鳥谷敬

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鳥谷 敬(とりたに たかし、1981年6月26日 - )は、阪神タイガースに所属する野球選手。サイボーグである。ポジションはショートだったが2010年からおんぼろな鉄人真弓明信監督の黒魔術采配が複雑に入り組んだチーム事情によりショフトにコンバート。

守備範囲は一般のショートのよりは広い。全てにおいて上。打率を.280前後に収めることと記録になんとなくありがたみを薄れさせる言葉をつけることに関しては10年に1人の逸材
(ショート史上最高打点、ショートとしての連続フルイニング出場記録、ショートとしてのシーズン最多補殺セリーグ記録etc...)

だが2010年は10年に1人のショートの逸材に変更、代償として.280リミッターや地味さなど鳥谷の代名詞とも言われた様々なものを失った。続く2011年には、500打数150安打、打率.300という記録を達成している。

経歴[編集]

アマチュア時代からから入団初期まで[編集]

早稲田大2年生の時点で6大学の三冠王を達成。おかげで2003年秋のドラフトでは目玉選手として挙げられる。そこで18年ぶりに道頓堀で開催される「カーネル・サンダースと川底を見る夜」への招待状を5300人に強制受理させた、阪神タイガースに入団する。

2004年キャンプ開始時から鉄人に弟子入り、2005年には大学の大先輩であるどんでん監督の贔屓により、すっかりレギュラー。オフには高校の一年先輩でマネージャーをしていた女性と結婚。まさかこの後病んだり惨劇を繰り広げたりするとは夢にも思わなかった2006年には長男誕生。公私ともに順風満帆な人生を歩むかに思われた。

ただプレーの質は、どんでんの育成方針も指導というより放任主義だったから、ぬるかった。レギュラー優先確定してもらった2年目以降の3年間(2005~2007年)でシーズン100三振を達成[1]。それに引き替え、ツバメへ入団した大学同期の青木くんは、200安打達成と好対照。打者として大成する兆しも無く、甲子園のライトスタンドからは罵声を浴びせられていた事は、想像に難くない[2]

守備はソコソコかと思えば、2006年は21失策。堅守というイメージは、なかなか定着しないままだった。

それでも2007年、鉄人の弟子を続けた鳥谷はショートの連続フルイニング出場の記録を軽々と更新する。(くそ大阪魂)

どんでんの庇護により、順風満帆。誰の目にもそう見えた。そう、あの事件が起こるまでは……

三冠王事件[編集]

以下鳥谷の妻に鳥妻、お亡くなりになった3人の女性にそれぞれ女A、女B、女Cと名前を振る。

鳥谷「アーン♥♥
女A「アーン♥♥
女B「アーン♥♥
女C「アーン♥♥
鳥妻「死んじゃえ」

....3人の女性のご冥福をお祈りします。

事件後、やがてリミッター解除へ[編集]

2008年は奥さんの恐ろしさを知ったのか守備、打撃とも活躍し、ベストナインを初受賞。次男が生まれる。しかし、最大の庇護者どんでんは、切腹辞任した。

真弓監督に替わった2009年。4月こそ好成績だったが5・6月に失速。終盤に巻き返すも.188で、またしてもリミッター効果。しかし、ダメ監督がもたらした数少ない好影響といえば、久慈コーチの招聘。ここから鳥谷の守備力が劇的に向上。オフには引退の赤星憲広に替わり、チーム選手会長に就任する。。

2010年にもともと守備は下手な方だったのに返球が出来ないうえ、売りの打撃すら満足に打てない鉄人をレギュラーで続けるダメ監督の起用方針によって、鳥谷の守備範囲が飛躍的に広がり始めた。

「1人で1.5人分の守備範囲を守る」という難題をこなす事で“ショフト”鳥谷が誕生。才能の開花に伴い.280リミッターが解除され始めたのである。

守備面での覚醒どころか打撃面でも覚醒すると、赤星の月間球団記録を抜く43安打、月間打率.422と打ちに打ちまくり月間MVPを受賞する。
さらに何を血迷ったのかショート史上最高の104打点、通算1000安打、得点圏打率.360と打ち続け3割も楽々クリア。

…かと思われたが解除されても残っていたリミッターの影響で帳尻合わせに走りだす。結局打率.301で3割をクリアしたが.280リミッターの効果を思い知らされる事となった。
2011年シーズンにおいては開幕直後こそ統一タマキンの影響で不審に喘ぎかけたが持前の地味さで気づけば6月頃から安定の.280打法を披露。 このまま前年をフロックにするかと思いきやチームの下降線とは反対に終盤微妙に打ち出し2年連続3割達成。完全にリミッターの影響は振り切った。

