UnBooks:ある老博士の発明

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

注意:厳密に言うとおかしな科学的シーンがありますが、全体的な雰囲気を楽しんでいただけたら幸いです。細かいこと気にしたらあかん。
Upsidedownmainpage.jpg 執筆コンテスト
本項は第10回執筆コンテストに出品されました。

ああもうだめだ。あいつらに捕まっちまったからには、生きて帰れる道はあるまい・・・。

「ぬふ、うなだれておるな。まあそれも仕方あるまい。君は今日ここで死ぬのだから。」

目の前のもじゃひげを生やして白衣を着た如何にもSF映画に出てきそうな六十~七十程の老人は言った。

「おっと挨拶をせねばならんな。儂はあいつらに雇われている化学者じゃ。あの組織の収益の約6割は儂の生活と研究費用に充てられている。なにせ実験は金がかかるのでな・・・。」

あいつら、こんな所に6割も使っていたのか・・・。そう思う間もないぐらいに、老博士は「まして新兵器をつくるとなれなば。」と付け加えた。

「おっと目を見開いて儂を初めて尊敬する表情じゃな。いや単純に驚いているだけか?・・・まぁそんなことはどーでもいー。要はあんたらみたいなのをここに連れてくるのがあいつらの仕事。でそこから処刑するのは儂のターン。・・・まあ実戦闘用の武器を作ったりもしておるが・・・。」

記憶が曖昧だが朧気に数時間前の闘争を思い出す。あいつら見たこともないようなへんてこな形のものをもっていたが、あれもこの老博士の作った武器だったのだろうか。きっとそれが真実なのだろう。そんなことをまだ醒め切らぬぼんやりした頭で考えていると、老博士は隅の暗がりの方からガラガラと音を立てて何やら重たしげな機械を載せたキャスターを引っ張ってきた。

「ふっ。君は今日儂の発明した新作品のだ~い1号となるのじゃよ。どうせ死ぬ運命なのだ。折角ならば最期にこれがどういうものなのか知ってから死にたいであろう?・・・これはその名も反物質発生装置というのだ・・・。」

そして此方のほうにぐっと顔を見やって、如何にも凄いだろうと云わんばかりの顔をした。だがしばらくしてさして驚いていない表情を見て取ると、つまらなそうに視線を機械へと戻した。

「余り感心していないのは名前を言ってもこれが結局のところ何であるのかが分からないから、・・・じゃないか?まあそれも仕方あるまい。こんな世界に暮らしていれば、そりゃーまともに教育も受けてないんじゃろう。仕方ない。これが何か教えてやろう。」

そういうと近くのパイプ椅子を引き寄せてそれに腰掛けた。自分も反射的に座り込みそうになったが、両手両足が鎖で背面の壁と連結させられていて、それは無理なことを思い出した。

「大丈夫。心配するな。ひょろひょろに体力を磨耗させたところで殺しても何の面白みもない。話は手短かに終わらせてやるから。」

そういうと一つため息をして、その後体をブルッと震わせた。

「冷えるな・・・。まあ仕方ない。こんな地下深くのガラッと開けた丸で駐車場みたいな部屋ではな・・・。おっと危ない、これ以上不用意にしゃべるとあいつらに怒られてしまうわい。まあ何れにしろ君は死ぬのだから問題はないと思うが、用心するに越したことはなかろう。」

そう一人でブツブツといいながらもう一回ため息をすると、あたりをくるくると周回しながら本格的に喋り始めた。

「物質を構成する最小の要素を追い求める科学者たちの旅はギリシャ時代からもう始まっていた。彼らは物質を構成する最小の要素が存在すると予言し、それを「アトム」と名づけた。ほれ、お前も日本人なら鉄腕アトムぐらい知っておろう。あのアトムじゃよ。あれはもともと「分割できないもの」を意味する言葉なのじゃ。「アトム」は日本語では原始と呼ばれている。では原始が最小要素なのか・・・?答えはノーじゃ。ただ一時期そう思われていた時期はあった。それで名称は残ったというわけじゃ。その後の研究で原始は陽子、中性子、電子に分けられることが分かった。やった、これで最小の構成要素を見つけたぞ。ばんざーい!」

