UnBooks:太平洋製鐵の山田君

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9月15日[編集]

アメリカマンハッタンに本社を置くステーツメタル社。ここに太平洋製鐵株式会社の山田君がやってきた。今日はステーツメタル社のSmith氏と打ち合わせがある。

Smith

「やあ、よく来てくれた、ミスター山田。さっそくなんだが、太平洋製鐵の技術力を見込んで、ある製品の製作をお願いしたい」

山田

「喜んでお受けしましょう」

Smith

「だがこの製品は非常に高い精度が要求される。寸法の誤差は2,000分の1、1メートルの鋼材に対して500ミクロンで頼むよ。それから、不良品があっても困る。不良品の割合も10,000の製品に対して3つにしてくれ。出来るかね?」

山田

「もちろんです、ミスターSmith。ご期待に沿える物をお持ちしますよ」

3ヵ月後、山田君は再び、クリスマスの飾り付けがなされたマンハッタンにSmith氏を訪ねた。

山田

「ミスターSmith、製品が出来上がりましたよ」

Smith

「輸送だけで1ヶ月はかかると言うのに、随分早く作ってくれたようだね。さすが日本の企業だ。だが精度は大丈夫かい?」

山田

「はい、ご注文の通りですよ。こちらにひとつサンプルをお持ちしました。1,000ミリの鋼材の切断面にぴったり500ミクロンの突起をつけています」

Smith

「なんだその突起は?」

山田

「誤差は2,000分の1とのことでしたから、ちゃんと2,000分の1の誤差をつけたまでです」

Smith

「おいおい、君たちが良い仕事をするのは分かったが、まさか全部にこの小さな突起をつけたりしていないだろうね?」

山田

「ご安心を。残りは10,000分の1、100ミクロンの精度を保証しますよ」

Smith

「それは結構だ。だが不良品も10,000の製品に対して3つにしてくれと頼んだはずだ。それも大丈夫かい?」

山田

「ええ、今頃工場に届いているはずです。厳しい完成検査を受けた9,997の製品と、別に梱包した3つの不良品が」

1月12日[編集]

再びマンハッタン。山田君はSmith氏と次の契約に臨む。

Smith

「新年おめでとう、ミスター山田。今年もよく来てくれた。1月のニューヨークは寒いだろう?」

山田

「今年もよい一年を、ミスターSmith。なにしろ真冬のニューヨークは初めてなもので、コートを新調してよかったですよ」

Smith

「去年頼んだあの製品、随分高精度なもので満足している。ところで今回はもっとずっと精密な部品が必要なんだが、お願いできるかね?」

山田

「わが社には精密機器の部門もありますから、ご希望に沿えるはずですよ」

Smith

「ではぜひお願いしよう。これは非常にデリケートなものだ。最高の精度でお願いしたい」

山田

「わかりました。やってみましょう。1週間後に設計図を持参しますよ」

1週間後。

山田

「これが設計図です。これで問題なければすぐに生産に入りますよ」

Smith

「ふーむ、さすが太平洋製鐵だ。だがこの設計図にはひとつ重大な欠陥があるぞ。許容誤差が書かれていないじゃないか」

山田

「ご安心を。〔精度重視(一級)〕の印が押されていますでしょう?最高精度でお作りしますよ」

Smith

「しかし部分部分に許容誤差が書かれていないなんて信用ならないぞ」

山田

「ではこういうことにしましょう。製品を無作為に選んでステーツメタル社側で検査して、もし欠陥があれば作り直す」

Smith

「そういうことならばよいだろう。では頼んだぞ」

6月。ペンシルベニアにあるステーツメタル社の工場にて。

山田

「ご注文いただいた製品です。相当厳しい検定を行った上でお持ちしましたよ。いかがでしょう?」

Smith

「どれどれ…。さすがに虫眼鏡で見ても欠陥はないな。はっはっは。ではBrownさん、我が社側として入念な検定をお願いしますよ」

Brown

「では顕微鏡を使って確認します。どれどれ……。ふむ、Smithさん、完璧ですよ」

Smith

「入念に検査してくれ。なにしろこの製品は精度が命だ」

Brown

「分かりました。ではより高性能の顕微鏡で最終確認を行いましょう。………。おお、こうして見ると僅かながら歪が見えますよ」

Smith

「なんだって、そりゃ困った。ミスター山田、歪が見えるらしい」

山田

「失礼ながら、その顕微鏡の分解能はせいぜい500ナノメートル。過剰に倍率を上げると光学的な歪が生じるとされています。今の状態は倍率が高すぎるようですよ」

Smith

「なんだって?」

山田

「出荷前に帝都大学の電子顕微鏡センターに検査を依頼し、50ナノメートルを超える歪はないことを確認しております。また輸送は全日本通運の特殊精密機器輸送部門に依頼しておりますから、輸送中の事故も考えられないはずです」