…かと思われたが解除されても残っていたリミッターの影響か本塁打、打点は前年の数字から半分も落とすこととなった。

2012年シーズンはリミッターが通算打率のほうに作用。.262まで打率を落とし、通算打率を.282に。これでまだチーム内では打っている方なのだからチームが5位に沈むのも無理ない話である。要するに阪神はオワコン

2013年はシーズン開幕前にWBC日本代表セカンドとして選出される。大会通算打率.267と、残念ながら.280リミッターは発動しなかったが、今大会のハイライトに等しい9回2死からの四球→盗塁から生還、打率.000なのに出塁率.400で一番に抜擢され先頭打者本塁打、一時的に打率.200 出塁率.400 長打率.600 OPS1.000を記録し国内外にマシーンっぷりを披露し、大会通算4安打だが内訳がサイクルヒットなど、リミッターが発動せず打率を落とした分、地味さを克服し大活躍。

シーズン前半戦はやや低調で打率.260前後をウロウロ。これはついに鳥谷神話崩れるか、と思いきや後半戦は一時的に4番に座ってみたりしながらも帳尻合わせに走り通算打率キッチリの.282でフィニッシュ。リミッター発動です本当に(ry 世界相手でも証明された選球眼で選んだ四球数は遂に三桁104個を記録。王越えホームラン王すら抜いた。150安打30二塁打10本塁打65打点、GG賞は2位にキッチリ200票差をつけての受賞など、整ってます。

お父さんたちをごぼう抜き

2017年9月8日、DeNA戦にてついに通算2000本安打を達成する。前日にあと1本と迫っていたが、第一打席であっさりと達成する辺り、精神面の乱れは感じなかった。さすがに機械である。この2000本安打も、何と通算50人目で、またもや機械であることを証明した。


特徴[編集]

野球面[編集]

.280リミッター

どれ程いい成績を出しても突如調子を落とし.280前後でシーズンを終える特異体質(通称.280リミッター)の持ち主だったが覚醒の代償として2010年にリミッターが解除される。

だがデフォルト装備だった.280リミッターにはオプションで全体的に地味度を大幅に上げる効果もあったので解除されて以降は月間MVP、1000本安打、100打点、3割クリア、ベストナイン受賞と、鳥谷にしては目立ちすぎるシーズンとなった。

蛇足だが、野球ゲームだと有無を言わさずミートレベルがDランクである。これもリミッター効果である。

これまでの.280リミッターの実績
  • 2004年 打率.251・・・ただの実力不足。
  • 2005年 打率.278・・・リミッター発動開始。
  • 2006年 打率.289・・・リミッターを振り切ろうとするが失敗。惜しくも.280台更新ならず。
  • 2007年 打率.273・・・完全にリミッターの術中。
  • 2008年 打率.281・・・最も.280に近い打率。
  • 2009年 打率.288・・・振り切ろうとして失敗。2回目
  • 2010年 打率.301・・・リミッター解除。3割達成。
  • 2011年 打率.300・・・2年連続3割達成も.300リミッターが発動した恐れ有。なお、この年は500打数150安打である。
  • 2012年 打率.262・・・2年連続3割打ったから通算打率を.280リミッターにするためにわざと打率を下げた。
  • 2013年 打率.282・・・リミッターすげえ。
  • 2014年 打率.313・・・自己最高打率更新。
  • 2015年 打率.281・・・リミッターやばい
  • 2016年 打率.236・・・自己最低打率更新。
  • 通算12年 打率.282・・・ 明らかにリミッターの影響。
地味さ

持ち前の地味さと.280リミッターのオプション効果で1軍でレギュラーのスタメンを張っている選手と思えない程ダントツに地味になった。全てにおいて絶妙なバランスで地味。打撃も打率.280、HR10本台、守備も堅実で派手なプレーはなく、走塁もそこそこ速いし、ベースランニングは上手いが盗塁は少ない。

.280リミッターが稼働していた時期(2004~2009)はどうしようもない地味さだった。もはやMr.地味。キングオブ地味。地味過ぎて地味なのが特徴になるなんていう本末転倒にならないように地味の極め方も地味という念の入れよう。2010年にリミッターとともに捨てられた…が、いまだに地味さが抜けきらないあたり入団以来6年間地味を貫いた者の貫録が見える。そうこうしてるうちに、2012年にはリミッターが復活し、やっぱり地味になってしまった。

