飛鳥時代

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飛鳥時代(あすかじだい)とは、1991年のSAY YESのメガヒットから2014年5月までのチャゲの暗黒時代および、6世紀から8世紀にかけて奈良県飛鳥村に朝廷が置かれていた時代の総称である。この項目では、主に前者について記載しつつ、後者についても触れる。

飛鳥時代以前[編集]

1978年にデビューした九州は福岡出身のフォークグループ、「チャゲ&飛鳥」は、ゆったりしたメロディに叙情的な歌詞、男2人による美しいハーモニーを売りにした、実に奥ゆかしいコンビだった。その当時の、チャゲ(本名、柴田秀之)と飛鳥涼(本名、宮崎重明)はどっちがどっちだか分からない関係であり、単に歌が上手い若手という立場だった。

それでヒットを飛ばすんだから、当時からかなりハイレベルな実力を持っていたことは間違いない。

飛鳥時代以前の光景(想像)

一方、奈良の飛鳥時代以前は、弥生時代の末期、いわゆる古墳時代にあたり、日本各地の豪族がしのぎを削っていた頃に当たる。

飛鳥時代の到来[編集]

1984年、それまで2人組で活動してきたチャゲと飛鳥に大きな転機が訪れる。チャゲと石川優子のデュエット曲「ふたりの愛ランド」がヒットし、なんと、飛鳥に先駆けてチャゲが脚光を浴びる。フォークソングを歌っていた人間にあるまじきそのはっちゃけぶりに、多くの人間が驚いている。

チャゲ全盛時代

しかし、翌年、チャゲ&飛鳥はレコード会社を移籍すると、結局は元の形に戻る。チャゲ&飛鳥はそれまでのスタイルを一新させ、「モーニングムーン」や「恋人はワイン色」などのニューミュージック系の楽曲で大ヒットを飛ばしていく。そして、徐々にではあるが、実は飛鳥だけでいいんじゃないだろうか?という、ごくごく当たり前な意見が飛び出してくる。そして、1991年に、飛鳥単独によるシングル「はじまりはいつも雨」が100万枚を超えるヒットを飛ばした段階で、隣でチョコマカ動くアイツの存在がさらに希薄になっていく。

明らかに一人浮いている姿。

ついに排除された。

一方、奈良の飛鳥時代の到来は、531年欽明天皇の即位と538年の仏教伝来で到来とするのが一般的である。

飛鳥時代の最盛[編集]

決定的な転機となったのは、「SAY YES」のメガヒットによる。大ヒットドラマ「101回目のプロポーズ」の主題歌として300万枚を売り上げたこの化け物曲は、CHAGE&ASKA(1990年に改名)を完全に飛鳥+隣で動く何かに変える。また、1993年にも、ドラマ「振り返れば奴がいる」の主題歌「YAH YAH YAH」が200万枚を超える大ヒットをとばし、名実ともに、ミュージックシーンはASKA時代を迎える。

何か大切なものを忘れてる気もするが、気のせいだろう。

飛鳥時代の最盛期(想像)。隣で何かが動いていますが、ノイズです。

一方、飛鳥時代は、推古天皇の即位と聖徳太子による執政をもって最盛期を迎える。

飛鳥文化と次の時代への予兆[編集]

1995年から、飛鳥は本格的に単独行動するようになり、数々のヒット曲を飛ばし続ける。隣にいた何かについては、まぁ、しょうがない。でも、CHAGE&ASKAが解散していないところを考えると、やっぱり、隣にいるよく動くサングラスをかけた何かのハーモニーも大切だということなのだろう。きっと。

しかし、2000年代に入るとヒット曲が出てこなくなり、しまいには「チャゲ&飛鳥」の解散(というか現時点では永久に活動停止)が伝わっているという話がでてくる。2009年頃にはチャゲ&アスの方の飛鳥時代が終わりを遂げ、単独の飛鳥時代が始まるのではないかとも推測されうるという事柄まで視野に入れなくてはならない様相を示してくる。

一方、飛鳥文化とは、奈良を中心とした、いわゆる仏教文化のことである。また、国作りのための仕組みが着々と行われていくうちに、国を動かすための都の建立が求められるようになる。

飛鳥時代の終焉[編集]

2014年、ASKAが覚せい剤所持の疑いで警視庁に逮捕され、飛鳥時代は突然の終りを告げることとなった。

一方、飛鳥時代は710年に奈良・平城京に遷都したことで終焉を迎える。

チャゲ&飛鳥の活動停止も、両方とも判りやすく言えば「平城京遷都1300年記念に関するせんとくんの呪い」と言うべきなのかもしれない。

その後[編集]

飛鳥時代が終わり、次は奈良時代の幕開けとなる。

しかし、ASKAの逮捕の後でCHAGEの時代が来るかは、2014年現時点ではまったく定かではない。

関連項目[編集]