そういうと老博士は本当に高く手を振り上げた。しかしその手はスルスルとすべりおちてきながら・・・

「ところが・・・じゃ、そうではなかった。より調べるとそれらもやっぱり最小の構成要素ではなかったのじゃ。それらはクォークというより小さな粒から成り立っていることが分かった。まあ正確にはニュートリノだのタウ粒子だのと色々あるが細かいことを気にしてはいかん。あ、そうそう。さっき儂は嘘をついてしまった。正確には電子はやっぱり最小の構成要素のひとつなのじゃ。陽子と中性子が違うだけ。こりゃいかん、思わずひと括りにして話してしまった。まあ今ではクォークはさらにスーパーストリングという細かい粒、いや小さい紐に分けられるのではないか、という話が出ておるが、どうせまだ実験ではなんの確証もでていない話だ。まあ今の所クォークとその愉快な仲間たちが最小ってわけ。まあそんなところは今回の儂の発明品には関係ない。で、話を元に戻すと、クォークにはアップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムと6種類ありさらにそれぞれにカラーとフレーバーがついているのじゃが・・・」

そこで老博士は言葉を切った。

「ここからが重要なとこだ。心して聞けよ。それらの物質には常に対となって存在する半物質が存在するのだよ。もっとも反物質といっても目に見えない摩訶不思議なものを想像してはいけない。・・・ただ日常では見られないだろうなァ。なぜなら物質と反物質がくっつくと消えてしまうのだから!」

物質と反物質が結びついて消える・・・!現代科学はそんな奇術みたいな事にことになっているのか!

「まあおかげで最小要素の世界は、アップ~ボトムまでの6種類に3色ずつパターンがあって、更に電子やそのお仲間やタウ君なども混ぜたもろもろに、更にそれらの反物質を足し合わせた、つまり倍もの数があるということになってしまったわけだ。そこで科学者たちは、最小要素の癖に数が多すぎる、といって、より小さい要素を追い求めとるわけじゃ。儂にしてみれば永久にやっとれ、って感じじゃ。」

まあ新兵器の発明などをしているこの老博士にとってみれば、正直最小の要素などどうでもいいのだろう。

「まあそれはいいとして反物質と物質はくっつくと消える。おかしいと思わんかね。反物質だってさっきもいったとおり、ちゃんと物の1つなのだ。重さだってある。5gと5g足して10gと思いきや、0gになるようなものじゃ。誰だっておかしいと思うだろう。きっと君も今そう思っている。違うか。・・・でも大丈夫、かの有名なアインシュタイン君が彼の三大業績のうちの一つに数え上げられる『一般相対性理論』の中で説明してくれたのだよ。」

アインシュタインや一般相対性理論といった言葉は断片的にこそ聞いた事があるものの、それらが結局なぜ物質と反物質をぶつけると消えてしまう事に説明がつくのかは未だ混沌とした闇の中で分からない。たださきほどの素晴らしい奇術を見た後のような衝撃で不思議と退屈さを感じはしなかった。

「彼のその論文、色々すごい説明はあるが、一言で言ってしまうと、『E=mc2・・・この式に尽きるのだろうなァ・・・。」

自分もまだ中学校の時分にはそれほど素行も悪くなかったから、朧気に式だけは見知っている。それがそんなすごいことを意味する式だとは知らなかったが。

「この式でEはエネルギー、mは質量、cは光の速さを意味する定数を意味しておる。正確にはcは真空中を進む・・・という但し書きがつく、これは定数だから気にする必要はない。cは大体秒速30万kmじゃ。速いと思うかもしれないが光速は無限と考えられていた時代もあったのじゃ。まあなにしろ一瞬で伝わるからのぉ。地球上のスケールでは0秒で伝わる、と考えてもほぼ問題はなかろう。・・・おっと脱線してしまった。福地山線の二の舞はしたくないものだ。要はこの式は何を意味するのか・・・?質量、まあ物の重さのことだが、それに3o万かけてもういっちょ30万かけるとエネルギーに等しい。・・・もう分からんかね?値は気にしなくていい。エネルギーと質量がイコールで結ばれる。つまりエネルギーと質量は同じものなのだよ!」

な、なんだってー!!エネルギーと質量が同じだと言うのか?!

「ふっふっ、大層驚いているな。これで納得がいくじゃろう。物質と反物質をぶつけるとそれらはエネルギーにうつり変わり、その分質量は0になるというわけだ・・・。因みに原子力発電ってあるじゃろ?あれはざっくり言うとアトムの妹に、・・・紛らわしい言い方はよくないな。ウランに中性子をぶつけているのだが、よりざっくり言うとアンシュタイン君のあの式でやっぱり凄さが説明できるのじゃ。質量1の物質がもし完全にエネルギーに変わったら30万の30万倍なのじゃ。質量もエネルギーもそれぞれに単位が無論のことついておるが、そんな細かいとこ気にせんでも凄さが分かるじゃろ。とても儂みたいな耄碌爺さんには計算できない数じゃ。」

いや20代でもそれを手計算で求めるのは大分キツイと思うぞ・・・。

「まぁどっちにしろすごいじゃろ。余りに凄すぎて逆に危険なのじゃ。だからマスメディアちゃんが原子力云々と騒いでるってわけじゃよ。逆にエネルギーをつぎ込んで物質をつくろうとしたら30万の2乗をつぎ込んでやっと質量1・・・。如何に物質をつくるのが大変か。神様の有り難味が分かるきがするのぉ。」

そういうと老博士は真摯な顔つきで胸の前に手を合わせじっと目を伏せた。一応科学者なのにそんなこといっていいのか。森羅万象はビッグバンでで生まれたのであろう?