Smith

「Brownさん、今見えたという歪は本当か?」

Brown

「分かりません。ここにある測器では判断できない」

結局、その場での製品受領は保留とされた。後日、山田君のもとに一通の手紙が送られてきた。

あらためて当社の電子顕微鏡で測定したところ、
100ナノメートルを超える有意な誤差や歪はないことが判明した。
あの日、あなたとあなたの会社の技術力を疑ってしまい、すまなかった。
   ステーツメタル Smith

8月30日[編集]

再びマンハッタンで。

Smith

「やれやれ、今年の熱波はうんざりでしたな」

山田

「まったくです。ニューヨークがマイアミよりも暑いだなんて」

Smith

「ところでミスター山田、先日はあなたがたの会社の技術力を疑ってすまなかった」

山田

「いえ、お気になさらずに」

Smith

「今回はその技術力を見込んで、さらに厄介な仕事をお願いしたのですが、受けてもらえますかな?」

山田

「どのようなことでしょう?」

Smith

「今度は、の膜の作成をお願いしたいと思っています」

山田

「金の膜?」

Smith

「左様。それも限界まで薄くしたものをお願いしたい。理想は原子1つ分の薄さだが、さすがにそこまでは期待していません」

山田

「分かりました。きっとご満足いただける品をお持ちしますよ」

そして11月。西海岸にも氷が張るようになった頃、山田君は再びペンシルベニアを訪ねた。

山田

「ミスターSmith、出来ましたよ。今度のものはさすがに苦労しました」

Smith

「心待ちにしてましたよ。ではさっそく見せていただこう」

山田

「ええ、どうぞ」

Smith

「ミスター山田、製品を見せていただきたいのだが?」

山田

「どうぞ手にとってご覧ください」

Smith

「枠はよいのだが、金の膜はどこにあるのだね?」

山田

「その枠の中に膜が張ってありますよ」

Smith

「ははは、冗談はよしてくれ。向こう側の景色がはっきり見えるじゃないか」

山田

「我が社の職人は、原子5~600個ぶんの薄さにまで加工することができますが、その薄さになると向こうの景色が透けて見えると言われています」

Smith

「そんなばかな」

山田

「よく見ると景色が僅かに金色がかって見えるはずです」

Smith

「よろしい。Brownさん、ミスター山田が嘘八百を言っていないか確認をお願いします」

Brown

「ええ、分かりました。今回はちゃんと走査型電子顕微鏡を用意していますから、しっかり確認しましょう。……。おお、本当だ、この膜は原子600個と言ったところですよ」

山田

「ご満足いただけましたか?」

Smith

「これは驚きました、ミスター山田。たびたび失礼なことを申し上げた。Brownさん、ちゃんと電子顕微鏡写真を撮っておいてもらいたい。上役にサンプルを見せても、きっと私のように疑ってしまうでしょうから」

11月25日[編集]

マンハッタン。

Smith

「急に呼びつけてしまって申し訳ない、ミスター山田。実はあの金の膜を上役に見せたところ、大変よい評価が得られ、ぜひその製造過程を見学したいという話になりまして、協力願いたいと思ったのですよ」

山田

「ええ、構いませんよ。それほど気に入っていただけたようで私も嬉しく思います、ミスターSmith」

Smith

「クリスマス休暇前に伺ってもよろしいですかな?」

山田

「もちろん、クリスマス前でも、クリスマス中でも構いませんよ」

Smith

「クリスマス中は勘弁してください、ミスター山田。妻子とクリスマスを祝えなければ年が越せません」

山田

「大丈夫ですよ、ミスターSmith。では早急に手配しましょう」

それから3週間後の12月16日。関西にある太平洋製鐵の工場から、近くの町工場へ向かう社用バスの中で。

山田

「ステーツメタルの皆さま、我が太平洋製鐵の工場はいかがでしたか?これからお待ちかね、金の膜の製造過程をお目にかけますよ」

Jones

「これは楽しみだ。これを見にはるばる来たのだからな」

山田

「さあ、着きました。こちらです」

Smith

「ちょっと待ってくれ、ミスター山田。我々はこんなボロ工場を見るために日本にやってきたのではないぞ。ちゃんと金の幕を作る最新テクノロジーを備えた場所に案内してくれ」

