香西元長

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香西 元長(こうざい もとなが)は、室町時代後期の武将。ガチホモ

生涯[編集]

香西氏は代々細川氏に仕えてきた讃岐の名門である。元長の頃には、元長の父香西元直の家系と、叔父の香西元綱の家系とで、家が二つに分かれていた。 元長は容姿が優れており、かつ、ガチホモだったので、当時の畿内の支配者にして細川家の当主であった細川政元に気に入られ、小姓としてホモセックスをしながら成り上がった。

讃岐出身なだけあってうどんを作るのが得意であり、政元のケツの穴に手打ちの冷やしうどんを流し込むという斬新なプレイを発案、政元を大いに喜ばせ、元長は細川政元政権の中で栄達した。

ところが、政元はホモセックス目当てで養子に取った公家の息子である細川澄之に夢中になり、元長とホモセックスをしてくれなくなってしまう。やがてはその澄之にも飽きて、新たな養子の細川澄元を可愛がり、彼とのホモセックスに夢中になる。

かまってもらえなくなった香西元長はヤンデレと化し、同じく弄ばれて捨てられた澄之と結託して政元を襲撃して殺害した。痴情のもつれが原因のクーデターは前代未聞であり、この事件は永正の錯乱と呼ばれた。

ヤンデレと化した元長と澄之は当然後のことなんか考えていなかったので、すぐさま体勢を立て直してきた澄元、三好之長細川高国らに始末された。

人物[編集]

日本の中世は衆道が当たり前であったが、それでもほとんどがバイセクシャルでガチホモは珍しかった。 そんな中、元長は数少ないガチホモであり、主の細川政元と共に日本のLGBTの待遇改善に大いに貢献した。 しかし明治時代になって欧米の悪しき価値観が流入、ホモはという観念が浸透すると政元も元長も言及すること自体がタブーと忌避されて忘却された。

ガチホモであったため当然とはロクにセックスもしておらず、実子はいない。そのため波多野秀長の息子が後を継いだ。それが香西元盛である。こちらはバイセクシャルで、名は体を表すという格言通りかなり盛っていたヤリチンだったが、細川尹賢との痴話喧嘩の末に殺された。二代続けて主細川家と痴話喧嘩を起こして主君を巻き添えに自滅した香西氏を、人々はヤンホモの鑑と礼賛した。

政元を襲撃して殺害した理由については、ヤンデレをこじらせた他に、徳島出身の三好之長が、澄元側近として羽振りを利かせていたことが大きい。三好之長は讃岐うどんが嫌いであり、うどん造りを規制する法律を施行させようとしていたのである。

評価[編集]

事実は小説より奇なり、ガチホモの元長は三次元世界BLまがいのことをやっていたため腐女子からの人気は凄まじく高い。史実を踏襲して細川政元とのカップリングが人気だが、政元に捨てられた同士であり、悲劇の若き貴公子である澄之とのカップリングもそれに追随するほどの人気を博している。

近年では忌み嫌っていた宿敵であった三好之長とのカップリングを構築させようとする猛者も登場している。三好之長はブサイクデブであり、元長を史実で死に追いやった張本人の一人であるゆえ基本的に腐女子人気は低いのだが、仇敵同士のホモセックス、イケメンとブサメンのカップリングがまた萌えるという数奇な腐女子が近年増加の一途を辿っており、元長と之長のカップリングは無視できない勢力と化してきている。