四球

セイバー厨の申しロボで、三冠部門にランクインしていないのに、地味に四球数では抜群である。

  • 2004年 BB*21 BB/K0.318 OBP.320 IsoD0.072
  • 2005年 BB*53 BB/K0.461 OBP.343 IsoD0.068
  • 2006年 BB*60 BB/K0.541 OBP.362 IsoD0.074
  • 2007年 BB*63 BB/K0.594 OBP.350 IsoD0.080
  • 2008年 BB*68 BB/K0.800 OBP.365 IsoD0.086
  • 2009年 BB*65 BB/K0.783 OBP.368 IsoD0.080
  • 2010年 BB*66 BB/K0.710 OBP.373 IsoD0.073
  • 2011年 BB*78 BB/K1.083 OBP.395 IsoD0.095
  • 2012年 BB*94 BB/K1.033 OBP.373 IsoD0.113
  • 2013年 BB104 BB/K1.600 OBP.402 IsoD0.121
  • 通算10年 BB672 BB/K0.758 OBP.368 IsoD0.087

これが、地味さに拍車をかけるゆえんである。

人物[編集]

なおもっと詳しい話は過去にサンスポで行われた鳥谷日記参照(今はもう削除されているので「したらば掲示板の保存版アーカイブス」にて)

腕相撲

市川海老蔵の挑発で始まった海老蔵 VS 赤星の腕相撲では、赤星が本気を出す気配を感じ慌てて自分が露払い。そして瞬殺。ちなみに海老蔵が朝青龍と引き分けという事から

  • 赤星>>>>>>>>>>>>鳥谷>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>>歌舞伎役者=横綱

という力関係が証明される。鳥谷が赤星の代わりに勝負しなければ当然、自称・人間国宝の腕は消えていた。


言動

試合前の練習中に給水機の前で水を飲んでいた鳥谷に、金本が「トリ、その水、うまいか?」と声をかけた。まともな返事では芸がないと思った(?)鳥谷のひと言は「水ですね」。 即座に金本が、ええ加減にせえとばかりに「お~いシモ~!(下柳は鳥谷にとって厳しい先輩)」と、コントのような一幕でベンチ裏をにぎわす場面も。


言動2

CS副音声の能見「あんまり来てくれないんで。たまには来て(甘え声)って言うんです」

能見「チームとしては大事だけど僕の性格的にコーチにマウンドに来てほしくない。頑固なのでピンチと思われるのも嫌なんです」
「タイガースの野手は声かけてくれる?」
能見「あんまり声かけてくれないんで……トリには来てくれと言ってる」
「今の内野手は声かける人が少ない」
能見「トリが来てくれるとちょっと嬉しい///」
「何て声かけられるの?」
鳥谷「来ました」
「(爆笑)子供かい!!」
小話
和田と能見と平野のトークショー
能見「(マウンドで)いつも基本イライラしてます。野手がマウンドに寄ってこないでしょ?恵一とかは気づいてるんで、何かジェスチャーを送ってくれるんで、その時はフッと……落ち着か……ないですね」
能見「恵一とかトリとかには来て欲しいんですよ、新井さんはいいです
所感

試合中笑わなくずっと無表情のため機械とも呼ばれる。しかしベンチやファン感等試合の攻守以外では弾けた笑いをを見せているため、ただケジメが付けられているだけかと。余りにも綺麗に揃った成績が機械っぽいイメージを後押ししているとも言えなくも無い。実際、鳥谷自身も「試合中は笑わない」と断言していた。しかしファインプレー後は含み笑いのドヤ顔をする。

小ネタ

赤星に「付き合うなら鳥谷」と言われた。

小ネタ2

大学の頃のあだ名は筋肉ファンタジー。デイリー曰くマシュマロ筋らしい。隼太も同じだとか。

小ネタ3

濱中が本人に聞いたところによると、家族旅行でも筋トレしているそう。家族旅行中ぐらいやめりゃいいやんと言ったところ、「筋トレは歯磨きと同じ。やめると吹き出物が出る」と返ってきた。

脚注[編集]

  1. ^ この3年間では、追い込まれてからの低目に落ちる変化球に対応できず、お約束通りの三振を積み上げて リーグ三振10傑入り。本塁打争いと無縁なのに三振10傑入りの選手といえば、2005年だと佐伯貴弘、2007年だと李炳圭。いかにダメ扱いかという事が窺い知れる。
  2. ^ ファンが着ているレプリカ・ユニフォームの背番号は6・39・53などが多かったが、1を付けてるのはミーハーっぽいお姉さんくらいで、当時1を着けてた男性は少なかった。

関連項目[編集]

  • 小坂誠(鳥谷がかつて行ったショフト以上の守備範囲を誇る超人)
  • 金本知憲(鳥谷がかつて介護していた外野手)
ExSport.png この項目「鳥谷敬」は、エキサイト不足のようだね。
さあ、君もこの記事に胸が高まるような文付け足してみよう。レッツトライ! (Portal:スタブ)