鮭延秀綱

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鮭延秀綱
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見よ、この勇姿!
基本資料
本名 鮭延秀綱 
通り名 鮭殿、鮭様 
身体情報 鮭 
好物 大河、大海 
嫌物 塩、盛られた、特に暖かい飯の上(コメ、麦、その他にかかわらず) 
出身地 日本 
出没場所 出羽国鮭川→下総国古河にある利根川もしくは渡良瀬川 
所属 きつねたんorこんこん→佐倉藩主土井家
親戚等

佐々木貞綱(父)、クイーンサーモン(母)

鮭延 秀綱(さけのべ ひでつな、1563年 - 1646年8月2日)は、出羽国にある一級河川と後に評価される鮭川出身の魚類でサケ目サケ科サケ属の魚。
佐々木貞綱の、いわゆる妻になっていた雌鮭の筋子から産まれる。また、この人、いやこの鮭こそ真の鮭様という人も少なくない。ただ、先に鮭様と呼ばれているきつねたんorこんこんと言われてもいる最上義光公にはばかって鮭殿と呼ばれることの方が多い。

産まれたとき[編集]

1563年、父とされる佐々木貞綱は庄内武藤氏の侵攻に敗れ、鮭川のほとりの真室内町に退き、居城の地名である鮭延を名字とした。
なお、このころ筋子だった秀綱は一時、武藤氏に捕らわれ庄内に連れ去られごちそうとして供されそうになったところを母鮭の機転により脱出、母子共々逃げおおせている。

異色の戦国武将としての鮭殿[編集]

1581年、空腹にたまりかねたきつねたんorこんこんの軍勢による鮭川への攻撃を受ける。このころ鮭主となっていた鮭延秀綱は抵抗を試みるものの、優れた釣り師の氏家守棟による見事なルアーでの一本釣りにあう。ルアーは異種類の部下であるカニの庭月広綱によく似ている形状をしていた。
氏家守棟に一本釣りにされそうになったそのとき、家臣の鮭たちが身代わりになって最上義光の腹に収まったため、一命を取り留める。そして、家臣が代わりに犠牲になったことに感銘を受け、最上義光は鮭延秀綱を養殖鮭とすることに決める。そのときより秀綱は鮭殿と呼ばれることになる。
1600年に起きた天下分け目の関ヶ原の戦いに密接に関連した長谷堂城の戦いで鮭殿は、あの地底人byいしいひさいちにアニサキス入りの自らの特攻部隊を生食させ腹痛に陥らせた。後日、地底人byいしいひさいちに「鮭延秀綱が武勇、信玄・謙信にも覚えなし」と言わしめさせたという。やはり、ただ事ではない腹痛だったからであろう。
戦後に最上家が出羽山形57万石に封じられると、鮭殿には真室城11,500石と生誕の地の鮭川が与えられた。

最上騒動直後の鮭殿[編集]

きつねたんorこんこんの息子ときつねたんorこんこんの弟が跡目争いで大げんかした最上騒動として知られるお家騒動できつねたんorこんこんの一族が改易された1622年、それに巻き込まれた鮭殿も佐倉藩主土井利勝のもとに預かりの身となって、鮭殿は食される懸念がある状態になった。後に最上騒動の不始末を許されてからは鮭殿は土井家の養殖鮭の監督係となった。
このとき、鮭殿は与えられた知行5千石を山形以来の家臣に全て分け与え、自身は家臣らの住み家周辺の流域の川を降海・遡上して暮らしたとも言われている。

鮭殿の晩年とその最期[編集]

1633年4月、鮭殿は土井家転封に伴って古河周辺の川に遡上した。
1646年、下総国古河(現在の茨城県古河市)にある河川(利根川、渡良瀬川かどちらかは不明)にて死去。満年齢で83歳になろうという、魚類としては異例な相当の長寿である。
そんな波乱に満ちた生涯を送った鮭殿の遺徳を偲んだ家臣たち(鮭だけではなく鮭に食べられたりするエビ・カニ、鮭を食べる鳥類、さらにどういうことか人間までも)によって鮭延寺(茨城県古河市)が建立され、弔われた。

鮭殿にまつわる逸話[編集]

1590年、鮭を食べたかった食いしん坊の強欲猿による太閤検地に反対する一揆に加勢した池田讃岐守という武将とその家来達が、鮭殿のもとに助けを求め逃れてきた。お尋ね者となった讃岐守を鮭殿は匿った。そこで讃岐守は、治水のための堰を築き現地を開墾、なお、その時、鮭殿は自らを『マスノスケ』と名乗っている。
また、鮭殿の部下たちは、地底人byいしいひさいちに一泡吹かせた以外にも、毛利秀元の弁当の総菜として入っていたときがあり、それに感動した、秀元に群がった諸大名に平らげられたり、または黒田如水によって用意された鮭料理となって、今際の際の吉川元春の最後の晩餐となったりしている。

関連項目[編集]

Wikipedia
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この項目「鮭延秀綱」は、筆者が納豆汁を啜りながら夜なべして必死に書きましたが、山形県庁から「こだなこばがくせえねの書くんでねえ」と抗議が入りました。一緒に芋煮しながら義光公の偉大さを讃えてくれる方を急募しています。 (Portal:スタブ)