雅山哲士

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「もう…勘弁してください…。」
雅山哲士 について、明治大学相撲部監督・北条巌
「あの…私に付き纏わないで下さい…。」
雅山哲士 について、メロンパンナちゃん
「同時代に大学にいたが、人として見る事は出来なかった」
雅山哲士 について、大学の3年先輩・玉力道栄来
「もうその話はやめてくれ」
雅山哲士 について、大学の3年先輩・武雄山喬義

雅山 哲士(みやびやま てつし、1977年7月28日 - )は、我らが大日本帝国茨城県水戸市出身で、藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)所属の現役SUMOUレスラー。明治大学時代の悪行から、先輩からこぞって畏怖されたおり、後輩は大相撲界に入門したがらなくなるという驚異的な能力を持つ。一応、大関互助会第7代会長であり、現在は大関互助会OB会現役力士委員を務める。

来歴[編集]

入門前[編集]

実家はかつて茨城交通のオーナーを務め、ホテルも経営するなど、かなり裕福な家庭に育つが、顔は残念なことに。武双山(現・藤島親方)の父親でもある茨城県相撲連盟理事長・尾曽正人から直々に指導を受け、20世紀最後の怪物と呼ばれるようになる。だが、なぜか少年時代に好きだった力士は琴椿(現・白玉親方)である。

武双山は専修大学であるが、雅山は明治大学へ進学。入学早々同級生やヘボい後輩をいびり始めた事から、当時4年生として相撲部に在籍していた武雄山喬義(現・山分親方)、玉力道(現・松ケ根親方)らからは畏怖の目で見られ、避けられていたという。後輩が入部してくると後輩をいびり始めるようになり、2人の後輩に目をつけて暴行を開始した。1人は頭部の怪我を悪化させ入院、もう1人も鼓膜を破るなど、だらしない様子であったため雅山は更に暴行を行い、2人のうち1人がスカしたため発覚。雅山は自宅待機となり、幕下付出入門を承認することを条件に明治大学を中途退学することとなった。

大相撲入り[編集]

明治大学を中退することになったため、武双山の在籍する武蔵川部屋に入門。師匠の武蔵川親方(第57代横綱三重ノ海)は雅山が暴行を行っていることを承知した上で、部屋の力士には一切暴行しないという条件を付けて1998年7月場所に初土俵を踏ませる。

もちろん、他の部屋の力士を暴行することは問題なしとされたため、対戦が予想される相手を数多く暴行し、全勝のまま2場所で十両昇進。明治大学へ出向いたこともあったが、大学関係者は軒並み国外逃亡を図るなどの嫌われぶりであったため、後に出入りを断念することとなる。

十両も2場所で通過し、通算4場所の最短記録にて新入幕し、またしても20世紀最後の怪物と呼ばれるようになった。そのあまりの凶悪性に、怪物ではなく妖怪だとする人物もいたが、世間一般には怪物で通っているようである。その勢いで2000年7月場所では早々と大関互助会への加入が決定。武蔵川部屋は横綱へ突き抜けて顧問に就任した武蔵丸の代わりとして3人の新会員提供を要求されており(武蔵丸の横綱昇進で貴ノ浪千代大海だけになってしまうため)、出島、武双山に次ぐ3人目の提供者となったのである。

大学出身の頭脳も買われ、早々に幹部へ就任するものとみられていたが、入会当初から広報部長の職だけとなっており、副会長の座は千代大海から特例採用の武双山へと引き継がれていった。そのため広報部長のみで留まることを余儀なくされ、ようやく会長に就任できたのは出島が大関互助会を休会することとなった2001年9月場所である。

8代大関互助会長に就任した雅山はその手腕を遺憾なく発揮したかったのだが、会員に裏切られて1場所で休会へ(彼はこの事が相当頭に来たらしく、翌年の7月場所にその会員を半殺しにしている)。そのまま復帰できずに大関互助会からの脱会を余儀なくされてしまった。大関互助会を脱会した力士はOB会へ参加し、現役力士委員として活動へ貢献することとなるのだが、貴ノ浪、出島の2人が再入会規定の適用を諦めてOB会入りをしているのを目の当たりにして、大関互助会への再入会を目指すこととなった。

