魏志倭人伝

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「魏志倭人伝」の項目を執筆しています。

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)とは、幻の王国「邪馬台国」への行程が記された地図である。

概要[編集]

この地図は中国の有名な歴史書「三国志」の一角にひっそりと書かれており、その存在は古くから知られていたものの、肝心の目的地がよくある未開の蛮族の国でしかなく、黄金で作られた宮殿などといった人の目を引く記述も皆無だったためか大半の中国人からは興味を示されなかった。彼らにとって見れば三国志の英雄豪傑の物語の片隅にある落書きくらいの認識しかなく、そのため三国志を元にした小説「三国志演義」でも当然のように無視されている。ところがどういうわけか、隣の日本ではこの地図が注目され、江戸時代頃にはこの地図に書かれた「邪馬台国」なる古の王国の探索がブームになり、現在に至るまで数多くのトレジャーハンターたちが幻の王国探しに熱を上げ続けている。しかし彼らの中で王国に到達したという確たる証拠のある者は皆無であり、本当に発見できるのか危ぶまれている。

邪馬台国はどこにあるのか[編集]

地図であるからには、そこに記された通りに進めば邪馬台国に到達できそうなものだが、かつてこの地図を鵜呑みにして出航した冒険家は太平洋のど真ん中で遭難してしまい、地図通りに進んでも絶対に到達できないことが判明。この時点で邪馬台国の存在などは虚構に過ぎぬと諦めても良さそうなものだが、情熱に燃えるトレジャーハンターたちがその程度で諦めることはなく、「距離は正しいが方角が間違っている」「方角は正しいが距離が間違っている」などと地図を独自解釈して探索を続行。その結果「到達した!」と主張する人間が山ほど出てきているが、証拠となるようなものは今のところ存在しない。なお当たり前だがどちらも間違っている可能性が一番高い。

伝説的なトレジャーハンターには新井白石本居宣長などが存在し、実質彼らが邪馬台国ブームの火付け役となった。

邪馬台国の財宝[編集]

長年に渡ってトレジャーハンター達を魅了し続けている邪馬台国であるが、果たしてそこに「邪馬台国の財宝」なるものが存在するのかは議論がある。魏志倭人伝によると、邪馬台国には卑弥呼なる女王がいて、死去の際には巨大な墓が作られたとあるから、そこに魏から与えられたという「親魏倭王」の印綬や下賜された高価な物品、当時の貴重な文献などが眠っている可能性はある。それはさておき、長年の邪馬台国をめぐる探索活動は結果的にトレジャーハンター達に莫大な飯の種を生み出しており、また邪馬台国「候補地」とされた地域は観光で潤い、たとえ邪馬台国が完全に架空の存在だったとしても、この地図から財宝に匹敵する利益を得た人々は決して少なくないようである。そういう意味では内容の真偽はともかくとして、魏志倭人伝はまさに「宝の地図」と言っても過言ではないのではあるまいか。

関連項目[編集]