Forum:ユーモアに嘘は必要か?
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
[編集] ユーモアと嘘
はたして、アンサイクロペディアの記事には、嘘が必要なんでしょうか?
Forum:鉄道ネタ他趣旨に反する記事対策の案#「事実は小説よりも奇なり」な記事についてから移動してきました。元記事が長くなっているし、鉄道路線から外れてきたので、改めて投稿します。--Sts 2007年12月8日 (土) 13:32 (JST)
- やっぱりものによるんじゃないですかね。
- この前、頭が固い方の珍項目にインスパイヤされて、ニルス・カタヤイネンを書いたんですが、あっちの項目を見ればわかるように、事実だけで結構笑えます。かといってそのまま書くわけにはいきません。百科事典の記事なのに笑えるからあれで十分ネタになるのであって、アンサイクロペディアにそのまま移動したらユーモア不足でしょう。ということで、嘘で塗り固めて強化するわけですな。
- しかし、事実(あっちで書けないようなものも含む)だけで行けるものもあります。自己言及的なページとか。とはいえこの手のページは難易度が高めですが。--辞典喰い虫 2007年12月8日 (土) 14:21 (JST)
- なんだか面倒くさがりやでごめんなさい。新しくフォーラム作ってもらってしまいました。
- さて、私がForum:鉄道ネタ他趣旨に反する記事対策の案#「事実は小説よりも奇なり」な記事についての方で趣旨にそぐわない記事として念頭においていたのは、事実をくだけた表現で書いただけのものや、それに関する感想を述べただけのものなどです。書き方によっては結構ユーモアがあったり、長くなってたりするので削除されずに残ってたりするのですが…例えばアニメ系の記事ってほとんどこんな感じなような。やはり嘘、もしくは非常識に解釈された事実が含まれるべきではないでしょうか。ちなみに自己言及的なページは非常識に解釈された事実を含む記事だと思います。--Spi 2007年12月8日 (土) 14:59 (JST)
- ウィキペディア的書き方、つまりある言葉についてごく一般的に真面目に説明したらたまたまユーモラスになったというのは、あまり好ましくないと思います。でもそこは書きようで、事実だけでもアンサイクロペディアらしくなることがあります。たとえば、
- ごく真面目なものや人物の、たまたまユーモラスな部分だけを抜き取って記事にする。たとえば民主党の岡田克也は真面目に政策を勉強している印象がありますが、そこをあえて、ホリエモンを蹴ったとかいう話を強調するやり方です。逆にこう言っては失礼ですが、又吉イエスが日本のことを真面目に考える稀代の政策通である、というような書き方もあるでしょう。
- 異なる2つをくっつける。ウィキペディアでは曖昧さ回避にするような、同じ文字でまったく別の意味をもつ単語をくっつける方法はよく採用されています。
- あるいは英語版では「ワースト100」シリーズがありますが、たとえば日本語版でも「視聴率が取れない『人気』俳優ベスト20」なんて項目なら成り立つかもしれません。あるいは「アメリカの訴訟一覧」という項目にタバコによる国民の健康阻害・マクドナルドによる健康阻害・任天堂のゲーム機により手にマメといった馬鹿馬鹿しい訴訟のみを並べれば記事になりうると思います。
- ただ、いくら首都圏の鉄道がタブレット閉塞式を採用しているからと言って、それだけでは記事にはならないでしょうね。その面白さを際立たせる「意外な」事実を付加してくれればいいのですが。--かぼ 2007年12月8日 (日) 17:21 (JST)
- 嘘を混ぜて書く、非常識な曲解をする、というのは確かに良い記事を書くにあたってのポイントであり、かつ主な方法ではありますが、決してルールではないと思います。ですから、あまり強く嘘または曲解を混ぜることを推奨するのはどうかなと思います。しかしながら、ユーモラスであることが原則の一つであることは確かですので、切り口をかえるにせよ、ユニークな視点で述べるにせよ、オーシャンパシフィックピースなどのつまらない用語を大真面目に解説するにせよ、それらがユーモアとして成立するのであれば事実だけであろうとなかろうと構わないのではないでしょうか
