UnBooks:人間合格

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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「合格です」

女は事務的にそう告げると、一枚の書類を取り出して私の前に差し出した。 「こちらの書類に必要事項をご記入いただければ人間合格です。」 私は女の差し出した書類に目を通そうとしたが、そこにあったのは解読不能な記号の羅列であった。

文字を読めないことが判明すれば、私の人間合格はこの場で取り消しになるだろう。 そうなれば私のこの18年間の努力はすべて水の泡である。 たった一枚の書類を埋めることができずにいると、「どうかなさいましたか」と女は意外そうな声で問いかけてきた。その言葉がまるで最後通牒ように感じられて、私の背筋に冷たい感覚が通り抜けた。

何かを書かなければ終わりだ。私はその書類をもう一度見まわしてみたが手がかりになるような何かを見つけだすことは出来なかった。ああ終わったのだ。そう思った。私の今までの苦労はすべて徒労に終わり、私の人生は今日この瞬間に終わったのだ。いや、人間ではない私の「人生」はまだ始まってもいない。始まる前に終わってしまった。

その時、女の後ろに座っていた一人の男が私をちらりと見た。男の目からは下らないものを見るような、呆れ果てたような表情が見て取れた。男は溜息をつくように立ち上がると、席を離れてゆっくりと奥の方のドアへと近づいていく。それにつれて目の前の女の身体が強張っていくのがはっきりとわかった。どうやら私はこの場で処分となるようだ。

行き場を失った感情が私の頭の中でぐるぐるぐるぐると渦を巻き始めているのがわかる。死への恐怖と、生への渇望と、未来への欲望と、現在への怒りが、絡め取られるようにして頭の中でわめき散らしている。今のこの時間が、この状況が、私の方へと攻め込んでくる。もうどうにでもなれだ。私は書類の空欄をやけくそを写し取ったかのような記号で埋めていった。