鷹揚

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索

鷹揚(おうよう)とは、鷹の唐揚げである。

狩りに失敗した鷹は唐揚げにされる[編集]

鷹狩は武士スポーツとして古くからたしなまれてきた。しかし、必ずが獲物を捕らえてくれるとは限らない。むしろ、失敗するケースの方が多いのだ。獰猛で巨大なイメージのある鷹だが、カラスよりも小さく、獲物となるに力で圧倒的に勝っているわけではない。さらには、鷹狩が成功するには、鷹狩を行う武士と鷹との連携の強さが必須なのだ。そこまで鷹と意思疎通が出来る武士は少ない。

そして、短気な武士の中には、狩りに失敗した鷹に激怒するものもおり、その鷹を殺して、鷹が獲るはずだった獲物の代わりにから揚げにして食べてしまうことがあった。常山紀談など、中世の書物にもこうした事例は散見され、やがて鷹の唐揚げは「鷹揚」と呼ばれ、狩りの成功失敗に限らず、一種のグルメとなった。史料による記述によれば、意外と美味だったらしいが、ニワトリには劣る、らしい。

唐揚げ禁止[編集]

しかし、鷹狩と鷹をこよなく愛した徳川家康は、鷹を唐揚げにして食べる行為を酷く嫌い、鷹に対する殺生と、鷹を食べることを堅く禁じたのだった。そして、鷹は人間の同胞であり、共に季節の流れを感じ自然の中で暮らす友人であることを強調し、人間もまた鷹と共に、鷹のように悠然たるべきだと主張した。

語意変遷[編集]

この家康の教えは日本中に浸透し、やがて「鷹揚」という言葉は、元来の「鷹の唐揚げ」という意味から、「鷹のように悠然と落ち着いている様子」を表す言葉へと変遷していった。かの徳川綱吉生類憐れみの令に先んじて、鷹は尊い生き物として認識されたのだ。今では、誰も鷹の唐揚げなど食べないし、鷹の唐揚げという意味で「鷹揚」という言葉を使う人間もいない。

鷹揚も過ぎれば[編集]

確かに鷹は悠然としている。しかしあまりにも悠然としすぎているため、餌をより狡猾で敏捷なカラスなどに横取りされてしまう。悠然な性格は必ずしも良い方向には働かないのである。よく、社長などのお偉いさんが悠然とした、まさしく鷹揚たる態度を取っていることがあるが、時には鋭く目を尖らせないと、狡猾なカラスに出し抜かれてしまうだろう。

鷹は本当に悠然としているのか?[編集]

悠然、おっとりとしている様を形容する言葉として使われる「鷹揚」だが、その語源となった鷹は果たして本当におっとりしているのだろうか。一口に鷹といっても性格は千差万別であり、中にはせっかちな鷹もいれば常に苛立っている攻撃的な鷹もいるはずである。むしろ、同じ猛禽ではフクロウの方がおっとりしているようにも見える。

だが、大多数の人間の目から見ると、鷹は悠然と、おっとりとしているように見えるらしい。なぜかは不明である。