しかし、ただでさえ大関互助会入会の際に10人中3人が反対票を投じたというのに、再入会は遠い道のりとなった。雅山はしかも明治大学の後輩から嫌われており、明治大学相撲部が衰退、入門者がいなくなるという事態を巻き起こしてしまった。同部屋に在籍している3つ上の武雄山ですら、公の場意外では決して交流を持ちたがらず「何でうちの部屋に来たんだ」と嘆くほどであったくらいで、相撲界全体から迫害されていた。しかも武蔵川部屋には垣添(現・押尾川親方)、剣武(引退)という日本体育大学の嫌われ者コンビも在籍している事もあり、余計に嫌われることとなる。師匠が理事長になれたのが不思議なくらいである。

出島が妖精、雅山が妖怪という定説を覆すことは出来ず、2006年5月場所では新大関・白鵬がぬるぬるを繰り出して優勝決定戦で勝利に行くことに。白鵬はぬるぬるが効くことを実感してしまったようで、その後ぬるぬるを多様して第69代横綱へ昇進してしまうこととなり、白鵬に近しい者以外からは「雅山のせいだ」とまで言わしめられた。

大関互助会再入会失敗[編集]

2006年7月場所は10勝5敗とし、直近3場所で34勝11敗。文句なしで大関互助会再入会が決まるものと思われたが、そうはいかなかった。

前回は武蔵丸が横綱に昇進する見返りとして昇進を果たしていたが、武蔵丸も互助会の実力者武双山ももう引退している。審判部は大モメとなり、藤島親方(元大関・武双山)こそ昇進は問題なしとしていたが、ほとんどの審判が反対票を投じたとされ、放駒審判部長(元大関・魁傑)は昇進のしの字も出ていないとはぐらかしてしまった。

ちなみに、これが当時の審判部布陣である。中には藤島審判のように賛成票を投じたものもいるが、無記名投票(藤島は審判部配属2場所目であり、うっかり記名して笑いものになった)であったため、誰がどんな票を投じたのか、そして投票された票の比率も不明とされている。

  • 放駒 輝門(審判部長、元大関・魁傑、二所ノ関一門)
  • 三保ヶ関 昇秋(副部長、元大関・増位山、出羽海一門)
  • 九重 貢(副部長、第58代横綱・千代の富士、高砂一門)
  • 春日野 清隆(元関脇・栃乃和歌、出羽海一門、明治大学出身
  • 田子ノ浦 啓人(元幕内・久島海、出羽海一門)
  • 高崎 昭和(元幕内・小城乃花、出羽海一門)
  • 藤島 武人(元大関・武双山、出羽海一門)
  • 朝日山 利秋(元大関・大受、伊勢ヶ濱一門)
  • 桐山 国由(元小結・黒瀬川、伊勢ヶ濱一門)
  • 春日山 由晃(元幕内・春日富士、立浪一門)
  • 追手風 直樹(元幕内・大翔山、立浪一門)
  • 君ヶ濱 弘光(元関脇・北瀬海、高砂一門)
  • 中村 榮男(元関脇・富士櫻、高砂一門)
  • 陣幕 哲也(元幕内・富士乃真、高砂一門)
  • 錦戸 将斗(元関脇・水戸泉、高砂一門)
  • 時津風 順一(元小結・双津竜、時津風一門)
  • 式守 秀五郎(元小結・大潮、時津風一門)
  • 鏡山 昇司(元関脇・多賀竜、時津風一門)
  • 井筒 好昭(元関脇・逆鉾、時津風一門)
  • 松ヶ根 六夫(元大関・若嶋津、二所ノ関一門)
  • 阿武松 広夫(元関脇・益荒雄、二所ノ関一門)
  • 粂川 佳弘(元小結・琴稲妻、二所ノ関一門)
  • 貴乃花 光司(第65代横綱・貴乃花、二所ノ関一門)

