霞ヶ浦

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霞ヶ浦(かすみがうら)とは、茨城県の南部にある2つの池(西浦、北浦)。

概要[編集]

チバラキ県北部の茨城自治区(通称茨城県)の南東部に存在する巨大な溜め池。東西にわかれており、東の大池を北浦、西の大池を西浦と呼ぶが一般的には西浦のみを指してを霞ヶ浦と呼ぶ。 西浦の水面積は琵琶湖に次いで、日本第二位を誇る。ただし、琵琶湖は日本最大級の超巨大断層の割れ目(camel toe)に溜まった水による湖であるが、霞ヶ浦は内海(静岡県にある浜名湖と同じ)に由来するため水深が浅い。このため、池としては日本一である。

歴史[編集]

徳川幕府以前の霞ヶ浦は地中海や東京湾のように入り江になった海(内海)で、西浦・北浦・外浪逆浦・利根川・印旛沼が一体化した広大な海で香澄流海と呼ばれていいた。この香澄流海こそが、チバラキの由来であり、そのスケールからしても琵琶湖なんぞ目じゃなかった。このため、魚は取れるわ海水浴はできるわもう湿地だらけのダサイタマにチバラキ完全勝利。この頃の利根川は今のように銚子へは流れておらず、直接江戸川を通って東京湾へ流れていた。つまり、千葉県千葉島ではなかった時期があったのだ。さて、天下とって江戸に城つくった徳川幕府慈悲あまねく慈悲深きひよこ陛下の御名においては、よく洪水になる利根川にびっくり、「パンツまで濡れちゃったじゃないか」と激怒、利根川を香澄流海へつなげる100カ年計画(利根川東遷事業)を発動。とうとう利根川を無理やり付け替えてまさに天下統一の宴をぶちあげていた天明3年(1783年)8月5日、奇しくも群馬県長野県の県境にある活火山・浅間山の神(が徳川幕府慈悲あまねく慈悲深きひよこ陛下の御名においての利根川東遷事業に大激怒、たちまち大噴火し大量の土砂が流出した。およそ200年をかけて土砂が香澄流海まで流れ付き、西浦・北浦・外浪逆浦・利根川・印旛沼は埋め立てられ今のような形になった。

観光[編集]

西浦
  • デコレーションした自動二輪車で湖岸沿いを集団でツーリングする(珍走団)。
  • 世界一の大仏「牛久大仏」が近くにある。つくばに近いので結構外人さんもきてる。
  • つくば市土浦市ではおいしい霞ヶ浦の水が上水道として供給されている。
  • 近年では、東京から「アオコ浴」や「セシウム浴」に訪れる者が急増、免疫機能の強化に役立つとされている。
  • というか、ただの池なので釣りぐらいしか楽しみがないし、夏場はアオコで臭いから地元の人はだれも行かない。
  • 昭和の初め頃、台風の大雨の影響で池が溢れて周辺が床上浸水になったことがある。
北浦
  • 超田舎。
  • 地元が誇る第三セクター鹿島臨海鉄道がちょっとだけかすめる(北浦湖畔駅)。
  • 船で湖の真ん中まででかけ、満月を眺めながらビールを片手に佇むのが風流。
  • 西浦よりはアオコが少ない。

関連項目[編集]

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