- 個人的には、上記の方がおっしゃる頭が固い方の笑える項目を仮にこっちにそのまま移転したとしても、明らかにウケ狙いな嘘が詰め込まれた記事よりは面白いと思います。タブレット閉塞式については当該記事を見ていないので分かりませんが、それがいかに良いものなのかを力説すれば記事としては良いかもしれないと思います。しかし、タブレット閉塞式って一体なんぞや…?--Butaman-kun 2007年12月8日 (日) 18:30 (JST)
- 事実でも十分に面白ければ、のび太やハルヒやムスカを無理やり絡めた作品よりはるかに良い。嘘はテクニックのひとつです。もともとこのサイトは「ウィキペディアから追っ払われた悪ふざけ」だの「批判的な観点」だのを全部ひっくるめたユーモアを集めたものですし。結論として「アンサイクロペディアの記事(全体)にたいして嘘がいるか?」ということを考えるより「個々の記事において嘘を入れたほうが面白くなるか?」を各自で判断してくださいとしか言いようが無いです。--ムツケ 2007年12月8日 (日) 23:07 (JST)
- 実在しないものを、さも実在する項目のように描くことは、十分にユーモアになると思います。ただ、これは誰しもが思うより非常に難しいことです。嘘八百を書くだけなら簡単ですが、来年の春まで削除されない架空の鉄道路線の記事を書くのは至難の極みだと思うのです。私にはできません。嘘で面白い記事を書ける人を心から尊敬しています。
- それよりも、実在する事象や人物の一部を誇張して書き、「ユーモア欠落症のためにウィキペディアに云々」のテンプレートを貼って元ネタを提示するほうが楽なものでして、いつもそういう方向に向かってしまって困っています。 --by(あ) 2007年12月9日 (日) 01:57 (JST)
- とりあえずあれです。
- 事実を事典的に羅列するだけで面白くなる題材もあるでしょうが、はて、それがアンサイクロペディアの求める記事なのでしょうか? むしろ「トリビアウィキ」みたいなのを勝手に作ってそちらに行きやがれ。
- それはさておき、「嘘」と言うから変になる感じがします。むしろ「創作性」では無いかと。というのも、僕は「創作性が全く無いユーモア」というものを寡聞にして聞いたことがありませんので。
- あと、「誇張」や「偏り」も嘘の一種だし、そういうのも広く含めた上で考えて行けば十分だと思いますけどね。
- というか面白ければ何でもええやん。--額田倫太郎 2007年12月9日 (月) 16:49 (JST)
- 結局面白ければ何でもいいというのもあるのですが…今のアンサイクロペディアには事実に関する個人の感想(くだけた表現である場合が多い)が主体の記事が実は結構紛れ込んでいるのではないかと思っています。あるいは感想すらなくて事実がくだけた表現で書かれているだけだったり。一見すると面白かったりして、だから削除されないのだと思いますが、そういう記事が実は削除されるべきなんじゃないかと思っているわけです。--Spi 2007年12月9日 (月) 20:12 (JST)
- いたずらにハードルを上げる必要はないと思います。そこにユーモアが存在するのであれば。というか難しいことを考えるより先に記事を書きましょうよ。10万項目越えたくらいで問題にすればいいじゃないですか。現状で削ることを考えるのは時期尚早でしょう。--// Restaurant Lynx / Talk / Posted // 2007年12月9日 (月) 20:35 (JST)
- ユーモアに事実も嘘もへったくれもないと思います。事実でもユーモアが存在するものはありますし、ユーモアの存在しない嘘もあるんです。面白い記事は残して、面白くないものは削除する。アンサイクロペディアにそれ以上のことを求める必要は無いと思うのですが・・・。--ランダマイズ 2007年12月9日 (月) 21:34 (JST)
ユーモアに嘘は必要ないと思うけど、面白かった事実をそのまま紹介してもそれはユーモアとは言わない気がする。僕の中でユーモアは「一般的、常識的な見方に対して、別の視点を提供すること」だと思っているので、事実とは違うかもしれないけど、その根底には自分の考える真実が潜んでいるような嘘をつきたいです。装飾のためだけの嘘は不要だとおもいます。 --話切徒(詰めない方) 2007年12月9日 (月) 22:59 (JST)
まず一言。アンサイ(というか、議論そのものに)にそぐわない角度で意見を記します。ご了承ください。
まずSpiさんの意見を見てみます。
