UnBooks:とある原発の炉心溶融

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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炉心溶融.png


保安院のドアの向こうが騒がしくなった。
今頃『異変』に気づいたのか、と作業員が思った瞬間、
勢い良くドアが開いて二人の政府関係者が飛び込んできた。
「くそ、何をやっている!! ここで何かトラブルでもあったら、我が国の原子力政策が――!!」
何かを叫びかけた役人は、けれど途中で背中を殴られたように息を詰まらせた。目の前にある建屋の残骸――そしてそこから放たれる放射能を見て心臓が止まったような顔をしている。
政治家が……あれだけ原子力発電を推進してきた政治家が、目の前の光景に絶句していた。
「……め、『炉心溶融」(メルトダウン』って、そんな。そもそも原発は絶対安全なはずなのに!」
作業員は振り返らない。
振り返るだけの余裕がないのも事実だったし、もう、現実」(メルトダウンから目を逸らすのは嫌だった。
「おい、、放射能」(コイツが何だか知ってんのか!」だから、振り返らないまま叫ぶ。「コイツの飛散量は? 周辺住民は!? 被曝許容量は!? 俺はどうすれば良い、一つ残らず全部まとめて片っ端から指示しやがれ!!」
「……けど、だって……何が」
「じれってえ野郎だな、んなの見りゃ分かんだろ! 原発はこうして放射能をまき散らしてる、それなら『原発は安全です』なんて言ってた東電が嘘ぶっこいてたってだけだろうが!」作業員は放水を続けながら叫んだ。「ああそうだよ、『原発がないと電力が足りなくなる』ってのも大嘘だ! 推進派の頭は東電の説明に洗脳されちまってただけなんだ、つまりソイツを打ち消しちまえばもう国民を危険にさらす必要なんかどこにもなくなっちまうんだよ!!」
じりじり、と。事態は悪化していく。
作業員をあざ笑うかのように、さらに放射能が悪夢のように倍加していく。
「冷静になれよ、冷静に考えてみろ! 原発なんて残酷なシステム扱ってる連中が、テメェらお」(かみに心優しく真実を全部話すとか思ってんのか! 目の前にある現実」(リアルを見ろ、何なら国民の声を直接聞いてみりゃ良いだろうが!!」
役人と政治家は、呆然と亀裂の向こう――原子炉の方を見たようだった。
それは間違いなく役人の知らない原発だっただろう。
それは間違いなく東電に教えられなかった原発だっただろう。

この事故を終息させるさめに、役人は作業員に自分の考えを突きつけた。
「曖昧な可能性なんて、いらない。原発さえあれば、とりあえず電力をまかなう事ができる。僕はそのためなら何だってする。いくらでも金をつぎこむ! そう決めたんだ、ずっと前に」
ギチリ、と。せわしなく動いていた作業員の足が、不意に止まった。
信じられないほどの熱量に、建屋のプールの水がブクブクと沸騰した。
とりあえず、だぁ?」作業員は、振り返らない。「ふざけやがって、そんなつまんねえ事はどうでも良い! 理屈も理論もいらねえ、たった一つだけ答えろ菅直人!!」

「――テメェは、日本国民を助けたくないのかよ?」

政治家の吐息が停止した。
「テメェら、ずっと待ってたんだろ? 化石燃料を使わなくても済む、国民を危険にさらさなくても済む、そんな誰もが笑って誰もが望む最っ高に最っ高な自然エネルギー」(ハッピーエンドってヤツを!」
海岸にほど近い所にある配管が、ドロドロしたどす黒い汚染水の漏れ出す嫌な音を発した。
それでも作業員は諦められない。
「ずっと待ち焦がれてたんだろ、安全なエネルギーを! 二酸化炭素を出す石油・石炭じゃねえ!不潔な放射能を撒き散らす原子力じゃねえ! 他の何者でもなく他の何物でもなく! 自然エネルギーの力で、かけがえのない日本国民を助けてみせるって誓ったんじゃねえのかよ!?」
もくもくと東日本の空に雲が広がり、不潔な放射能を含んだどす黒い雨が落ちてきた。
それでも、作業員は諦めたくない。
「ずっとずっと国民を守りたかったんだろ! 二酸化炭素も放射能も出すことなく、国民の命と生活を守る、そんなエネルギー行政を目指していたんだろ! だったらそれは全然終わってねえ!! 始まってすらいねえ!! ちっとぐらい長い工程表で絶望してんじゃねえよ!!」
政治家達の声が、消えた。
作業員は絶対に諦めない。その姿に、政治家達は一体何を見たのか。

「――手を伸ばせば届くんだいい加減に始めようぜ、菅直人!!」

頭上には安全神話の崩壊した原発、
足元には真実を知らされることなく、不潔な放射能に怯える人々。
どちらかを救えば、どちらかが倒れるという、たったそれだけのお話。
もちろん、答えなんて決まっていた。
この戦いの中、作業員は原発を守るために命を懸けていた訳ではない。
ただ、かけがえのないこの国の人々を助けるために、原発と戦っていたんだから。
「この世界が、原発」(アンタの作った電力」(システムに依存して動いてるってんなら――」
作業員は勇敢に危険地帯へと突入していく。
まるで戦後日本の矛盾を全て消し去るように。
「――まずは、その幻想をぶち殺す!!」

(数年後)

被災地の空を映す湖面のように、何千枚という太陽光パネルが敷きつめられた。
原発は、それでもまだコンクリートに覆われていた。
覆われながら、そのタービンは二度と動かなかった。
201X年。
福島第一原子力発電所は『死んだ』。

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