4コマ漫画

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「4コマ漫画」の項目を執筆しています。

4コマ漫画(よんコマまんが)は、“コマ”を4つ使ってひとつの話をつくる、日本の漫画の形式のひとつ。

最小限のストーリーを描くものとして、古くから定着している形式である。



――と、ウィキペディアの「4コマ漫画」の項では説明されている。

が、「“コマ”を4つ使って」などと文章で説明されても、何のことだかよくわからないのではないだろうか。



【起】

勿論、私たちは、「4コマ漫画」とはどのような漫画形式であるのかについて、よく知っている。大抵の新聞には載っているし、どんな漫画雑誌にも1作品は4コマ漫画作品が載っているものだ。また、このアンサイクロペディアにおいて数々の発言が引用されている磯野波平は、『サザエさん』という、もはや4コマ漫画の“古典”とも呼ぶべき作品の登場人物である。はっきりいって、いまここを読んでいる方のなかで、「『サザエさん』という作品を知らない」という方はいないと言っていいだろう。

更に、近年では『らき☆すた』(美水かがみ)や『ひだまりスケッチ』(蒼樹うめ)、『GA_芸術科アートデザインクラス』(きゆづきさとこ)などの“萌え4コマ”と呼ばれる作品群の台頭により、従来あまり4コマ漫画を読まなかった層をも4コマスパイラルへと取り込もうという動きが多くある。この点においても、4コマ漫画を取り巻く情勢は明るい。

一部の4コマ漫画マニアの中からは「萌え4コマはオチが弱い」「笑えない」といった声がよく挙がる。確かにネタの良し悪しで言えば大半の作品はありきたりのものが多いかもしれないが心配無用、昔の4コマ漫画も実はつまらないものが多く、大して笑えるものはそうそうなかったのである。絵柄がガラリと変わったことと、ストーリー漫画的な感覚を持ち込んだため一種の錯覚に陥っているものといえよう。それ故、稀に絵柄やキャラクターの魅力だけでなくネタのセンスも優れた作品が生まれるとその作品は神扱いされ、モデルとなった地元の神社が聖地と呼ばれ多くのオタク人々が集まり賑わうといった現象が起きることもある。さらには、原作漫画のネタの出来は平凡なのにどういう訳かアニメ化され、さらにアニメーションを作る側の力量が神レベルであったという幸運が重なったために大ヒットし、歌やキャラクター関連グッズだけでなく、使えもしない左利き用の高価な楽器を買う人がなぜか続出し飛ぶように売れるなどの珍現象が起きたこともある。起爆剤はどうあれ、4コマ漫画は、今や一大ムーブメントを巻き起こすだけの力を持っているのである。

しかし、現在の4コマ漫画のメインストリームは4コマ漫画1本単体で理解できたり笑えたりする作品が少なくなってきているのも事実である。だからこそ、現代における最新の百科事典においては、「4コマ漫画」というものを再度説明し直さねばならない。ややもすれば、ストーリー性を重視するあまり、本来の4コマ漫画の持ち味である“1本ごとの展開やオチ”という要素が欠落しつつある昨今、今ここで「4コマ漫画」を改めて正しく定義し直す必要があるのだ。

このための最も簡単な方法は“図示”である。漫画作品の形式について説明するのだから、文章で長々と解説するよりも、1作品例示したほうが早い。「百聞は一見に如かず」である。だが、何故かウィキペディアにおいては、頭の固い人々が余りにも多いためか、この単純明快かつ最善である方法を取っていない(これは4コマ漫画に限らず、他の漫画形式についての記事でも同じである)。そこで、ここでは「4コマ漫画」という形式を具体的な例に沿って説明するために、まずは“起承転結”のはっきりした4コマ漫画の例を、ご覧頂くことにする。

作品例1

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如何だっただろうか。

恐らく、「つまらない」或いは「だからどうした」「話になってない」などとお感じになった方が多いだろう。そう、その感想は正しい。

しかし、ただ「つまらない」などと感じただけではいけない。我々アンサイクロペディアンたるもの、このように短くかつ意味不明な作品からも、「“起承転結”とは何だったか」、「『セリフ』とは何のためにあるものだったか」、「“話の脈絡”とはどのようなものだったか」などのようなことについて、考えを巡らさなくてはならないのである。

……とは言うものの、やはり、つまらない作品を題材に考えるのでは、思うように思考が進むまい。そこで、次の作品例をご覧頂こう。

作品例2

4koma ucp omoi.jpg



如何だっただろうか。

それでは、この作品を例に、まず“起承転結”というものについて説明していきたい。

【承】

起承転結

起承転結」(きしょうてんけつ)とは、4コマ漫画作品を楽に構築するために、20世紀前半に考案されたフォーマットのことである。考案者や時期については諸説あるが、1936年(昭和11年)に横山隆一が考案し、その代表作である『フクちゃん』において使用し始めたのが、日本における「起承転結」フォーマット適用の始まりであると言われている。