- 私は嘘の(ほとんど)無い記事はアンサイクロペディアにふさわしくないと考えます。なぜなら事実であれば、どれほどバカバカしくてもウィキペディアに書いて削除されないからです。また、単なる事実をくだけた言い回しで面白そうに書いてあるだけの記事もふさわしくないと考えます。中には面白いものもありますが、残念ながら趣旨が違う。百科事典口調が基本であって、くだけた表現はユーモアのために必要な場合に最小限に限って使われるべきだからです。
- アンサイクロペディアに存在するためには嘘が必要なのかどうか、みなさんのご意見をお聞かせください。
太字の部分が今回の議題の中心になっていると私は捉えています。
そして、この意見とForumのタイトル「ユーモアに嘘は必要か?」についてですがこれでは、議論の幅が広すぎます。よって、折角議論を重ねたり、すばらしい意見が出たとしても、散漫になりすぎる可能性が否めません。具体的には①いろんな角度から眺めてしまうあまり、議論が広く浅くなりすぎる②さまざまな角度から意見が出るあまり、意見を発信する人々の思惑が交差しにくく、具体性がなくなりやすい。もしくは、認識のずれが起こりやすくなる可能性がある。③議論が過熱した場合(深く成熟してきた場合)②の問題がいっそう深刻になる、などです。今、適当に思いつくのを並べてみました。
別に①に関して、「別に深い議論を求めているわけではない」もしくは「いろんな角度からの意見が知りたい」②に関して「べつにウィキペディアじゃないんだし、まじめに考えなくてもいい」という思考を前提として、皆様が議論しているならば、異論はございません。単に私が空気読めてなくて、一人でうだうだいってるだけなので。ちなみに③にいたっては②が前提条件なので成立しません。また③が実際に発生する場合であったとしても、冷静な関係者方に自治が働く場合も十分にありえます。
ただ、折角なのだし、もう少し条件を固定してもいいような気がしただけです。Spiさんが具体的にどのような場合にこう感じたかをわかればよかったのですが。また、Spiさんが「すべてのユーモアに関して、嘘は必要である」という確固たる考えをお持ちであれば、私の考えとずれが出ているだけですので、今回の私の発言を実行するにあたっては、ここではなく、Spiさんに決闘状を渡して、エンゲージして剣抜いて放課後に決闘しなければなりませんね、はい。
また、このような議論を通してどのような場合でも通じる万能理論があるなんて誤解をされる方がいると、それはそれで問題であると思ったしだいです。そんな方がいらっしゃらないのであれば、幸いであり、私がいらぬ杞憂をしていただけなのですが。
長々とすいません。議論に水をかけたかもしれません。水かけたんじゃなくダムの決壊だったら、原子力発電所を跡地につくる予定です、きっと。--Mmm 2007年12月9日 (月) 23:42 (JST)
- 改めてみると適当な所が多々ある。今の段階でまとめられるだけ努力する。
- 「本当にあった面白い話」は「面白い」が、それはアンサイクロペディアにふさわしいのか。
- 事実を面白そうに書く手法として、「くだけた表現」は多用され過ぎていないか。
- 実例が挙げられないことをお詫びします。妄想好きでかつ時間が有り余っている人以外のすべての人の貴重な財産を損ねたことについて、弁解しようがありません。--Spi 2007年12月10日 (月) 00:23 (JST)
- 「DHMO」や「パンは危険な食べ物のガイドライン」のように、事実だけでジョークに仕立て上げることは十分可能ですよ。全ては執筆者のセンス次第。嘘があるかどうかと記事のおもしろさは関係ありません。--怪人うさみみ御面 2007年12月13日 (木) 00:14 (JST)
- 残念ながらその手の話は参考にならないのではありませんか?それは確かに事実だけを書き並べてあるのかもしれませんが、意図的に偏った事実だけにしぼっているでしょう。これは、詐欺の手法にも似ていて、つまるところ嘘なのです。実際、水もパンもそんなに危険ではないということは皆さんご存知の事実であって、「DHMO」や「パンは危険な食べ物のガイドライン」などの文章は嘘な訳です。--130.34.128.251 2007年12月13日 (木) 09:23 (JST)
- 130.34.128.251どの、あなたの発言の意図が自分にはイマイチよく分からないのでありますが・・・?
