P-38 (戦闘機)

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P-38 ライトニングは、ロッキード社が開発した戦闘機だか攻撃機だか目刺しだかよく分からない未確認飛行物体である。戦闘機史上かつてない過酷な戦闘に駆り出されたレシプロ戦闘機として有名である。設計者はローキッドのDQNケリー・ジョンソン

開発経緯・概要[編集]

九十九里浜近海で日本軍に鹵獲されたP-38

この機体は列強の高性能な戦闘機配備に焦るアメリカ合衆国とロッキード社が旅館の朝定食を見て開発を試みたものである。材料はカタクチイワシやウルメイワシを用いるというエコロジーに気を使った戦闘機である。軽くて大変硬いの干物は高い防弾性能をこの戦闘機に与えたが、兵士からは「強烈に磯臭い」「クレイジーだ!」と大変不評であったという。しかし機体そのものが巨大な保存食である為、不時着したパイロット達の貴重な栄養源にもなった。しかし着水時には鮫が鰯の匂いに釣られて寄ってくるという危険性も伴っているとも言われている。また日本兵からも「ペロリと食べたくなる良い匂いのするP38戦闘機」という事でペロハチというあだ名もついている。戦争後期には匂いにつられて無謀な格闘戦を仕掛ける腹ペコ零戦パイロットも多かったという。また日本の民間人(これを見ている君のお婆ちゃんの事だ!)からはロッキード社製で特徴的な形であるにもかかわらず、「グラマン戦闘機」などという不名誉なあだ名をつけられる事もあった。当時、日本では「敵戦闘機といえばグラマン」という認識があったためである。

ヨーロッパ戦線は、フランス製オメガ11サン=テグジュペリが星の王子様になった際に乗っていた事と、ナチっていうかドイツの戦車乗りから双胴の悪魔と呼ばれた事以外で(アンサイクロペディア的に)記載すべきネタが無い。

言いたくないが夜間戦闘機 月光に昼間に撃墜されたこともあるらしい。

戦歴[編集]

1941年[編集]

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さっそく米軍はこの戦闘機を欧州戦線に放り込む。ドイツ軍の戦闘機相手には厳しかったが、タメ撃ちが出来る新型砲のお陰でVⅡロケットなどの大型機動兵器相手に善戦した。しかしこの新型砲は諸所の理由で量産にはいたらなかったようである。

1942年[編集]

このようにダメな体たらくをしていたせいで日本軍は太平洋で大暴れしてしまい、米機動艦隊は壊滅に近い憂き目にあった。焦った米軍首脳部は乾坤一擲の作戦として、「空母からライトニングを発艦させ、単機で日本軍戦闘機のなかに突っ込ませろ!」とやけっぱちの特攻作戦を立案する。一見、あまりにも無謀な作戦と考えられたが、大群の中に一機で突っ込まれた日本軍は動転し、大打撃を与えることに成功した。この戦闘ではライトニングは艦載できるように改造されており、また2連装砲を4連装砲に換装することが可能となっていたようである。ただし改造は間に合わず、パイロット達は赤い輸送機編隊から奪った日本軍の機関砲を乗せることで使用していたようである。また大量の日本軍に追い詰められた機体が宙返りで窮地を脱したという逸話がある。これは上昇下降の能力が高いライトニングにはうってつけの戦術である。

なおあまりに激しい戦闘のため、当時の無線記録では「ピーピー ピピー ピーピ ピーピピー ピーピーピー(以降爆発音と弾丸の発射音)」という記録しか残っていない。

1943年[編集]

しかし、敵航空戦力を削ることには成功したものの、肝心の日本軍の艦艇がまったくの無傷だったため、戦争はまったく終わる気配を見せなかった。業を煮やしつつ前回の成功に気をよくした米軍は再度、空母一隻とライトニングで日本の機動艦隊に突っ込ませるという作戦を実行する。もともと戦闘攻撃機に近いライトニングであったが、敵空母艦載機を蹴散らした後、本来はライトニングが苦手とする低空飛行を強いられ、その後敵艦に肉薄しての攻撃となるため、危険は非常に高かったという。当然のことながら魚雷や爆弾、ロケット砲への換装も出来なかった。大変厳しい戦いであったが、ライトニングの一機が見事に連合艦隊旗艦の大和を機銃で撃沈し、太平洋戦争を終結する足がかりを作る形に至った。

宙返りなどの機動性はそのままに、新型装備と新型装甲を施され、特殊な武器も搭載された。新型装備としては日本軍の機銃を消す特殊なショトガン、三方向に弾丸をばら撒く3Way機関砲、従来のものよりさらに高速で弾を打ち出す高速機関砲、連射は手動だが威力の高い新型unntyo ロケット弾などである。そして計画段階ではあるが、光学兵器の搭載も検討されていたという(通称、マネキネコ)。これらは過酷な戦場でパイロットたちの頼りになる武器となったが、装弾スペースや燃料と航続距離の関係で一定時間しか使用できず、いざ敵戦艦の前に出た時にはタマ切れということも多々あった。また装甲は鰯の組み方を大幅に換え、日本軍の機銃一発では撃墜されない強固な装甲を施されたが、副作用として被弾すると燃料タンクに穴が開き、燃料がこぼれだすという致命的な欠陥も持っていた。また鰯が燃料の高オクタンガソリンを吸収するため、「気がついたら燃料が空だった」ということが良くあったという。この状態では一発被弾すると燃料のしみこんだ鰯に引火し爆発するという大変危険な状態になる。

特殊な武器として燃料を使って津波や雷やカマイタチを起こしたという逸話(メガクラッシュ)がある。

1944年[編集]

大勢が決した太平洋戦争を尻目に一部のエースパイロットたちが、軍に無断で南洋にてドッグファイト大会を開催するという不祥事が発覚する。レシプロファイトォー!ReadyGo!

1945年[編集]

やっと戦争が終わった世界に謎の秘密組織CANY(キャニー)などが暗躍し始めたため、連合国も元・枢軸国も力をあわせて各国のエースパイロットであるおにゃのこ(一人だけガチムチ)を呼び寄せ、二度にわたるエイリアンにのっとられた兵器軍破壊の作戦が行われた。二度目の作戦で当戦闘機は使用され、僚機であるマスタングと共に米軍の威信をかけて出撃したといわれる。大戦期とは完全に装備を一新され、ホーミングミサイルを主体とした装備で出撃し、二度の戦闘に勝利した。

194X年[編集]

枢軸国の兵器を用いた戦争が再度起こり、ライトニングが出撃する。今回は防御のために特殊兵装と一体化したバリアを装着している。このバリアは敵弾と同属性の場合はバリアが弾を吸収するという特徴があり、それ以外のカミカゼアタックや異属性・無属性弾はバリアの耐久度を大幅減少する形式である。しかし当作戦では新型の戦闘機である震電どころか、零戦などと比べても性能が悪いなんともいえない戦闘機に仕上がっている。このバリアも正式採用には至らなかったようだ。

ちなみにどういう調整が行われたか不明だが、左右への移動時はギュンギュンにロールしまくる。

19XX年[編集]

戦乱の続く世紀末を舞台に、P38が再度出撃することになった。今回は僚機として震電・モスキートと共に母艦の大型輸送機を破壊され戦闘に参加する。更なる改修によって誘導式のAAMを装備しているが、誘導方式は赤外線パッシブでもアクティブレーダーでもなく、敵に撃ち込んだマーカーミサイルめがけて大量のミサイルが敵に向かって飛ぶという画期的な方式を用いている。

関連事項[編集]