雛見沢村

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3、2、1、ボンバー!この国は爆破されました。もうこの国は影も形もありません。
この国はもう無いのです。あなたがこの現実をどう受けるかは自由ですが、確か戦友であったこの国に態度だけでも敬意を称してやってください。

通称雛見沢村(ひなみざわむら)は日本岐阜県鹿骨市集落であり、人口は2000人弱。DO YOU KNOW オヤシロ様? YES、雛見沢。I kill YOU, YOU kill ME. NO、雛見沢。

高台より望む雛見沢村

地理[編集]

鹿骨市の山沿いの隣の県境にある小さな寒村である。山奥のため陸の孤島であったが、近年モータリゼーションの発達と道路整備により隣接する興宮との交流も盛んになっている。余談ではあるがアニメ『ひぐらしのなく頃に』のシリーズに登場する同名の村をモデルとして発足した村である。

1983年6月21日に発生した火山ガス噴出のために立ち入りが禁じられ廃村状態になっていたが、近年解除された。

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

この村の伝奇では、かつて鬼ヶ淵沼から湧き出してきた人喰い鬼達を調伏、改心したが村で人と共存できるよう人の姿を与え、そして人と鬼が仲良く暮らしていけるよう村に留まり永く見守った、とされている。 人と鬼の混血が進み半人半鬼の仙人となった村人たちの生活を見守り続けたが、村人が出て行くこと、そして外界から侵入する者も許さないという俗世との交流の禁止といった、いくつかの戒律も同時に設けたという。 その伝承に出てくるオヤシロ様(二つ名を富竹ジロウ)がこの村の守り神にもなっており、古手神社に奉られている。

最寄の駅(高山本線興宮駅)から歩いて4時間、テレビもラジオもなく、バスは一日一度しか来ない、という陸の孤島であった為に、住民たちの団結力が高く、外から来る人間については村内で噂になるほどであった。

園崎家統治下の雛見沢は超大国といっても過言ではない。例を挙げるなら住民同士の団結力の証では、かつて高度成長期の首都圏への電力不足や治水への対策として、雛見沢村全体を水没させる雛見沢ダム建設計画、鬼ヶ淵死守同盟と呼ばれる住民たちの抵抗団体を中心とするダム闘争にて激しい反対運動や工事関係者の惨殺事件や、当時の建設大臣の孫が誘拐されたり、原子力発電等の新たな効率の良いエネルギーの転換政策により1978年末にダム計画は無期限凍結になる事となった。かつてのダム建設現場は不法投棄で溢れかえっている。

1983年6月21日から22日にかけての深夜に、雛見沢地区水源地の一つ・鬼ヶ淵沼直下のマグマ溜りと温泉より、猛毒の火山性ガス(硫化水素及び二酸化炭素)が噴出。ガス流となって数時間をかけて村内全域を覆いつくし、死者1200余名、行方不明者20余名を出し、周辺自治体から約60万人が避難することとなった未曾有の大災害が発生し住民たちは避難を余儀なくされた。なお、雛見沢地区の生存者は少年ただ一人である。

大噴火の後もガスの噴出が不定期で観測されたため、村の一帯は厳重に閉鎖されていたが、2006年には火山性のガスの観測が見れられなくなった為、22年ぶりに閉鎖が解除されたが、災害発生当時住んでいた住人はほぼ全員災害で死んでいるため実質廃村状態で、雛見沢は現在廃墟ばかりの状態であり、財政もここ並のピンチ状態である。

2016年を目処に核燃料再処理施設と核融合実験炉の建設が予定されていたが、前なんとか国交相枝野幸男行政改革担当大臣率いる民主党事業仕分けの影響で完全に事業はダム事業同様無期限凍結された。なお、先述の前なんとかさんの従弟にあたる前原圭一はかつて雛見沢村でダム闘争に巻き込まれて死亡しており、前なんとか国交相が八ッ場ダム・川辺川ダム等の主要ダムの建設中止に積極的なのは、雛見沢村のダム闘争が主たる理由であることも否めない。

「なぜ二つも核燃料再処理施設が必要なのでしょうか?一つだけでなければダメなのでしょうか?」
雛見沢に建設される核燃料再処理施設 について、蓮舫

余談だが、『ひぐらしのなく頃に』アニメ版の音響監督は歩く疫病神だった。そりゃ壊滅するわ。

行政[編集]

村長公由喜一郎
表向きはそうだが、実際には魔法少女リリカルダホマがすべての政権を握っている。

地域[編集]

教育[編集]

教育施設は1985年に閉鎖された興宮小学校の分校のみとなるため(実際は1983年の災害で校舎が使い物にならなくなっている)、雛見沢在住の小学生は興宮小学校の方に通わされている。最も雛見沢に住む子供なぞ殆どいないが。

学校[編集]

  • 雛見沢分校
さまざまな妖怪の養成所のようなものだったが1983年の災害で校舎が使用不能になり1985年に閉校。災害当時は三島平八が校長を務めていた。
今現在、雪の影響で分校はあとかたもない。

医療機関[編集]

  • 入江診療所
雛見沢症候群T-ウィルスに感染する事によって発症する感染症)の研究が盛ん。

発電所[編集]

  • 雛見沢原子力発電所
昭和51年に臨界。出力100万kW級のヘリウム冷却高速増殖炉と出力80万kW級のガス冷却重水炉を一基づつ持つ。
一人の少女に占拠された事があり、その際に原子炉建屋上部が吹き飛ばされて放射能が漏れかけた。
修復工事中に雛見沢大災害が発生。そのまま放置されているが核の余熱が死の雛見沢に不気味なパワーを与えている(PCゲームS.T.A.L.K.E.R.に似たような雰囲気が出ているので参考にされたし)。

交通[編集]

陸の孤島と化している。なお昭和46年までは昭和鉄道とよばれる軽便鉄道雛見沢口駅白川村駅で営業していたが、過疎化の影響で廃止された。この鉄道は元々金名鉄道白山下までつなげる予定であり、現在でも廃線跡や未成線の路盤が残る。また、国鉄城端線と越美南線を城端駅~鹿骨駅~白川村駅~北濃駅で路線を延伸し、つなぐ計画があり、1972年に越美南線は北濃~御母衣、城端線は城端~梨谷で延伸工事を鉄道建設公団が着工したが、採算の見込みがないと国鉄が北濃駅構内での工事を拒否し1974年に計画は凍結され、国鉄再建法の影響を受け昭和56年に計画を断念した。そのためトップハム・ハット卿が工事を引き継いで南北鉄道として開業させたもののヘンリーが牽くフライング・キッパーが事故を起こしたため一週間で廃線となった。

道路[編集]

  • 県道172号線
  • 雛見沢林道
  • 国道156号(不通)
  • 東海北陸自動車道 雛見沢IC。2008年7月の開通時に交通社会実験の一環として飛騨河合パーキングエリアに併設された。予想よりも利用者が少なかったため(1日あたり2台)、2008年12月31日をもって閉鎖された。なお、現在は保トンネルと飛騨トンネル間の非常退出路として整備されている。

鉄道[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

  • 古手神社
  • 綿流し
  • 道の駅「鬼が淵の里 雛見沢」 - 無人である。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]