- あなたの言っている事を要約すると、「意図的に偏った事実=嘘」です。「意図的に偏っ」ていようがいまいが、事実は事実です。ですから、結論が「事実=嘘」ということになってしまい、「嘘は事実の反対である」という、ごくごく一般的で当たり前な常識と矛盾してしまいます(単に私の要約の仕方がヘタであるというのなら申し訳ないです)。それに「これのリンク先」なんかは、まったく危険のない水の本来の使われ方を紹介し、あたかも人体に対してとんでもなく危険であるかのように書いたものであり、これらの文章自体を嘘ということもできません。
- 残念ながらその手の話は参考にならないのではありませんか?それは確かに事実だけを書き並べてあるのかもしれませんが、意図的に偏った事実だけにしぼっているでしょう。これは、詐欺の手法にも似ていて、つまるところ嘘なのです。実際、水もパンもそんなに危険ではないということは皆さんご存知の事実であって、「DHMO」や「パンは危険な食べ物のガイドライン」などの文章は嘘な訳です。--130.34.128.251 2007年12月13日 (木) 09:23 (JST)
- 「DHMO」や「パンは危険な食べ物のガイドライン」のように、事実だけでジョークに仕立て上げることは十分可能ですよ。全ては執筆者のセンス次第。嘘があるかどうかと記事のおもしろさは関係ありません。--怪人うさみみ御面 2007年12月13日 (木) 00:14 (JST)
- 確かに、「水もパンもそんなに危険ではないということ」は「皆さんご存知の事実」です。それをいかにユーモアを混ぜて書くか、これこそがもっとも重要ことではないでしょうか?これを否定すると、アンサイクロペディアの7割以上、ひいてはアンサイクロペディアの存在意義までをも否定することになると私は思っています。--ランダマイズ 2007年12月13日 (木) 10:21 (JST)
- 要約はまったく間違っていますが、私の言葉が足りなかったのかも知れません。「意図的に偏った事実=嘘」なのでなくて、「意図的に偏った事実を伝えること=嘘」なのだと言いたかったのです。嘘というものはそういうものだと私は思っていますので、したがってDHMOは嘘ということになりますし、アンサイクロペディアにふさわしいと思います。--130.34.128.250 2007年12月13日 (金) 15:39 (JST)
- DHMOとかは嘘だから良いんだ、アンサイクロペディアにふさわしいんだと言っている。何も問題ない。ウィキペディアにも、DHMOはただの水を危険な物質と誤認させるジョークだとかかれている。--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月13日 (木) 12:29 (JST)
嘘っていうのは、偽とは違うんじゃないかな。嘘は事実の反対じゃないよ。相手に事実じゃないことを事実だと思わせるのが嘘だよ。だから、DHMOはやっぱり嘘だよ。--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月13日 (木) 12:52 (JST)
- ただし、嘘にも程度があることも忘れてはならない。もし「相手に事実じゃないことを事実だと思わせるのが嘘」なのだとすれば、アンサイクロペディアの記事はほとんどすべて嘘だとすぐにわかるようなものだから、アンサイクロペディアの記事には嘘がないということになってしまう。したがって、嘘がある記事というものは、少なくとも「相手に事実ではないことを事実だと思わせようとして書かれているように見える記事」であるとするしかないのかもしれない。そして、相手に信じさせる力の強い、真に迫った記事であるほど、アンサイクロペディアの記事としてレベルが高いと言えるのではないだろうか。これは、百科事典のように書けとか、Uncyclopedia:馬鹿にならずにバカバカしくやる方法にある手法と大体一致するように思われる。また逆に、口語調で書かれたものや、何かと面白そうに省略できる(本当は面白くない)禁則事項が含まれるものなどは、嘘としてレベルが低く、アンサイクロペディアの記事としてのレベルも低いのではないだろうか。--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月13日 (木) 13:08 (JST)
- なるほど、嘘とは何か、について、異なる見方もあることはわかりました。しかし、自己言及の記事はどういう扱いになるのですか?人を騙そうとしているようには見えませんが。--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月13日 (金) 15:57 (JST)
