フロッガー

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MiG-23(みぐにいさん)とは、1967年に初飛行したソビエト連邦が誇るVF-1バルキリーのこと。7月10日に初飛行したが丁度この日は納豆の日でもある。だけどなんの繋がりはない。というか、ソビエトに納豆など(以下略)。後にMiG-25たる後継機も投入された。よく、函館に飛来した戦闘機と誤解されやすい。40年以上経った今でも動いてるのだから恐ろしい。

概要[編集]

MiG-21が取り扱いしやすいと評判が高く次の戦闘機を開発することが決まった。それで完成したのがMiG-23である。番号順でいえばMiG-22になるはずである。しかし、ミコヤンは偶数の番号を名前にする戦闘機を冷遇しており(ソビエトにおいて不吉な数とされてるからか)23に決定した。また、ロシア初の可変翼機としても有名。それまで、日本が重力に合わせて翼を稼働させることが出来る紫電改なる戦闘機が存在したがあまり世間に知られていなかった。その為、冷戦で相手になっていたアメリカが壊れるだのメカニズムが解明できないだので実用していなかった可変翼を専制的に起用することに決まった。また、日本では丁度可変翼でお馴染みのマクロスが流行しつつあったため関係者等は日本に侵入。工場からこっそり5つほど試作品を買い取り帰国した。こうして完成したのがMiG-23で安定が良く取り扱いが容易だったため世界中で運用された。初飛行から実に43年経過した現在でも日本や西アジアで運用されており、2009年北朝鮮が保有するMiG-23が衛星打ち上げを他国から阻止するために出撃し日本海で墜落したのは記憶に新しい。

可変翼について[編集]

MiG-23最大の売りはなんといっても可変翼である。可変翼はレバー1本で翼を前や後ろに調整することが可能。日本の紫電改と比べると安定しており電子制御なので文句なしに壊れる心配もない。また、ソビエト特有の真冬の露天駐機にも対応しており発熱装置を搭載したために凍っても安心して動く。これは、訪日した際にマクロスの資料集から可変翼を安定に稼働させるための部品名や配置図などを調査しておりそれらによって対処した。

攻撃力について[編集]

MiG-21同様短距離弾道ミサイルを4発装備しており随時狙い定めることを可能とする。また,これらはスターリン政権下から計画されていたものであり後続距離28km・内臓火薬量6700mgと比較的強力であり有効な手だてでもあった。

搭乗口のハッチについて[編集]

新たにボタン式のハッチを採用している。前の~21ではスライド式だったため経年劣化で半開きになるものが多くこういったボタン式は画期的な物であった。安定して開閉を可能とし非常時にはレバー操作で開くことも出来た。

米軍の戦闘機と比べて[編集]

アメリカでは,当初この戦闘機が翼を閉じた写真と開いた写真を同時に見たために「うおっ!!今度のミグは2種類あるぞ!!」と驚いて直ちに博物館に保存してあった元祖可変翼だと言う紫電改を引っ張り出し可変翼について研究を真面目に行った。実際には同じ戦闘機の翼を開いた図と閉じた図であり勿論そうだとしたらMiG-22とMiG-23の2種類が開発されていたはずである。後世,アメリカはこの間違いについてコメントは差し控えていたという。

実戦での戦果[編集]

早速、MiG-17やMiG-21が投入されているベトナム戦争に投入され北ベトナム軍が大量に活用した。それまで翼が動く戦闘機は艦載機としか認可していなかったアメリカ及び南ベトナム軍はこの翼を戦闘の合間で稼働させる戦闘機を見るが否や混乱に陥り次第に敗走に繋がった。また、地上からはオルガンロケット(カチューシャ)の勢いも重なってアメリカは次第に追い詰められた。

対応策[編集]

アメリカはMiG-23に対抗すべくXB-70と呼ばれるアラスカとモスクワを往復できる爆撃機を開発。これでMiG-23を生産する工場を爆撃する見越しに出たが僅か2機で生産終了。理由はコストの問題で2機だけでも6兆円も維持費を浪費するからだとか。その為、ファントムにボタン式の可変翼を取り付けて対抗。だが、性能の差で矢張り潰走した。一応、XB-70はMiG-23で喜んでいたソビエト連邦の面々に恐れたらしくプロジェクト621が実行されてしまう末路をたどった。

北朝鮮での一連の事件[編集]

2009年3月に北朝鮮が人工衛星を飛ばす際に世界がミサイルだと騒いだため金将軍がこれでもかと言わんばかりにMiG-23を発射台があるムスダンリ近郊の滑走路に配置した。この事態が日本に伝わった直後、2ちゃんねるでは総じて「骨董品」と比喩されたがまさかのスクランブル発進。しかし、なぜか1機が日本海に墜落した。この時、設置されたガメラレーダーが飛翔体(ミサイル)と勘違いしたために国内は大波乱になった。だが、MiG-23の残骸は確認されておらずパイロットも行方不明である。

関連項目[編集]