11月21日

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11月21日(じゅういちがつにじゅういちにち)とは、11月の内の1日であり、空白の一日問題が発生した日でもある。

概要[編集]

11月21日は、グレゴリオ暦(西暦とも言う)だと元日から325日目に当たり、大晦日までは後40日の期間がある。なお、この日は世界テレビ・デーとされており、テレビを通じた世界的な交流を目指して制定された、なんとも心温まる一日である。

その他にも、この日は早慶戦の日とも言われており、この日に第一回の早慶戦が東京三田で行われた事が所以となっている。後述の空白の一日問題等も合わせて、この日は野球関係の出来事がオフシーズンであるにも関わらず多い、ある意味特異な日でもある。

空白の一日[編集]

1978年11月21日に、江川卓の読売ジャイアンツとの契約を巡った空白の一日(江川事件)が発生した。

この事件は、昨年1977年11月22日にクラウンライターライオンズ(現・西武ライオンズ)のドラフト1位指名を拒否した江川が、当時の野球規則の裏を突いてクラウンの入団交渉権が失効した前日11月20日に、野球留学先のアメリカから帰国し、前述の通り野球規則の裏を突きこの11月21日に江川が希望していた巨人との入団を発表したのである。これに対し、日本野球機構は巨人の江川の獲得を「ドラフト会議の意味が無くなる」として江川の巨人入団を認めない方針を出した。さらに他球団は巨人に反発し、当初は江川を獲得する気の無かったとされる4球団が江川の指名に動き、阪神タイガースが抽選の末交渉権を獲得した。これに対して巨人はドラフト会議をボイコットし、その後「全12球団が出席していないドラフトは無効である。従って、阪神に江川との交渉権は無い」との声明を出したが、これも却下された。

その後、江川と契約したと主張する巨人とドラフトで交渉権を獲得した阪神の間で、翌1979年1月31日に江川と当時の巨人のエースである小林繁の大型トレードが両球団から発表され、このトレードによって江川は念願の巨人入りを果たしたが、このトレードに対し「加害者」である江川には非難の声が、「被害者」である小林には同情の声が多く集まった。その後は世間の怒りは収まったものの、事件の当事者となった江川と小林の両者間には深い溝が残り、双方が現役を引退した後も殆ど会話や交流が無い状態であった。

しかし、[[2007年]]に放送された[[黄桜]]の[[コマーシャル]]で両者は「対談」という形で共演を果たし、江川は「この対談で今までのわだかまりが解けた」と後に語っているように、この対談で空白の一日事件は本当の終焉を迎えたと考えたい。

その他[編集]

関連項目[編集]

Wikipedia
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