- 結論から述べるならば、自己言及の記事は人を騙そうとしているのである。例えば「蟻」という単語で検索し、その記事を見ようとしている人間は、恐らく蟻についての記述とそこから発展したユーモア、あるいは蟻とキリギリスのようなファンタジーを求めていたのであろう。しかし、実際にその人物が画面上に見つけることができるのは、蟻の行列である。これは騙されたことにならないであろうか。--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月13日 (金) 16:08 (JST)
- 130.34.128.250どの なるほどそういうことですか。ただ私としては意図的に偏った事実を伝えることは、嘘ではなく偽だと捉えております。間違った善を振りかざす人のことを偽善者というのと同じように。
- 閉ざさざる闇(Spi)どの まず、言いたい事は一度でまとめて書こうね。でもまあ、相手に事実じゃないことを事実だと思わせるのが嘘というのはあたっていますな。でも、「嘘から出たまこと」ともいうように、その嘘が時として事実となることもある。難しいものですな。あと蟻の場合は、騙されるどうのこうのじゃなしに、あんなスペースキーの壊れそうなあのような編集をよくもまあ飽きもせずやれたもんだという、投稿者が汗水たらして苦労した「泥臭いユーモア」じゃないかと。あまりみかけないタイプなので、秀逸指定されているのではないかとも思いますし。--ランダマイズ 2007年12月13日 (金) 21:00 (JST)
- 言いたいことはそれだけか!と言いたいけど言わない、けれど実は言ってしまった。本当は、途中で口調が変わったりしていて変だって言って欲しかったんだ。だから、まとめて書け、だけしか言ってくれなくて悲しかった。でも、やっぱり言いたいことはそれだけか!って言っちゃったから、ランダマイズさんも言わなければならない、言いたいことはそれだけか!って。
- ところで、ランダマイズさんの偽善者の話も、嘘から出たまことの話も、今はまだユーモアが不足していると思うのだけれども、何とか拡張できませんか?
- それから、お願いばかりで申し訳ないのですが、黒など、自己言及記事全般のユーモアは、どういうところにあると思いますか?--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月14日 (金) 12:47 (JST)
- 結論から述べるならば、自己言及の記事は人を騙そうとしているのである。例えば「蟻」という単語で検索し、その記事を見ようとしている人間は、恐らく蟻についての記述とそこから発展したユーモア、あるいは蟻とキリギリスのようなファンタジーを求めていたのであろう。しかし、実際にその人物が画面上に見つけることができるのは、蟻の行列である。これは騙されたことにならないであろうか。--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月13日 (金) 16:08 (JST)
- なるほど、嘘とは何か、について、異なる見方もあることはわかりました。しかし、自己言及の記事はどういう扱いになるのですか?人を騙そうとしているようには見えませんが。--閉ざさざる闇(Spi) 2007年12月13日 (金) 15:57 (JST)
- この調子でいくと「つまり、この世界そのものがすべて嘘だったんだよ」「何だってー」なレベルまで行きそうですが、Spiさんは、なぜそこまで「嘘」にこだわるんですか。--話切徒(詰めない方) 2007年12月13日 (金) 21:24 (JST)
「本当にあった面白い話」について、スーパーコンピュータGoogleに調査させていますが、今のところ、これはというものは報告されません。カーナビのとおりに運転してトイレに突っ込んだ話などでは、それだけで記事にはならないような。でも、がんばって本当にあったカーナビの話という記事でも作ってみましょうかね。赤リンクではなくなったら、見てみてください。嘘が無く、事実のみで、しかも口語調にしてある記事というものの見本として作ってみます。--Spi 2007年12月13日 (金) 21:17 (JST)
- もう「いいじゃん別におもしろければ」でいいんじゃないですか? 閲覧だけの人からするとユーモアがあるとかないとかそんなの関係ねぇと思います。--Amatias 2007年12月14日 (金) 00:25 (JST)
[編集] アンサイクロペディアにある記事は、すべて「嘘」である
ユーモアに嘘が必要だとすると、ユーモアの集合痴を目的とするアンサイクロペディアには「嘘の記事」があることになる。よってアンサイクロペディアの読者は、アンサイクロペディアに「嘘の記事」を求めてやって来ていることがわかる。
