雛見沢症候群

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「雛見沢症候群」の項目を執筆しています。
「誰も彼もが私の編集を狙ってる。もう誰も信用するわけには行かない、誰もが敵だッ!!」
雛見沢症候群 について、竜宮レナ
「貴方がこれを読む頃には、私の編集は消されているでしょう。誰かこの謎を解いてください。それだけが私の望みです…。」
雛見沢症候群 について、前原圭一
「誰か、組織だって悟史君のページを消した奴が、このサイトに潜んでいる。私が必ず見つけ出す。待っててね、悟史君!!」
雛見沢症候群 について、園崎詩音


雛見沢症候群(ひなみざわしょうこうぐん、英:Hinamizawa syndrome)はウィキペディアを中心に蔓延している伝染病であり、その症状として「他のアカウントユーザー達が、自身や自身の編集に対して悪意を持っている」という重度の被害妄想を引き起こす精神病である。非常に危険な病であり、症状が悪化すればするほど認識と現実の格差は開いてゆき、末期症状である「L4症状」にいたってしまうと他人の行動をすべて自身への攻撃行為と錯覚してしまい、処置不可能な「L5症状」に至ってしまうと、妄想と現実が入り混じり、もうまともな編集さえ不可能になる。

進歩の意思 明日よりも新しい自分に[編集]

ウィキペディアやアンサイクロペディアなどにおいて、文章力や表現力や内容に乏しい記述を削除・改変することは、まったくもって間違った行為などではありはしない。それは、その記述、ひいてはそのページやそのサイトをより良いものにしようとする進歩と成長の意思の現れであり、明日の自分達を今日の自分達よりも、より進歩した姿に成長しようとする姿勢なのである。

果て無き歩みの道を進み、どこまでもどこまでも成長し続ける者達を、その行為を、咎める必要などあるだろうか? あるはずが無い。人間は今までそうやって進歩を進化を続けてきたのだ。人間はそういった数多の食物連鎖の犠牲の上に、「勝者」として君臨している。自分達人間が進歩の為に犠牲にして来た者達のためにも、我らは歩みを止めることは許されない。

光ある所に影がある 勝者がいれば敗者がいる[編集]

しかしそれは、何かを犠牲にしてきた者たちの論理だ。『貴方の編集を踏み台にして、このページはよりよい物に変わるでしょう。誇ってよいのですよ?』などと言われたところで、納得できるはずも無い。誰だって自身の編集は残しておきたいものだ、消されたくないものだ。どんな生き物だって、どんな命だって、すべからく死にたくなどないのだよ。

しかし食物連鎖は無情だ。弱肉強食は非情だ。貴方がたとえその編集を残したくとも、いったん「不適格な記事・イマイチな記事」というレッテルを貼られ、他人が作った編集で上書きされたら、貴方にもうなす術は無い。ノートでいくら貴方と記述の有用性を説こうとも、他のユーザーから見れば「悪足掻き」としか受けとられない。ウィキペディアンたちはいくらでも貴方の記述の欠点と不要性を考え出してくる。それはもう、重箱の隅をつつく勢いで。ウィキペディアでは、少数派が多数派に勝つことは絶対にできないのだ。そして「記述を否定された」という時点で貴方はすでに「少数派」だ。

犠牲達の怨嗟の嘆き[編集]

したらばどうすればいい? 何が出来る? 世論は圧倒的に不利だ、他人は貴方の味方にはならない。よりよい記述に改変して貼り付けなおすか? それが出来るなら、それで納得するなら、貴方は悩んだりはしなかったはずだ。じゃあどうする、荒らしに走るか? 真っ当な方法では自分の主張を通せなかったから、過激で野蛮な方法に訴えるのか? やめておけ、それはルールに違反するからとか、いろいろその方法を却下する理由はあるが、その最たる理由は「逆効果」だからだ。

現実世界ならいざ知らず、ウィキペディアやアンサイクロペディアなどのウェブサイトにおいて、テロ活動は意味を成さない。現実ならテロリストを検挙するのには多大な資金と時間、そして「犠牲」が必要になる。しかしウィキペディアでは簡単に「犯罪者共」を無力化できる。社会から、コミュニティから、抹殺できる。

アカウントをブロック、……これだけだ、これだけでカタがつく。金も時間も、もちろん犠牲だって払う必要なんかありはしない。むしろ彼らは望んでいるのかもしれないな。『何度も何度も編集しなおして、ウッゼェな…。ノートにまでカキコしやがって、いい加減あきらめろや(怒)。あーあ、いっそ荒らしにでも走ってくれたら、こいつぶっ殺せるのにな…』ってな感じで。

