霧隠才蔵

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霧隠 才蔵(きりがくれ さいぞう)とは戦国時代にいたと現代人の大半が信じ込んでいるNINJAである。所謂、真田十勇士の一人で、猿飛佐助と並ぶ人気があるそうだが、認知度も人気も佐助と比べれば雲泥の差である。

概要[編集]

そもそも霧隠才蔵は最初は霧隠才蔵という名前ではなかった。立川文庫で真田十勇士がヒーローとしてもてはやされていたころ、彼は雲隠才蔵という名前であった。名は体を表す、その名の通り、都合が悪くなるとすぐ雲隠れする人物であり、あまり活躍しているとは言えない三枚目であった。しかし、決める時は決めるので、決めた時は、「才蔵さんかっこいい」と歓声が飛ぶのがお約束であった。

しかし、大坂の陣でもこの雲隠れの悪い癖が発動する。戦況が劣勢になった途端に才蔵は雲隠れしてしまい、主の真田幸村は孤立して戦死してしまった。主の戦死を見届けた才蔵は、自分の雲隠れが取り返しのつかないことをしたことを悔やみ、せめて徳川家康と相打ちになって死のうと突撃したが、影武者一人と相打ちになってその生涯を終えた。

戦後、大衆は才蔵の雲隠れを非難した。大事な時に彼がいつもの雲隠れをしてしまったせいで、真田幸村は無駄死にしてしまったと。しかし才蔵は既にあの世に雲隠れしてしまったので、その非難は届かなかった。

雲隠才蔵は、御世辞にもカッコ良いとは言えないキャラクターであったが、真田十勇士の中でも非常に目立っていた人物であった。

雲隠れから霧隠れへ[編集]

こんな三枚目でも、猿飛佐助と並ぶ真田十勇士屈指のもののふで、イケメンという設定だった。いくらイケメンでも、流石に逃亡癖のあるヘタレではゲンナリしてしまうだろうということで、司馬遼太郎海音寺潮五郎ら、後世の歴史作家達は原作レイプを画策した。

その結果、カッコイイ雲隠才蔵が生まれた。これまでの三枚目の雲隠才蔵はいずこかへ雲隠れしてしまい、二枚目の雲隠才蔵が登場した。

司馬や海音寺はさらに考えた。いくらカッコよく生まれ変われても、「雲隠れ」という名前のままだとどうしてもマイナスのイメージが払拭できない。この際、「雲隠れ」という名前を変えてしまおう。司馬、海音寺、山田風太郎井上靖山本周五郎吉川英治らの間で、見解が一致した。

その結果、雲隠才蔵は、名前を霧隠才蔵と改めた。なぜ雲隠が霧隠になったのかはよく分かっていない。

猿飛佐助との差[編集]

こうして三枚目から二枚目へ昇華された霧隠才蔵だが、最初から二枚目だった猿飛佐助との人気の差はいかんともし難かった。結局今日において、霧隠才蔵は猿飛佐助の陰に隠れ、文字通り霧の中に隠れるような空気的存在となってしまっている。

もし、昔の三枚目のキャラクターのままであれば、極めて個性が際立っており、空気化は避けられたであろう。司馬や海音寺らは、キャラが立っている三枚目を、味気ない二枚目へ「改悪」してしまったとも言える。

関連項目[編集]

  • 可児才蔵 - 同じ才蔵でもキャラが立ちまくっている。