もしもアンサイクロペディアに「嘘のない記事 = つまらない記事」があったとすると、「嘘」を求めてやってきた読者は、「騙されて」嘘のない (つまらない) 記事を読まされたことになる。 このことより「嘘じゃない記事」も『嘘の記事 (人を騙そうとする記事)』という事になる。
よって、アンサイクロペディアの記事はすべて嘘の記事であることがわかる。
なお、この結論は当然ながら嘘である。--話切徒(詰めない方) 2007年12月13日 (金) 21:24 (JST)
- ふむ、ということはアンサイクロペディアの記事はすべて嘘の記事であるという結論が嘘であるとするならば、アンサイクロペディアの記事はすべて本当の事実であるということになる。それで読者が「騙されて」嘘のない (つまらない) 記事を読まされたことになり、このことから「嘘じゃない記事」も『嘘の記事 (人を騙そうとする記事)』という事になる。よって、アンサイクロペディアの記事はすべて嘘の記事である。でもこの結論も嘘だから・・・
- ありゃ???--ランダマイズ 2007年12月13日 (金) 21:54 (JST)
- 「つまり、『この結論は当然ながら嘘である。』という結論も嘘だったんだよ!」「何だってー」なんて恐ろしい運命にはまるところでした。しかし、確かにこの世に嘘の全くない記事なんてありませんね。ところで、本当にあったカーナビの話が出来たんですが、NRV等を貼るときは、できれば「短いため」という理由は使わないでやってください。できれば、ですが。--Spi 2007年12月13日 (金) 21:58 (JST)
- 似たようなこと言おうと思ってたのに、話切徒(詰めない方)氏がクレタ生まれとは知らなんだ。
- それはともかく、閉ざさざる闇(Spi)氏の言う「嘘」‐個人的には「錯誤」とか「騙り」と言い換えたいところですが‐それは結局のところユーモアのことなんじゃないでしょうか。ユーモアとは「にもかかわらず、笑うこと」とも言いますし。
- それと、本当にあったカーナビの話は「嘘のない面白い記事」のテストケースらしいのでここに書くのは別にいいと思います。「NRV等を~」は余計かもしれませんが。--Yddit 2007年12月13日 (金) 23:21 (JST)
- 自分としては本当にあったカーナビの話は「事実のみの記事で、個人の感想をくだけた表現で面白そうに書いているだけの記事なので削除」したい。しかし、「短いから」で削除されてしまうと、何の役にも立たない。--Spi 2007年12月14日 (金) 00:01 (JST)
- いや、そういうのは個人の利用者ページのサブページでやるとか…ね。-ムツケ 2007年12月14日 (金) 00:05 (JST)
- 確かに、個人ページでやるべきだった。責任をとるためにNRV脱出できるまで加筆します。…でも個人ページだと「事実のみの記事で、個人の感想をくだけた表現で面白そうに書いているだけの記事なので削除」とか出来ないような。個人ページに削除議論は無い…どうしたらいいんだろう。悪しき企みは結局潰えるのか…
- ところで、「嘘」と「ユーモア」の違いについてですが、いまだそれを示す実例は見つかっていません。理想は本当にそれだけで面白い事実(DHMOのように、相手に間違った認識を持たせるので面白いのではなく)だけの記事を見つけることですが…--Spi 2007年12月14日 (金) 00:19 (JST)
- いや、そういうのは個人の利用者ページのサブページでやるとか…ね。-ムツケ 2007年12月14日 (金) 00:05 (JST)
- 自分の思考と他人の思考を共有したいって言うならアンサイよりチャクウィキのほうが向いていると思います。--三焦全欠損症 2007年12月14日 (金) 00:40 (JST)
- (戻す)Spiさんはご自分の思う結論のために理由を探していませんか? そういうのはメタユーモアとしては最高ですが、議論にはなりませんよね。とりあえず、嘘とか事実とかそういうレベルを越えたところにあるのがユーモアでしょう。私は基本的には書き手としてここにいますが、嘘をつこうとして悩んだことは一切ありません。記事をユーモラスに、面白くしたいと思って悩んでいるんです。最後に、前に言ったことををくり返しますが、理論の前に記事を書いてください。それも、ご自分の理論と自己満足のための「つまらない記事」ではなく、しっかりとしたユーモアのある記事を。--// Restaurant Lynx / Talk / Posted // 2007年12月14日 (金) 00:54 (JST)
- さて、記事は出来ましたが、嘘だらけになってしまいました。嘘が無くてアンサイクロペディアにふさわしい記事を見つけた人は教えてください。--Spi 2007年12月14日 (金) 01:44 (JST)