資本力無き若者たちよ、いくらそのサイトの方針が気に入らないからといって、テロリストに身を落とすのはやめておけ。それはウィキペディアやアンサイクロペディアでは自傷行為であり、自殺行為に他ならないのだ。

開放されぬ憤怒 認められぬ自我 そして… 「雛見沢症候群発症」[編集]

電脳世界の治安は穏やかだ、ウィキペディアに流れる風は平静を保っている。しかしそれは多くの「認められぬユーザー達」にとって救いになどなりはしない。真っ当に編集しても認められず、反社会的な行為に訴えて、自身の意思を無理やり反映させることも出来ない。何も出来ない、どうしようもなくなってしまう。

じゃあどうすればいい?どうすれば貴方の自我は満たされる?その疑問は無意味であろう、その問題提起はすでに上で済ませた後だ。じゃあもう何も出来ることは無いのか?泣き寝入りするしかないのか?「進歩のための犠牲」として、おとなしくウィキペディアやアンサイクロペディアから退場するしかないのか、いさぎよく冷たい土の下に身を横たえるしかないのだろうか…。

いや……、ある。あるぞ。まだ貴方にも、自分にも出来ることが残っている。そうだ、そうだとも、責任転嫁だ。悪いのは貴方じゃない、自分じゃない、他のウィキペディアンやアンサイクロペディアンこそ諸悪の権化だったのだ。しかしまて、本当にそうか? 何がって? 決まっているだろう、本当に「責任転嫁」だったのかということだよ。

感染拡大 「L2発症」[編集]

だっておかしいだろう、どいつもこいつも俺の編集を消してばっかりで。最初は自分が悪いのかと思ったさ、自分の編集が下手糞なせいだとね。でもやっぱりおかしいんだ。ちゃんと自分は編集したよ、したんだよ。自分はきちんと利用規約を守って編集してたし、荒らしなんか一度だってやったことは無い。ノートにもちょくちょく話し合いに顔を出してたし、親切で楽しい編集仲間だって出来た。でも、でも…、やっぱりおかしいんだ。自分は普通にノートでその女の子と話してたんだ。普通に話してたんだ。優しいけど、ちょっと天然ボケで、一緒にいるととても楽しい奴だったんだ。楽しかったんだ、その時までは…。

アンサイクロペディアで、過去に何かあったらしいんだ。大勢の人を巻き込んで、でも一部の人しか詳しいことを知らず、その他の人には噂しか流れてこない過去にアンサイクロペディアで起きた、「何か」。自分だってそんなに知りたかったわけじゃない、ちょっと気になっただけさ。『そんなことあったっけ?』って軽く笑い話か雑談程度のつもりで話を振ったんだ。なのに、なのにあいつったら…。いきなりそれまでの明るさが嘘みたいな冷たい声で…


『知らない』

増殖する疑惑 「L3発症」[編集]

それからの編集はあまり楽しいとは感じられなかった。皆とは「部活」と称してノートや雑居房で楽しくに話し合いをしてたし、別段「どこが」って程変わったところは無かった。でもやはり何かが違う、みんなは俺に何かを隠している?俺はどうしてもそれが気になって、自分で調べてみることにした。皆に聞いたほうが早いんじゃないかって?そんなことは怖くてできるはずも無かった。なぜ「怖い」のかは、考えないようにした…。

俺は過去、ウィキペディアでとんでもない過ちを犯した。あのときの自分が目の前に現れたら、ぶん殴ってやりたいと思う。そんな自分を仲間として受け入れてくれた、あいつらを信じたい、本当の意味で「仲間」になりたい。隠し事なんかしない、本当の仲間に…。

過去、アンサイクロペディアで起きた出来事を調べる俺の前に、一人の男が現れた。自分は管理者であり、過去にこのサイトで起きた「連続失踪事件」を調べているらしい。男の話によると、ある決まった日になると、一人のユーザーの利用者ページと作成した記述がごっそり全て消えるらしい。しかも自分で自分のページを破壊している痕跡があるらしい。ウイルスに詳しい研究者の言によると、「これは真っ当な消え方ではありませんよ」とのことだ。それには「アンサイクロペたん」なるものを信仰する集団がかかわっているのだとか。そんなことが本当にあるのかどうか、自分には男の話を信じきれない。男によると、俺の作成した記述がものすごい勢いで消されており、今度は自分が消される番なのだと語った。

あいつらが俺の編集を狙っている? 利用ページがなくなるって何だ? 仲間に対して芽生えた、確かな疑惑。もしかしたら、あいつらは俺の編集を狙って俺に近づいてきたのかもしれない。もう俺には、仲間たちを、あいつらを信じる自信が無かった。男に聞いた話が脳裏によみがえる。だってあいつは、「07」は、俺と出会う前にウィキペディアで…、

