鬼の首を取ったよう

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「ふむ、これなら、さぞかし呑み応えのある杯ができそうじゃのお。」
鬼の首を取ったよう について、織田信長

鬼の首を取ったよう(おにのくびをとったよう)とは、本来は人間の力では不可能同然の難事業の達成あるいはそれに匹敵するほどの偉業を成し遂げた様子を表した言葉である。しかし近年ではがいなくなったこともあり、中二病患者がインターネットの高い匿名性をいいことに、「オレは■■を達成した。」「▼▼をやったのはオレ」「伝説達成」などと虚構と虚勢に溢れた発言/書き込んでいる様を、上から目線で嘲笑する際に使われている。

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ウィキペディア専門家気取りたちも「鬼の首を取ったよう」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

概要[編集]

何故、鬼の首を取ることが難事業にして偉業なのか。それは鬼がとてつもなく強いからに他ならない。過去の文献を紐解いても、鬼を騙したり言いくるめたりする話は多いが、鬼を倒したという事例は数えるほどしかない。それだけ鬼という生き物が強く倒す事が困難であることを文献が物語っている。この言葉が信じられない人は、か土佐犬の檻にでも入って、身を持って体験してくるといいだろう。多分、鬼よりは弱いはずだが、それでも大型捕食生物と対峙した際に人間がどれだけ無力な存在にすぎないかよく分かるはずだ。

人間が敵う様な相手ではない鬼の強さ、それ故に偉業や成功を表す際、「鬼の首を取ったよう」という言葉が使われるようになったのである。

偉人達への疑問[編集]

事実、鬼を退治したとされる人物は極めて少ない。その代表格が桃太郎であるが、彼の場合桃から産まれたという時点で少々疑うところがある。イザナギイザナミによる日本誕生の時代から桃は聖なる果実という位置づけだった。そのような桃から産まれた桃太郎が、とても普通の人間だとは思えない。天使か神の使いか、あるいはそのものと考えるべきだろう。鬼退治にいく途中、偶然であったと思われる犬猿雉を手下にした手際のよさからも、やはり彼を普通の人間と考える事は過ちである。やはり人間風情に鬼は倒せない。

桃太郎に次ぐ鬼退治のエキスパートは、当然一寸法師となるが、彼の場合、厳密には鬼を退治していない。追い払っただけだ。小さな身体という致命的な弱点を発想の逆転からメリットにかえ、丸呑みにされることで鬼の内臓を攻撃するという戦術は見事の一言に尽きるが、それをもってしても鬼は倒せなかった。やはり鬼は強いのだ。

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「酒呑童子」の項目を執筆しています。

3番手としては、金太郎とタッグを組み、酒呑童子を討ち取った源頼光が挙げられるものの、彼の場合、山伏に化けて鬼に近づき、酒を呑ませて酔い潰らせた隙に首をとるなど、その行動が後に問題視されている。頭脳戦といえば聞こえはいいが、寝ている間に倒すのなら、そもそも金太郎は必要ない。一方、近年になって、この逸話に疑問を投げかける研究者も多い。例えば、鬼がちょっとやそっとの酒で酔い潰れるはずがなく、もし酔い潰れたとしても首を取られる直前に目を覚ますはずであり、また鬼が酒盛りを始めたとしたら、頼光達は酒の肴として頭から食われていたはずだというのだ。では、酒呑童子を倒したのは誰なのか?現在もっとも有力とされているのは、No.2の茨木童子による反逆説である。つまり、頼光達は、茨木童子が酒呑童子を倒すタイミングを見計らい、ちゃっかりとその手柄を横取りしたというのだ。事実、歴史上の有名人の中にも部下の成功を横取りした者も少なく、またその場から逃げおおせたはずの茨木童子が頼光達に本格的な報復を行わなかった事からも、かなりの信憑性が伴う話である。やはり鬼を倒せるのは鬼のみ。

以上のことから、希少な鬼退治の実例だけに限っても、鬼を倒す事がどれだけ困難か分かって頂けると思う。

本来の使い方[編集]

「鬼の首を取ったよう」とは本来不可能を可能に換えるほどの大成功を成し遂げた時に使われる言葉だけに、そう頻繁に用いるのは誤りである。年に数回を目安とし、必要以上の大騒ぎは避け、人の成功と幸せを、少し離れた場所から暖かく見守るような使い方を心掛けたい。

正しい使い方
「アイツ、いくら大口の契約をとったからって、鬼の首を取ったように喜ぶことはないじゃないか。(笑)」
「弟子に、鬼の首を取ったような、はしゃがれ方をされるのも癪ですが今度ばかりはしてやられましたよ。」
正しいと言うにはやや微妙な使い方
ジャガー横田に料理で勝ったからって鬼の首を取ったような気になるのもなあ…」
「ふん、かくれんぼや缶蹴りで勝ったからって、鬼の首を取ったよう気になってんじゃねえぞ。」
秀逸な記事に選ばれるなんて、この喜びと感激は鬼の首を取ったようだとしか言い表せません。」

近年の使い方[編集]

どうみても不可能なことを、「やった」「できた」と吹聴し、突っ込まれると捏造としたデータと屁理屈で押し切ろうとし、それが通じなくなると、ほとぼりが冷めるまで逃走する様な輩を嘲笑する際に使用するだけに、鼻であしらいながら、一度軽く持ち上げてから叩きつけるなど、できるだけ屈辱を味わらせる使い方を心掛けたい。

とある掲示板より引用
A「アイツ、鬼の首取ったみたいに景気のいいこといってるけど、あんなヨタ話、誰か本気で信じてるヤツいると思っているのかね。」
B「へ~ぇ、リーマン・ショックを引き起こしたのは君だったんだ。ふ~ん、凄い事やったんだね。どれくらい凄いって、まるで鬼の首を取ったようだよ。」
C「Deep Love恋空も、本当は俺が書いたんだ。え、作者名が違うって?あんなのマスコミ向けの偽名と偶像に決まってるだろ。今時、作者も見た目のインパクトがないと売れないからね。でも結局の所俺がいなきゃ携帯小説ブームはなかったんだぜ。」
D「君って鬼の首を取ったような凄い事やってたんだね。ところで話は変わるけど僕は恋空の出版元に友人がいて…」

関連項目[編集]

Shana art.JPG うるさいうるさいうるさい! 「鬼の首を取ったよう」は、か、書きかけなんだから! 討滅されたくなかったら、さっさと書きなさいよ!べ、別に無理しなくていいけど…… (Portal:スタブ)