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(こい)とは、淡水に住む魚類の一種。世界中において食用として供されると同時に、一部の特別変異種において観賞用として珍重されている。そのため、多くのアーティストから賞賛されており、鯉について歌った数多くの楽曲が存在する。

概要[編集]

大昔から食用として愛されてきた鯉が、世界に羽ばたくきっかけとなったのは、19世紀新潟県錦鯉が発見されたことによる。その白と赤の文様は瞬く間に多くの人をひきつけ、日本独特の庭園文化になくてはならない存在として一躍脚光を浴びることになる。その後、鯉は金持ちのステータスシンボルとして売買されることになり、金持ちが池の前でエサをやる光景こそ成功の証と思われるほどの存在になる。

昭和30年代における鯉[編集]

昭和30年代より、アメリカ発の自由の風潮が日本に押し寄せると、それまで古風とされた鯉のイメージが一変する。それまでの一度であったら死ぬまでという鯉ではなく、とっかえひっかえする鯉がもてはやされ、中にはたった一晩しか飼わないで、後腐れなくポイするなどという、言語道断の鯉が生まれたのもこの時代である。

昭和50年代における鯉[編集]

昭和50年代に入るとさらに鯉に対する若者の姿勢はめちゃくちゃになる。特に、鯉の販売業者(別名、鯉の人)がもてはやされるようになる。また、他人の飼っている鯉を無理やり強奪するような行為が流行し、鯉を落っことすようなドジな娘がもてはやされる。また、ネクラな女がクソ寒い公園で鯉の管理をする野郎を待ち続ける姿に共感するヤツが続出するなど、鯉に対するイメージがめちゃくちゃになっていく。

現代の鯉[編集]

現代の鯉はもはやカオスの中にあるといってよい。わざわざ日本の伝統文化である鯉のぼりを映画にしたり、鯉同士でバトルするなど、もうやりたい放題である。これらの混乱の大きな原因は、鯉に感染するヘルペスが世界中に流行し、感染した鯉が狂ってしまったためである。また、鯉に関するオタクの存在もひどく、過去の情緒や憧憬をまったく無視している。そのため、多くの鯉愛好家たちは、現状を憂えている。いいかげんやりすぎだろ、オイ。他にも、鯉の生産で有名だった新潟県小千谷市山古志村新潟県中越地震によって壊滅的な被害を受けたことも原因の一つである。

関連項目[編集]