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その時、視界の端に何かがうつった。『貴方のページに対して投稿があります』との表示。見てみると、それは俺の誕生日を祝うバースデーカードのような投稿だった。馬鹿だな、俺…、仲間を疑うなんて。少し、涙が出た。仲間を疑う気持ちは…、どこかに消えていた。投稿の最後に「誕生日プレゼントだよ、Kちゃん♪」との書置きとともに、どこかの他のサイトに飛ぶテンプレートが貼り付けてあった。俺が何の疑いも持たずにクリックした先にあったのは… ――ウイルス。

加速する惨劇 『L4発症』[編集]

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もう間違いは無い。奴らは俺の編集を狙っている、俺の命を狙っている、俺をこのアンサイクロペディアから抹殺しようとしている。俺があの男と会ったと聞いたとたん、「07」は態度が豹変した。彼女を信じようという気持ちは、その瞬間吹っ飛んだ。奴らは敵だ、俺の敵だ、殺さなきゃ殺される。その日から俺はウイルスとアンチウイルスソフトで完全武装するようになった。俺は消されはしない、絶対に消えたりするもんか。消されるくらいなら、消してやるッ!!その時、俺のメールボックスに着信、『罰ゲーム。富竹さんと同じ目にあってもらうよ』との書き込みが。富竹ってだれだ?!いやそれよりも、あいつら俺を殺す気だ!

「仲間達」の利用者ページと過去の編集を、完膚なきまでに叩き壊しながら、俺の頬には涙が零れていた。何で俺の編集を狙うんだ、何で俺を傷つけるんだよ。仲間じゃなかったのか?俺はお前たちのことを、とても大切な仲間だと思っていたのに、信じていたのに。その時、アンサイクロペディアに異変が起きた。ありとあらゆるページのデータがウイルスによって消えているのだ。他の編集者たちは『アンサイクロペたんさまの祟りだ!』と騒いでいる。俺のパソコンもおかしくなっていた。やつらか?やつらがやっているのか?殺されるくらいなら、いっそすべてを道づれにしようというのか?信じていたのに、信じていたのに!

その瞬間、ウイルスをやつらのパソコンに流し込む。仲間に自分が仕掛けられたウイルスをとっておいたものだ、もう手段を選んでいられない。これ以上、俺に殺意を向ける仲間を見ていたくなかった。きっとあいつらは、誰かに利用されただけなんだ。お前たちが俺を殺そうとしたって、俺はお前たちを信じる。お前たちは、俺の最高の仲間だったぜ!!

俺のパソコンがブラックアウトする一瞬前、ノイズででたらめになったパソコンに、一通のメールが表示された気がした……


『わたsdを信frて』

終焉 『L5発症』 そして次のアンサイクロペディアへ[編集]

どうしてこんなことになったのか、私にはわかりません。これをあなたが読んだときには、私のアカウントは消されているでしょう、残骸があるかどうかの違いはあるでしょうが。ただわかるのは「アンサイクロペたんの祟り」に関係があるということです。

このアンサイクロペディアには、ユーザーたちの編集を消そうという陰謀が確かに存在しています。ふと、立ち止まって、耳をすませてください。あなたの投稿履歴を『ぺたぺた』と足音を立てて追跡する音が聞こえるはずです。これを読んだあなた。どうか真相を暴いてください。それだけが私の望みです…。

劇返し[編集]

マァム.jpg

と、いう感じにいつの間にか疑心暗鬼と被害妄想に取り付かれて、とんでもないことをやらかしているのが「雛見沢症候群」なのよ。誰も貴方に敵意など持っていないし、誰も貴方の編集を消そうとなどしてはいない。たとえ貴方が投稿ブロックを受けても、その原因はあなた自身にあるの。たとえ貴方の編集が消されても、その理由を外に求めてはいけないわ。原因はいつも自分自身にあるのだから。この「雛見沢症候群」のように。

この病気を克服するには、「信じること」。自分が努力して進歩した記述は、きっと他の人たちにも受け入れられると。貴方を着けまわす足音など、最初から存在しないのだ。そんなものは、自分が他人に認められないことの「責任転嫁」なのだから…。

さぁ、このページを呼んだ貴方は、信じることの大切さを学んだはず。もう同じ間違いは繰り返さないはず。耳を済ませてみて…。貴方の後ろを着けまわす足音なんて、どこからも聞こえてきはしな……


ん?

関連項目[編集]