山田

「ミスターSmith、最新テクノロジーかは分かりませんが、あの金の幕はたしかにここで作られたのですよ」

Smith

「しかし…!錆びたトタン屋根の工場の中に年寄りが2人。冗談だろう? 我々をからかうのはよしてくれ」

Jones

「Smith君、この失礼な日本の営業マンをなんとかしたまえ」

山田

「そう仰らずに。さあ中にお入りください」

Jones

「ふん、馬鹿馬鹿しい。Smith君、私は車の中で待っておる。君が見たければ見てくるがいい」

30分後。

Smith

「Jonesさん、お待たせして申し訳ございません。しかし素晴らしい技術です。手作業であの薄い金の膜を作っていくのです。日本のもの作りの真髄を見たような気がいたしました。Jonesさんもぜひご覧になるべきです」

Jones

「手作業だと?お前はいつから上司をからかうようになったんだ。あの山田とかいう日本人にペテンを習ってきたのか?」

Smith

「いえ、本当に高い技術です。嘘とお思いならJonesさん、まずはあの職人たちの技をご覧になってから判断してください。私の申したことが本当にペテンだったなら私をクビにしていただいて結構です」

Jones

「面白い。では見てこよう。そのあいだにSmithは上司への捨て台詞を考えておくんだな」

さらに30分後。Jones氏が工場から出てきた。

Jones

「Smith君、そしてミスター山田、大変すまなかった。職人たちのすばらしい手さばきを見せてもらった。日本ではこうした小さな工場で、職人たちが卓越した技術を発揮しているのだな。思えばスペースシャトルの部材も日本の小さな工場で作られているというじゃないか。大企業でなく、こうした工場で大変高い技術を持っているとは、日本のもの作りのレベルの高さにただただ驚くばかりだ。あの2人の職人たちにも大変失礼なことを言ってしまった。ミスター山田、すまないが、あなたからも丁重に詫びておいていただきたい」

1月28日[編集]

再びマンハッタンにて。訪日にすっかり機嫌を良くしたJones氏が出迎える。

Jones

「先日は大変よい物を見せていただいた」

山田

「我々の仲間の職人の技をお褒めいただき、私も嬉しく思いますよ」

Smith

「そこでぜひ、日本の技術力の高さを示す技の数々を他にも知りたいという話になったのです。差し支えない範囲で教えてくださいませんか」

山田

「もちろんですよ。我々「鉄」を扱う者が誇りとする技術があります」

Jones

「そうですか、それは興味深い。ぜひ説明願いたい」

山田

「ええ、ではひとつ紹介いたしましょう」
「ある職人たちが作る刃物なのですが。まず、鉄鉱石ではなくより純度の高い鉄の粒を原料とし、職人の足による作業によって随時送風量を調整しながら、低温で高速還元を実現することで、純度の高い鋼を精製します。これを加熱した鎚で叩いて延ばし、急冷することで、不要な炭素を取り除きます。こうして得られる地金ですが、これを一旦破砕して小塊とし、炭素の含量に応じて幾種類かに選別します。これを紙で包んで焼成することで酸化鉄の生成を防ぎつつ圧着します。これを再び延ばして重ね、均質化します。この作業を3度繰り返し、鋼を炭素含量に応じて4種類に分けます。また、数百から数千もの薄い鋼を重ねることで、硫黄や過剰な炭素をさらに排します。こうして得られた4種の炭素の鋼を順番に沸かして鍛接します。平たく言えば、「柔らかい鋼」を背に「硬い鋼」を刃として組み合わるたりすることで、たてにしなって横に曲がりにくく折れにく刃こぼれしない製品が作られます。このとき、刃側は急冷することで硬度を上げ、峯側は土で覆って徐々に除熱することでしなやかさを持たせます。途中焼き戻しを行い調整します。この作業は暗室で行い、鋼の色から温度を10℃単位で管理します。また、刃先は硬い鋼となるよう、鎚で打ち付けて調整します。これを再び叩いて刀身を絞り、なおかつ刃先が鋭くなるよう調整します。この際は低温加熱し、徐々に除熱して、汚れを落とし、大振りのかんなで表面を滑らかにします。さらに砥石で研いだのち藁灰で油分を除去します。」

Jones

「もう結構。たしかにその手順ならば良い刃物が作られるだろう。だが我々の技術を馬鹿にしてもらっては困る。我々なら30年前にだって同じものを作れただろう」

Smith

「ええ、しかも我々ならもう少し近代的でビジネスとして成り立つ方法によって同じものを作れるでしょう」

Jones

「やはり日本の技術力はその程度だったか。我がアメリカから30年は遅れているようだな。それが今の日本の最先端のつもりかね」

山田

「これは日本のサムライが使っていた日本刀の製法であり、700年前にほぼ完成した技術です」

Jones

「……」