとジイさん、老人にやさしいって噂のらくらくほんとやらを取り出して、こう聞いた。「おっと、バアさんから電話じゃ。ソソウでもしてもうたかのう。おねえさん、今何時かね?」すると優しいお姉ちゃん、「七時になったところですよお」と答えてあげた。ジイさんは続けて「ありがとうよ。…はち、くう、じう。これで全部じゃな。」と言って出て行こうとした。

お、勘のいいお客さまがいるね。おお、あなたさんで。そのとおり、このジイさん、九円しか払ってないんでさ。でも今日日「時そば」なんて流行りませんで、そのお姉ちゃんもちょいと違和感を感じた。その瞬間、そのジイさん、ステーンとこけちまったんでさ。

もうお姉ちゃんの慌てっぷりったらない、どう見ても体の悪いお年寄り、転んで骨でも折ってたらいけない、心配になって駆け寄るとジイさんを助け起こした。……優しいねえ、いまどきのゆとり世代に爪の垢でも煎じて飲ませたいむしろ俺が飲みたいもうかわいい抱きしめたい銀河の果てまで!……ねえ、男ってのはだらしないもんだねえ。ともかく、ジイさんはそのまま店から出ていったわけでして。

それを見ていた男。ふええと感心してしまいましてね。何せこのご時世で時そばを完遂せしめただけじゃなくあのお姉ちゃんにああも密着されて!起こされたときに胸でも当たってたのかムホホとした表情を見逃さなかった!ようし、じゃあ俺も俺もとやってみることにしたんで。さすがにその日その場はまずかろうってんで、また別の日に出直すことにしましてね。


そして別の日。ほぼほぼ完璧、準備をばっちり整えて、いざ参る!とそこまで気合いをいれるかというくらい入れて、男はコンビニに入って行った。そして駄菓子売り場へ向かうとんまい棒を手に取りレジへ。今日もかわいいお姉ちゃん、んまい棒をさっと手に取りピッっと読みこんでにっこりわらって「袋にはお入れいたしますかあ?」といつもの風に。ここからが大事、小銭をゆっくりかぞえる男。「いち…にい…さん…よん…ごお…ろく……」

ぷりっきゅあぷりっきゅあ ぷりきゅあ ぷりきゅあ ぷりきゅあ ぷりきゅあ ぷりてぃで きゅあきゅあ ふたりは ぷりきゅあ~

…世の中好きな曲を携帯に入れておける「着うた」なんてサービスが流行ってるようです。好きな曲と四六時中一緒にいられるというのは、これはなかなかうれしい世の中じゃありませんか。もっとも、そんな曲を入れておいたら、たちまちそいつがどんな人間かすぐにわかるというものですがね。しかも今更初代プリキュアというのもなんともはや…。まあともかく、その場の空気はしぃーんと静まり返ってしまったわけでありまして。お姉ちゃんも笑顔が固まるというもの。

とはいえそこは「大きなお友達」であった男のこと、そんな空気にも気付かず「あ、すいません、妹から電話だ。おもらしでもしちゃったかな?すいません、今何時ですか?」

さすがというべきか、なんというか。小さな女の子が好きな人変態に冷たいこの世の中、静まり返った空気も凍ります。お姉ちゃんもどん引きの表情、さすがに冷静に「いえ、その携帯、時計ついてますよね……」とひとこと。

これは予想外だった男、慌てふためいて「あ、そ、そうですね!ああええっといくらでしたっけ?」とそれまでの流れを全部忘れて会計を聞いてしまった。お姉ちゃんも「十円です…、いま六円いただいています…」と答えてしまった。「あ、そそそうでした。えっと、なな、はち、きゅう、じゅう、と」「……ありがとうございました……」

男もここでハッと我に返った。時間を尋ねるのに失敗して慌ててしまったがこれではまともに十円払ってしまっている!しまった!……本当に見直すべきはそこではないような気もしますがまあともかく。男はこう思ったんでござんす。「せめて抱えてもらわねば!」ステーン!

……これ、お客さまがたにはぜひぜひ試してみていただきたい。なにもないところで自然に転んでみることのいかに難しいことか!バナナの皮があったってそうそう自然には転べない。男も不自然極まりない転び方をしてしまった。これはもうどうしようもない。

かくなる上は!失敗に失敗を重ね、慌てに慌てた男はガバッムギュッ!……驚くほどの速さで起き上がりいきなりお姉さんのその豊かに実ったお胸をわしづかんだんで。そして一瞬の後。

きゃあああああああっ!この人痴漢です!しかもなんかいろいろ頭おかしいです!


その男がどうなったのか、それは皆さまご存じのとおり。ありがとうござんした。

(噺家、深々と礼。同時になる出囃子と拍手。噺家ははけていき、幕は下りる―)