横山隆一は、「起」「承」「転」「結」のそれぞれについて定式化された、言わば“4コマ漫画作成用フォーマット”を自作し、生涯にわたってこれに改良を加えながら用いていた。以下に、その全文を引用する。(なお、太字は引用者(本記事の執筆者)にて付したものである。)

  1. 眠っていたフクちゃんがきる。
  2. 不承、布団から出る。
  3. 寝惚けていたので、畳の縁でんでしまう。
  4. 倒れたフクちゃんは、果的にそのまま眠ってしまう。


何と素晴らしい。これ以上なく完璧に定式化されたフォーマットであると同時に、そのフォーマット自体が1本の4コマ漫画のネタを構成しているのだ。

このフォーマットはその後広く流通し、現代でも4コマ漫画家を志す場合には必ず身につけるべき基礎教養のひとつとなっている。上記の#作品例2でも、このフォーマットが用いられているので、これに即して「起」「承」「転」「結」のそれぞれの適用例を説明しよう。なお、登場人物の名前は、青い髪の人物が「ハモちゃん」、黄色い髪の人物が「カモちゃん」である。

「起」

まず、1コマ目。カモちゃんが「アンサイクロペディアって知っている?」と発問している。この発問という行為そのものが、上記のフォーマットの「」にあたる。この発問によって、次のようなことが示されている。

  • ここから始まる4コマにおいては、その主たるテーマが「アンサイクロペディア」であること。
  • カモちゃんが、「アンサイクロペディア」について、何らかの情報・知識・事実、あるいは疑問などを有しており、それらが2コマ目以降4コマ目までのいずれかの段階において再度提示される(それが「『何も知らない』あるいは『知らないけど訊いただけ』という何らの発展性ももたない提示」である場合を含む)ことを、伏線として読者に予感させる。
  • 発問をしたことによって、もう1人の登場人物であるハモちゃんが、次の「承」の段階において何らかの反応を示す(それが「『反応しない』という反応」である場合を含む)ことを、伏線として読者に予感させる。

更に、この発問に対して、同じ1コマ目においてハモちゃんが「はあ?」という返答を返していることによって、次のようなことが示されている。

  • 次の「承」の段階において、ハモちゃんが「はあ?」に続く何らかの反応を引き続き示すことを、伏線として読者に予感させる。

「承」

果たして、次の2コマ目では、その伏線のとおり、ハモちゃんが続けて「まあ 世間一般ではWikipediaのパロディサイトらしいわね」と発言している。この発言と、このコマにおける描画内容(そのときのハモちゃんの表情、手書きで記された「ふんっ」という文字など)によって、次のようなことが示されている。

まず、発言内容は、一見すると「アンサイクロペディア」というものを知らない者に対する簡潔な説明のようである。が、この作品の初出はそもそもアンサイクロペディア上であり、従って、実際的には、この作品が想定している読者もアンサイクロペディアンであると考えられる。勿論、アンサイクロペディアンにとっては、このハモちゃんの説明が正確なものではないことは自明であるから、このコマで説明されているのは、“アンサイクロペディアン以外の人間がアンサイクロペディアに対してもっている理解(あるいは印象)”であると言えよう。

また、このことから、この作品におけるハモちゃんは、世間一般というものを代表する存在として描かれていることも示されている。更に、フキダシの外に記された「ふんっ」という発言からは、少なくともハモちゃん(≒世間一般)はアンサイクロペディアというものに対して特に高い関心は抱いていないことが容易に推認される。

このように、「起」の段階で提示された情報を更に推し進め、読者を物語のなかへ引き込もうとする段階、それが「」である。

「転」

ところが、3コマ目に入ると、事態はそれまでの穏やかなムードから一変する。1コマ目では何とも愛らしい「にぱーっ」とした微笑みを湛えており、読者の心を和ませるのに一役買っていたカモちゃんが、突然真面目な顔つきになって、「重い……」と発言しているのだ。しかも、枠外には、その発言が唐突かつ意味深いものであることを示唆するために、「ぼそっ」という擬音がわざわざ活字で記されている。

1コマ目の時点において、確かに読者は「カモちゃんが、『アンサイクロペディア』について、何らかの情報・知識・事実、あるいは疑問などを有しており、それらが2コマ目以降4コマ目までのいずれかの段階において再度提示される」ことを予感した。しかし、「重い……」という、ある程度以上の閲覧や編集の経験があるアンサイクロペディアンにしか実感として捉えることはできない情報が提示されるとは、予想できただろうか? 或いは、1コマ目であのような微笑みを有していた人物の表情が、3コマ目においてこのような深刻さを伴う表情に一変するとは、予想できただろうか?

