2009年の阪神タイガース

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ここでは2009年における、阪神タイガースに関する事象を振り返る。

新監督就任と、その構想[編集]

前年の2008年、序盤戦の快進撃で世間に優勝を信じさせておきながら、シーズン終盤に「ありえない大失速(13ゲーム差を逆転される)」を演じて関東の大男軍団リーグ優勝を奪われたどころか、インチキ逆転ゲームクライマックスシリーズでレギュラーシーズンにおいては相当のゲーム差を置いていたはずの3位・尾張の竜群に敗退、日本シリーズへの出場権すら獲得できなかった恥晒しのどんでん監督が辞任。
それに伴い、後任の第31代監督には、85年の日本一メンバーであり、90年代に代打の神様と崇められたマユミーマウスを招聘。優勝争いの常連と成りだしたチームを託す事となった。

その真弓新監督。投手を含めた『守りの野球』を重視し

  • 先発投手陣による完投試合数の向上
  • JFKを解体させ、久保田智之を新たに先発陣へ加える

など、独自プランを公表。理想に燃え、ただならぬヤル気の程を内外に示した。

予期せぬ慶事?[編集]

3月10日、『カーネル・サンダース、道頓堀川から引き上げられる』と報じられた。

1985年の悪ふざけによって沈められていたカーネルの、24年ぶりの発見は、次第に「呪い」を断ち切れる『慶事』として扱われだした。2008年もそうだったが、信じられないドッチラケを幾度も目の当たりにしている以上、誰もがそう信じたくなるのは無理のない話である。

しかし、誰かが呟いた―『まだ完全体やないやんけ…』と。

そう、カーネルのトレードマークとも言える眼鏡は見つかって無かったのである。

それでも優しいカーネルは、長い歳月にも笑顔を絶やしていなかった。もし、これが横山のヤッさんだったなら『怒るで、しかし!!!メガネ、メガネ…』と、一波乱あったに違いなかっただろう。

ペナントレース[編集]

主だった試合を交えながら、2009年の戦いを振り返る。

4月[編集]

いざ、09年ペナントレースが始まってみると、開幕からリモコン不要の鉄人の活躍が目を引いた。左ヒザ手術のために、満足なキャンプを送れなかったという中でのシーズンイン。それが1週間の内に1試合3本塁打を2試合もやってのけ「おいおいっ!1年分、打っちゃったんじゃないの?」なんて心配までされた。「呪い」が解けたと信じる人が増えだしたのも、この辺りである。

  • 7日 - 甲子園での赤い激貧球団戦。7表の時点で4-10にまで引き離されながらもジワリジワリと追い上げると、鉄人の1打で11-10のサヨナラ勝ちを呼び込んだ。
  • 25日 - MAZDAスタジアムでの赤貧戦。2表、攻撃中ながら3安打で23得点を挙げる猛攻。しかし『そうまでして勝ちたいんか!!』との猛抗議により、2表の得点分を取り消された
  • 30日 - なんだかんだで借金1という、甲子園での球界お荷物戦。0-2で負け目前の9ウラ2死、無走者から代打今岡誠の内野安打を皮切りに、5連打。またも鉄人打でサヨナラ勝ち。

ただ、4月だけで30打点を挙げた鉄人の働きに引っ張られても、全体的には調子の上がらないチーム状態。象徴的なのが期待された害人外人のメンチを放置プレイ…もう、駄メンチ(22日から抹消)。でも「今年は弱くない、噛み合えば浮上できる」と、期待を持たせるだけの試合を幾度か見せていた。でも、それでいて5割である。

5月[編集]

しかし、徐々に新監督の怪しげな采配ぶりが見え始めてきた。『無脳、ベンチで不動、何とかせなと言うだけで何もせん』と、どうやら負の三拍子を揃えていた模様。ボロ負けを落とすのは仕方ないにせよ、近年見られなかった勝ってた接戦を拾えない惨状が、チームの行末を暗くしたのである。

  • 2日 - 甲子園でのオレンジの金満球団戦。劣勢から5-5まで追い上げたものの、9表に火の玉ストレートの守護神がいきなり、東大受験生とは違う坂本ちゃんから勝ち越し弾(坂本、この日2本目)を浴びて5-6の惜敗。火の玉、翌日に登録抹消。
  • 9日 - 横浜スタジアムでの、お荷物戦。0-0のまま7ウラ、能見が無死満塁から2死まで踏ん張ったものの、代打の金城に勝ち越し左中間2塁打を浴びた走者一掃の0-3、熱投の132球で7回降板。しかも8ウラには、半人前の3投手を投入する真弓采配。相手チーム大矢監督の お株を奪う『マシンガン継投』を3点劣勢の終盤で披露した結果、4点目を奪われる。お試しキャンペーン中と思って登板させる気前の良さを見せたつもりだったのか?おかげで一部ファンからは『目クソ、鼻クソ采配のぶつかり合い』などとバカにされた。一方、打線は4安打で見殺し、0-4の完敗。
  • 13日 - 甲子園での赤貧戦。粗いさんの単発、1-0で逃げ切ろうなどという「積極的な消極策」にすがるも、8表にウィリアムスの押し出しで延長へ。10表、火の玉が2三振を奪ってからの四球。直後に4番のゴリラ決勝2塁打を浴び、1-2の惜敗。打線は5安打。
  • 15~17日 - 神宮でのふにんきのツバメ戦。3戦で1点ずつしか奪えずに3タテを食らう。しかも、このカード。仰木マジックとは真逆の『黒魔術』と評される新監督の采配に、思いっきり振り回された。久々に大勝した14日に3安打した桜井広大を外して、2軍から駄メンチを召還したのである。「あれだけダメと判ってて、まだ見切れんのかっ!!」という御叱りをモノともせず、やりたい放題という2試合連続でスタメン抜擢した結果は、6打数ノーヒット1三振。治りかけた風邪を再びこじらせたように、打線は、またもや貧打病に蝕まれた。18日には再抹消。←未練を持たせるような働きを1度もしてないんだ。はじめから呼び還すなっ!!
  • 26日 - 甲子園での駄菓子屋さん球団戦。2-1で逃げ切ろうとしても8表にウィリアムスで追いつかれ、9表に火の玉が勝ち越しを許して2-3の逆転負け。←狩野くん、落下点が変わったのなら足使って動こうぜ。捕邪飛の仕切り直しが『決勝打』では笑えない。
  • 31日 - 札幌での北の国から球団戦。あれだけ貧打に泣かされてきたというのに、珍しくトリちゃん鉄人狩野恵輔の3安打、ヘッスラ・ファイター粗いさんの2安打に代表される17安打(併殺ゼロ)を浴びせながら12残塁、4-4の引き分け。←広大・今岡ッ、満遍なく安打が出てるのに誰で途切れてんだッ(怒)!? 振れよ、大和(怒)!!