このうち、誰が賛成票で誰が反対票であったか、雅山は時津風親方以外の22人に関して把握できており(時津風親方は聞き取り調査中に協会を不当解雇、そして不当逮捕、不当投獄されたため真相不明であるが、賛成票の可能性が高い)、反対票を投じたものの中には、これが原因となって命を落とした者もいる(田子ノ浦親方)。

現役晩年[編集]

先の事件をきっかけに大関互助会再入会を諦め、出島の仲介でOB会に現役力士委員として参加することになった。2012年1月場所には因縁の放駒親方(当時理事長)と同じ土俵に小結として挨拶に立つなど、OB会に忠誠を尽くしている動きが多く見られる。また、8代会長ということで、現役を引退した暁にはOB会運営委員(取締待遇)も確約されている。

しかし手厚い待遇がなされているのは大関互助会関連のみ。外部では相変わらず雅山殺害を企むものが大勢おり、2010年には大相撲野球賭博問題で多くの力士とともに不当処分をくらい、7月場所の出場が不能となり、翌9月場所では大関経験者として十両に陥落してしまった(ちなみに現役最終場所も前場所の大敗で十両に陥落している)。また垣添もそうなのだが、年寄名跡を確保しようと武蔵川親方が四方を駆けずり回って交渉しているのだが、年寄名跡確保の手立ては無い。雅山に関しては3年間現役名のまま協会に残れる特権があるが、同じく5年間の特権を有していた武蔵丸が高見盛から年寄名跡を借り受けるという惨めな目にあうなど、武蔵川部屋、そして現在の藤島部屋は非常に冷遇がなされているが、これはひとえに雅山のせいである。審判部に藤島親方と大鳴戸親方という2人の親方を行かせてもらえるだけまし。

エピソート[編集]

  • 雅山の育成によって悪童力士を有することに積極的になった武蔵川親方は、その後垣添、剣武の入門に向けて動き出すこととなる。雅山がいなければ彼らは大相撲入りは出来なかったと言える。
  • 現在は大銀杏姿でコミックマーケットに顔を出す力士・宝富士が幕内に昇進してきて人気者となっているが、雅山も負けず劣らずメロンパンナちゃんが大好き。同人界隈も含めて多数のグッズを買い込んでいるのは周知のとおりで、ヲタク仲間の豊ノ島にすらネタにされる始末である。ちなみに、野球賭博の不当処分から明けた復帰場所では、同じ境遇の豊ノ島が初日の相手であった。そのほかブロガー・普天王(現・稲川親方)とも非常に仲が良い。
  • 過去に武蔵川部屋公式サイト内にブログを持っていたが、一般人と口論の末炎上し、閉鎖。悪童ぶりが一般人にも被害を与えた瞬間である。
  • 四股名を「雅風」に改名したがっているが、尾車部屋から猛抗議を受け、改名できずにいる。
  • 東洋大学の同学年・玉乃島(現・西岩親方)から暗殺対象と見られている他、元小結千代天山からも暗殺対象として見られている。
  • 大関経験者でありながら、三役を経験していない力士に全敗しているケースがいくつかある。土佐豊(前頭筆頭止まり)に3戦全敗、山本山(前頭9枚目止まり)に1戦全敗、大碇(前頭11枚目止まり、現・甲山親方)に1戦全敗、蒼国来(前頭14枚目止まり)に1戦全敗である。

関連項目[編集]

朝青龍殴られ 01.jpg この項目「雅山哲士」は、ちゃんこ不足のようでごわす。
さあ、そこの新弟子も力士の要たるちゃんこを作ってみるでごわす。強く当たったらあとは流れで行くでごわす。ごっちゃんです! (Portal:スタブ)