NbFz (戦車)

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NbFz(のいばうふぁーるつぉいく)とは、ナチス・ドイツ陸軍が誇る画期的な宣伝カー……ならぬ戦車である。まだ戦車開発が実働したばかりの頃の戦車であったが戦闘以外の目的にも役だったことからドイツが陸軍国として進展するきっかけを作った有名な戦車である。媒体ではノイバウフォールツォイクと言われてる。名前の由来は新しいからと言うことで「新式車両」。

概要[編集]

NbFz完成披露会の様子

ナチス・ドイツが1930年代初頭に制作した戦車であり、当時流行していた多砲塔形式を採用した。第二次大戦の序盤に行われたポーランド侵攻で絶大な威力を発揮しこの戦車を見ただけで逃げた兵士も多かった。しかし、制作過程で高コストだけでなく操縦をマスターするまでの慣れに時間を費やすことから後期に登場するタイガー重戦車やパンター中戦車に生産ラインが優先され大量生産されることはなかった。しかし、その目立つ強そうな外見から戦闘以上に宣伝カーとして実力を発揮。意味ありげに戦車工場に展示するなど有名な戦車になった。ところが、連合国側にはあまりその存在は把握されていなかったらしく見慣れない戦車の写真を見た直後「あー、これトーチカですねー。」とスルーされてしまった。まれにアメリカやフランスなどではこの戦車の写真を謎の一枚のように扱われることも屡々。現在は主力の座をレオパルド2に譲って陸上自衛隊やフィンランド陸軍などで運用されてる。ちなみに,ドイツが超兵器の理想に駆り立てたのはこの戦車がきっかけで勢いづいたナチス・ドイツはⅥ号戦車マウスE-100・極めつけにラーテに繋がった。

諸元[編集]

構造[編集]

中戦車の車体に複数の大砲や機関銃を乗せたという一般的な多砲塔方式を採用している。また、特有の欠点である砲塔同士がかちあうことがないように上下をずらして配置された。ちなみに最大の弾薬搭載数は機関銃の銃弾が4000発、主砲弾が34発積めた。内部は結構ゆったりした作りでコーヒーも飲めたほどである。

攻撃力[編集]

当時ドイツで一流品と言われていたグロップ社に依頼して76㎜主砲を2門搭載した。これにより前面への攻撃力を増大させたが逆に前につんのめるようなイメージになったため急遽3,7㎜戦車砲に付け替えたところ安定した。ちなみに、この戦車砲はポーランド軍の装甲車を一撃で粉砕したという。ヴォルテックスグラインダーを内蔵しており,瞬時に敵を片付けたらしい。

防御力[編集]

悲しいかな、薄いのなんの20㎜。これが原因で独ソ戦に発展してからはKV-1重戦車に一撃で粉砕されてしまうことがあった。多砲塔戦車特有の薄いブリキ装甲対策として急遽厚めにすることが決定。砲塔140㎜・車体204㎜に変更し重戦車の攻撃にも耐えられる構造になった。しかし、移動速度はタイガー重戦車より遅めの35kmになってしまった。

速度[編集]

初期型は基本は時速70kmまで出せた。これは、制作にスポーツカーの大手であったポルシェが関与しており軽量化により高速化を図った結果だと言える。しかし、前述の重装甲化により速度は大幅に減少。よって敵軍が縄張りをしてる主戦場に着くことが最大の任務とまで言われた。

実戦投入[編集]

作ったからには活用したいという理由でポーランド侵攻を筆頭に様々な戦闘で投入された。序盤ではまだ満足な兵器を装備していないポーランドやオーストリアだからこそよかったもののソビエトが前述のKV-1やT-34の前に苦戦を強いられてしまうが重装甲にすることで対抗できた。ちなみに、KV-1の乗務員は「あれがなんだったのか未だに分からない。ドイツの戦車だということは分かるがあっけないし……」などの名言を残した。だが、装甲が分厚くなったバージョンはM4中戦車を体当たりで粉砕し、ファイヤフライを一撃で大爆発させるなど一つの脅威になったが連合国は数で対抗した。しかし、アメリカがM26パーシングを実戦投入してからは完全に他のティーガーⅡやらマウスやらに出番を明け渡したらしい。

宣伝カーとしての役割[編集]

実戦に不得手になりつつある多砲塔戦車に残された共通の使い道は当然の如く宣伝である(ただし、T-35は百貨店として運用された)。その宣伝を最も生かしたのは正にNbFzを作ったドイツであった。演説台に、パレードに、お茶会に、部屋の飾りに、工場のシンボルにとありとあらゆる場所に活用。ついには連合国中でこの戦車が生産ラインに並んでいる様子やパレードの様子などを掲載した雑誌まで発行され連合国はパニックに陥り「あれは恐ろしい戦車だ。」・「大量生産されてる」というデマを巻き起こした。しかし、この後Ⅶ号戦車の脅威に晒されるのは言うまでもない

現在[編集]

現在までに18カ国で運用されている。日本では61式戦車の後継機としてティーガーⅡと一緒に300両ほど輸入。それまでT-35しか知らなかった日本人は好きこのんで活用し現在でも少数の師団が活用している。フィンランドではMBTの開発に大きな遅れが出てるため急遽1958年に10両ほど輸入。現在でも運用されてる。戦車開発力が不足していたイタリアには総計56両が輸入されアリエテの登場まで現役だった。この他、エチオピアアラスカルーマニアなどにも輸出された。

Wikipedia
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関連項目[編集]