老博士が目を開けるとその顔つきは明らかに危険なそれに変わっていた。ドキッとする。今まで何でもなかった静寂までが急に怖く感じられる。

「長い前置きはもう終わりだ。時々脱線したが、もう分かっただろう。この機械は反物質発生装置だとたしか最初に言ったはずだ。お前さんの体だって所詮細かく分解すればクォークの寄せ集めに過ぎない。それらに反クォークをぶつけてこの世から完全に抹消するのだ。どうだ、死体を処理する手間も必要ない。完璧すぎる処刑道具だろう!」

そういうと辺りの混凝土一杯にがんがんと反響する大きな声で……と笑い始めた。そして十数秒してその笑いがやむと真剣な表情に老博士は戻りこう言った。

「ふっ、これでお前さんの人生も終わりだな。悪く思わんでくれよ。」

赤色のスイッチボタンに指がかかる。ああ、もうだめだ・・・。

老博士が指を押下した。ぐっと目を瞑り、頭の中を一瞬で流れ去るは、これまでの人生・・・!が、何も起きなかった。目をやおらに開けると目前の機械は轟々と低音を立てて、今にも起動せんと準備を行っているかのよう。十数秒するとその低重音が止まり一瞬辺りを静寂が包んだ。今度こそだめだ。母よ父よ、さよなら。この世の全てにも。

目をつぶろうとしたそのとき、反物質発生装置は後ろに飛んでゆき、それに合わせて老博士もぶっ飛んでいった。あたりの混凝土にその衝撃で罅が入る。

・・・・・・・え、なにこれ?
口をあんぐり開けることしか出来ない。
どうなって、いるの・・・・・・?

ふと老博士の言葉が頭の中をフラッシュバックする。


質量1の物質がもし完全にエネルギーに変わったら30万の30万倍なのじゃ。


「あ!あーーーーー!」思わず叫んでしまう。

あの老博士の作った反物質発生装置から生成された反物質と自分の体の一部がエネルギーに──しかも莫大な──うつり変わり、そしてそれが博士と機械をぶっ飛ばしたんだ。腹部の辺りをそっと撫ぜる。別段凹んだような気はしない。そういえばあの老博士はこうも言っていた。


逆にエネルギーをつぎ込んで物質をつくろうとしたら30万の2乗をつぎ込んでやっと質量1・・・。


そうか。あの反物質発生装置がどういう仕組みになっているのかは知る由もないが、もしエネルギーをつぎ込んで反物質を生成する形をとっていたとしたら、ほんとに僅かしか反物質を作れなかった計算になる。その分こちらの物質も殆ど消滅する事はなかった。きっと自分の腹部の辺りは原始の単位で数個なくなっているのだろう。そう思うと少し痛む気もする。

「ふっ、まぁあの老博士も結局は自滅しちまったってわけだ。・・・なんていうんだろう、こういうの、あいつだったら『詰めが甘いわね』とか言いそうだな。まあ私は大手を振って悠々と帰らせてもらうとするか・・・・・・ん?」

動き出そうとしたが進めなかった。がっちりと両手足を鎖で結ばれていた事を忘れていたのだ。

「あの老博士、地下深く・・・って言ってたっけ?それじゃあ多分地表の住人も気づいてないんだろうな。・・・という事は俺はここで餓死するのか、それとも先に酸欠死か・・・?」

・・・段々と忌々しい気分になってきた。こんな座れもしないポーズのままで飲み食いも出来ずのたれ死んでいくぐらいなら、普通に銃かなんかで手っ取り早く殺してくれた方がましだ。それをあの老いぼれが新兵器の実験なんてするから・・・!

これからの自分の死ぬまでを思うとふと笑みが零れ、そのまま高笑いが止まらなくなってしまい、ついには発狂してしまった。周囲の混凝土にがんがんと笑い声が反響する。地表の太陽はそしらぬ顔で地平へと落ちていく・・・。


End=macabre cachinnation.