UnBooks:反比例の話

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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「私たちもう別れましょう。」

妻のyが疲れきった顔で言って来た。

「結婚したての頃にあなた言ってたわよね?『1+1=2じゃない』『1×1=1じゃない』って。『何倍にも掛け合わさって素晴らしいものが出来る』って。」

忘れていたが、確かにそういった記憶がある。あの時は妻のyと共に素晴らしい人生を築いて行こうと燃えていたものだ。でも、今は違う。少しずつ妻との価値観の違いから衝突することが多くなってきた。

「あの時は本当にそう思ってた。でも違ったの。私気付いちゃったのよ。xyがどんなに掛け合わさったってkにしかならないの。」

私もそのことについては少し考えていたが、妻の口からそんな言葉が出たのは衝撃的だった。思えば昔から私たちは何も変わっていなかった。いや、元から変わる事なんて出来ないんだ。まず私たちは二人で頑張ると言うことが出来ない。「比例」のところは二人三脚でただひたすらに上に登っていると聞く。でも私たちは比例ではない。「反比例」だ。二人ともが少しずつ努力し合えば、それはそれで均衡が保てる。しかしお互いに辛いときはある。だからどちらか一方がもう一人の分も補おうとする。それに甘えてしまうのが私たち反比例の悪い所だ。甘えてしまう、というのでは生ぬるい。甘え切ってしまうのだ。例えばxの私が働いていたとき、妻のyはエステに通い、ヨガを習い、高級な衣服を買いあさった。それで私の努力は全て消えた。妻が殆ど働かなかった分を補うため死ぬほど働いていた私は、当然のごとく過労で倒れ、入院した。それを機に妻はまた働き始め、必死で生活費を稼いでくれた。月日が過ぎて回復した私は前の妻の如くここぞとばかりに遊びまくった。競馬・パチンコ・麻雀。妻が稼いでくれた金はまた飛ぶように消えて行った。今までずっとこれの繰り返しだ。何度も話し合った。でも何も変わらなかった。自分たちにはどうしようも出来ない。比例の様に縦にも横にも伸びて行く事は出来ないのだ。縦に伸びようと思えば妻が頑張るしかない。でも私はほぼ全く働かない。だから伸びきれない。上を目指せない。横に広がろうと思えば私が頑張るしかない。でも妻は怠け始める。これでは二人で成長するなんて無理な話だ。元からそういう運命だったのかもしれない。私と妻は元から一緒になるべき相手ではなかったのかもしれない。それでも、何とかしたかった。その矢先の別れ話だった。

「実は私、職場の二次関数xさんに付き合ってくれって言われたの。」

また妻の口から信じられない言葉が飛び出した。もう何が何だか分からない。

「彼は私が既婚者だってこと知らなかったわ。だからそのことを言ったら『それは悪かった』ってまた普通の仕事仲間に戻ったけど…」

「けど…何だ?」

「私一瞬思っちゃったのよ。この人とならもう一つ前に踏み出せるかなって。」

「…。確かに私とお前じゃ人生ずっとkで変わらないかも知れない。でも、二次関数のxって奴と結婚したとして、aが正の値だったらものすごく変われるかもしれないが、もし負の値だったらどうするんだ?前に進むって言っても上の限界は決まってる。それ以上は行けないんだぞ?しかも落ちるときは凄い速さだ。それなら…」

「それでも良い!落ち続けたって良い!ただ私には変化が必要なの!」

私が言い返す間もなく、妻のyは家を飛び出した。


数日後、自宅に妻のサインが入った離婚届が郵便受けに入っていた。何とも言えず切ない気持ちになった私は、このまま捨ててしまいたいとも思ったが、妻の気持ちも考えサインをし、役所に提出しに行った。

妻とは連絡を取らなかったが、風のうわさで1年後、その職場のxと結婚したと聞いた。妻の為だ、妻の為だと自分に言い聞かせ、無念の思いを胸の内にしまいこんだ。


数年の月日が経ったある日のこと。夜中に電話の呼び鈴が鳴った。妻からだった。

「グスン、グスン、夜中にゴメン。」

電話越しに妻の鼻をすする音が聞こえた。突然のことだったので多少驚いたが、平静を装い話を聞いた。

二次関数のxとのことだった。妻の話しによると、二次関数のxとのaは、私が心配した通り負の値だったらしい。ところが、そのxはとても優秀な人間で、彼が成果を挙げれば挙げるほどに自分は下に下がっていくのが妻にとってはとてつもなく大きな苦痛となったようだ。

xはとても良い人で、責任を感じなくても良いって言ってくれてるんだけど、足を引っ張ってばかりで辛くて辛くて…。」

「そうか。」

妻は一通り話し終えると静かに電話を切った。私の心を夜の静寂が包み込んだ。


電話から数か月後、結局妻は二次関数のxと離婚した。理由は「もう彼の足手まといになりたくない」と言うことだった。

これから妻はどうするのだろうと考えていた矢先、また一本の電話が入った。

妻からだった。


「もう一度よりを戻さない?」

心臓が口から飛び出しそうなくらい驚いた。

「え?」

思わず聞き返した。

「あの時の私はただひたすらに変化を求めていたわ。でも、変化が全てじゃないって分かった。何も変わらないことって素晴らしいのね。」

断る理由が無かった。

こうして私たちは再び、何も変わらない生活を歩き出した。


夫のxが0になれば妻のyはいなくなる。仕事を一緒に頑張る事は出来ないが、死ぬときは一緒だ。そんなのも良いじゃないか。

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