1~2コマ目で形作られた“読者の予想”や“読者の予感”に対して、その斜め上を行く意外性に富んだ展開を示す段階、これが、「」である。

カモちゃんのこの発言を耳にしたハモちゃんは、2コマ目と全く変わらない表情のまま硬直している。世間一般というものを代表する存在として描かれているハモちゃんにとっては、アンサイクロペディアについてのこのような断片的かつ専門的な情報を耳にしても、咄嗟にどう反応すべきかが判断できないばかりか、その情報の意味を解釈するために相応の時間を要してしまうのだ。そして、ハモちゃんが硬直したままで、物語は次の「結」の段階を迎える。

「結」

4コマ目では、ここまで硬直していたハモちゃんが少し表情を変え、腰に両手を当て、側頭部から汗を流しながら、「あんた変なこと知っているわね」と発言している。このことによって、次のようなことが示されている。

  • アンサイクロペディアが「重い」ということを知っていることは、「あなた変なこと知っているわね」と評されるべきことである。
  • (腰に両手を当て、側頭部から汗を流しているという挙措動作から)アンサイクロペディアが「重い」ということを知っていることは、呆れるべきことである。

更に、「重い」という僅か一言の発言に対して、ハモちゃんはカモちゃんに発言の続きを求めることなくコメントを返している。このことから、アンサイクロペディアが「重い」という事実については、ハモちゃんも把握していることが示されているといえる。

ところで、ここで先ほどの「承」の段階を思い出してほしい。繰り返しになるが、「承」の段階においては既に、この作品においてはハモちゃんは“世間一般を代表する存在”として描かれていることが示されていた。しかし、これまた繰り返しになるが、「重い」という事実は、ある程度以上の閲覧や編集の経験があるアンサイクロペディアンにしか実感として捉えることができない情報である。

ここまででわかったことを箇条書きにしてまとめると、次のようになる。

  • ハモちゃんは“世間一般を代表する存在”として描かれている。
  • アンサイクロペディアが「重い」という事実は、ある程度以上の閲覧や編集の経験があるアンサイクロペディアンにしか実感として捉えることができない情報である。
  • 上記2点にも関わらず、ハモちゃんは、アンサイクロペディアが「重い」という事実を把握している。

これらの事柄は、一見すると矛盾を孕んでいるように見えるが、このことから次のような2通りの結論が導かれる。

  1. アンサイクロペディアン以外の世間一般においても、アンサイクロペディアが「重い」という事実は知られている。
  2. 世間一般には、自らはアンサイクロペディアンではないように装っているアンサイクロペディアンが潜んでいる場合がある。

この 1. 2. のどちらの結論を導くべきなのかまでは、本作品では示されていない。しかし、ここで本作品は終わりを迎えており、ここから先は読者が自ら考えなければならないことになる。

このように、何らかの結論を示すか、或いは読者に何らかの疑問を提示するなど、読者に対する作者の考えを最終的に伝達する段階、これが「」である。

【転】

さて、長々と解説してきたが、ここまでで、4コマ漫画における「起承転結」フォーマットの具体的な適用方法はおわかり頂けたと思う。なお、現代においては、このフォーマットは4コマ漫画以外の漫画や小説でも広く用いられるようになっているが、これについては起承転結の項で既に説明されているので、そちらをご覧頂きたい。(ここまでの解説をほぼ書き上げてから、先行記事の存在に気付いたのは内緒だ。)

ところで、ここまでお読みになった方は、既に、ある真理にお気付きのことと思う。

それは、「笑いを説明することほど、つまらないものは無い。」というものだ。

1本1本の4コマ漫画作品について、このように分析的な読み方をしようということ自体が、その作品の面白さを大きく損なう行為なのである。作品例そのものを見たときに感じた、面白さや可笑しさなど、ここまで読んで考察しているうちに吹き飛んでしまった筈だ。

どうか、4コマ漫画作品を読んで、それを面白いと感じたら、まずは深く考えずに笑ってあげてほしい。そして、できればアンケートに良い評価を付けて、出版社に送ってあげてほしい。

それが、世の中に無数に存在する4コマ漫画家たちへの、何よりのプレゼントなのだ。

【結】

関連項目

 「アンサイクロペディアって、おもしろいですよね~」
 「何、急に。ああ、ケータイで読んでたのかぁ」
 「はいっ。つい見ちゃって。今見てたのは『4コマ漫画』のところなんですけど、
  でも、この記事、オチのところがまだ無いんですよ~。続きが気になるなあ…」
 「じゃあ、ゆのさん、この続きを書いてみたら?
 「えっ!?」
 (Portal:スタブ)