UnBooks:十三人の合議制

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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1192年、日本語版ウィキペディア源頼朝によって創立された。

多くの記事が作られ、ウィキペディアは大いに発展した。

しかし7年後、頼朝は「性転換しにモロッコ行って来るわw」と言ってWikipedia:ja:Wikipedia:ウィキブレイクしたきり、帰ってこなかった。

頼朝亡き後のウィキペディアは、彼と共に初期からウィキペディアの隆盛に貢献してきた13人の管理者、梶原景時北条時政北条義時大江広元三善康信三浦義澄比企能員和田義盛安達盛長二階堂行政中原親能足立遠元八田知家によって運営されていた。

筆頭の梶原景時は、とても正義感、使命感に篤い真面目一辺倒な人物であった。反乱分子を素早く鎮圧し、糞記事を削除し、運営にかかわる規範、規定などを定め、ウィキペディアの屋台骨を支える支柱的存在であった。

しかし、ウィキペディアを護るという使命感の強すぎるあまり、疑わしきもの全てを罰していき、下っ端含む御家人達から反感を買っていた。御家人達は「どうせ梶原の陰謀だろ」「汚いなさすがさすが梶原きたない」と、景時の陰口を叩くようになり、やがて反景時の派閥が形成されてゆく。

この反景時勢力を煽動、糾合して景時を追い落とそうと考える不埒な輩が居た。他ならぬ、景時以外の管理者達である。特に北条時政はその急先鋒となり、反景時勢力を纏め、ついには彼らを裏から操って弾劾状を叩きつけさせた。

さらに景時によるソックパペット疑惑が浮上する。無論、これは北条時政に操られた反景時派によるでっち上げである。

炯眼な景時は陰謀であることを察知したが、気付いた時には既に孤立無援の状態にあり手遅れであった。

景時を解任、ひいてはブロックすべきという声は勢いを増し、ついに景時は管理者の権限を剥奪された上無期限ブロックに処された。

この騒動は管理者達の間にしこりを残した。次は自分が追い落とされるのではないか、と、皆猜疑心を抱いた。景時の「粛清」から間もなく、不穏な空気を感じた安達盛長と三浦義澄は「もう今のウィキペディアにはついていけません」と言って管理者の座を退いた。

それから程なく、新たな犠牲者が血祭りにされた。比企能員である。比企は運営の方針をめぐり、北条時政らと対立していた。

時政は比企追い落としの策を講じ、手懐けた一部利用者達と結託して比企の罪をでっち上げ、景時の時と同様粛清に踏み切った。比企もやはり管理者権限を剥奪された上、無期限ブロックに処された。

この粛清に異を唱えたユーザーがいた。有力利用者の一人、畠山重忠である。重忠は包摂主義者として初心者に優しく、管理者たちに対して忌憚なき意見を述べる事も多く、人望が篤かった。

重忠は時政の措置を激しく譴責し、多くの利用者が重忠に同調した。これを危険視した時政は、何と「以前ブロックされた比企、もしくは梶原景時のソックパペットである」として重忠を無期限ブロックに処した。

この時時政は疑心暗鬼に取り付かれていた。謀略を用いて追い落とした梶原と比企に対する良心の呵責もあった。自分に異を申し立てるユーザーが、全て自分を追い落とそうとしている敵、もしくは梶原や比企の「亡霊」に見えた。既に時政は正気ではなかった。

その時政に引導を渡したのは、皮肉にも彼の息子であり、同じ管理者として梶原、比企の追い落としに協力した北条義時であった。

義時はある日突如反旗を翻し、時政に対して解任動議を突きつけた。先の畠山重忠の事件もあって時政の専断に反感を抱く利用者は多く、賛成票が圧倒して時政は解任された。

義時は父時政に対してウィキブレイクを提案、息子に裏切られ全てを失いすっかり憔悴していた時政はこれを従容と受け入れ、二度とウィキペディアに帰ってくる事はなかった。

その後、その義時が主導になって、暫くはウィキペディアの管理は円滑に行われていたが、次第に義時と和田義盛の対立が顕著になってくる。

ついには義時が和田義盛を挑発し、その挑発に乗ってしまった事が命取りとなり、義盛も管理者権限を剥奪された上ブロックに処された。

結局、十三人の内最後まで生き残ったのは、権謀術数をつくした義時、身の処し方が上手かった三善康信と大江広元、そしてお役所仕事に専念していたいてもいなくても変わらない影の薄い連中だけであった。政敵を全て葬り去った義時は益々幅を利かせ、自分の息がかかった利用者を次々と管理者に推挙。完全にウィキペディアを私物化した。

義時にウィキペディアが掌握されてからまもなく、一人のIPユーザー井戸端で呟いた。

「一体いつから、ここはこんなひどいインターネッツになってしまったんですか?」

参考文献[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「十三人の合議制」の項目を執筆しています。