貧打が明るみに出て、得点の匂いも感じさせないというのに、勝てない元凶でもあった「凍りついた中軸」は不動としながら、少ないチャンスを演出して僅かな得点を挙げ、数少ない勝利を呼び込んだ下位打線メンバーたちを明くる日になると簡単にスタメンから外して、むざむざ連勝を放棄する。こんな凡戦の繰り返しで優勝争いAクラスに留まろうとしてるけど、すでに暗黒時代フラグが……。えっ!!!近鉄での監督代行時代に9-0の試合を継投失敗で落としてるの!?ダメじゃんそれって、ますます暗黒…。カーネルの呪いは恐ろしく強烈らしい……。このままでは再び、長い冬眠期間に……。

しかも交流戦では、あの「暗黒時代のユニフォーム」を復刻した。いくら「日本一達成時のユニフォーム」と言い繕っても、暗黒時代の方が長かったんだから無理がある。だいたいチーム自体が阪急グループによって放置プレイされている。
金満やツバメなんて遥か彼方、やがて赤貧・味噌カツとの低次元な3位争いからも振るい落とされていった。気付けば横浜の足音が……。

6月[編集]

そんな絶望的な貧打を解消するべくアラバマの大砲の緊急獲得に、お願いしてみた。昨季には扇風機として知られており、お祭り集団でも獲得の賛否が大きく分かれた。当たるも八卦、当たらぬも八卦、って当たったよ…。このアラバマ砲の加入で上昇気流を掴んだシーズン初の4連勝!!ところが直後にリバウンドの5連敗。チームの追撃機運は腰から砕けた。

  • JFKに頼り切った戦いに慣れ過ぎて、新しい「勝ちパターン継投」を確立出来ないでいた事
  • ヨレヨレ先発の見切り時期を見誤って、勝てる試合をヒックリ返された事
  • せっかく得点しても簡単に失点したら、反撃する力を喪失する弱々しい打撃陣

など他にも、いくら挙げてもキリの無い複合的な要因が絡み合って、再び緩やかな下降線を辿っていくチームと、采配を振るっといてこのザマという新監督に対し、お祭り集団のバクハツは留まる所を知らなかった。

  • 30日 - ナゴヤでの味噌カツ戦。相手先発の山井をボコッて2表の途中で4-0のリードを奪うも、そこから継ぎ込まれた5投手には8表終了まで無安打という沈黙。その間、2順目から捉えられ始めた下柳が3盗塁を許すなど、相手走者に振り回され続けたバッテリーは、脇役の藤井に満塁弾を食らう大失態。4-5で落とした。この日以降、下柳-狩野の組み合わせは消滅。ちなみに、赤いチビッコの首負担を悪化させたのも、この日の初回盗塁時である。

7月[編集]

オールスターまで[編集]

それまで頑張ってきた先発陣にも綻びが見えてきたので、一部メンバーの刷新を図ってみた。2軍で出番を待っていた先発の救世主たちをテコ入れにして、再び立ち直ろうと目論んだのである。
ところが、せっかく起用した久保田も杉山も、呆れるほど恥ずかしい投球内容で序盤から試合をブチ壊し。ちなみに2人とも、2度とチャンスを貰えずにシーズンを終えている。

  • 7日 - 杉山のダメ先発の前日、赤貧に招かれた新潟2連戦の1戦目。あまりの窮状に血迷った監督のトンデモ采配が炸裂。たった1試合、守備固めで無難だったからという「見切り発車」で、バルディリスを素人同然のライトで先発起用させたら、案の定バンザイ。しかもこの日、他の選手にも伝播したチームの守乱は5失策を数えた。結局、奇策のつもりが自滅消沈という、1-8の得点差以上の醜態を晒した。また、この日からオールスターまで新井は6番降格。
  • 22日 - 前半戦最終日の甲子園でのツバメ戦。同じ11安打を放ちながら、スコアは0-5の完敗。「3併殺」と術中にハメられた館山昌平の完封を許す始末である。このツバメ3連戦を2敗と雨天順延で、1つも勝てなかった。結局、借金14まで膨らませ、3位のツバメにすら13.5ゲーム差も引き離された5位で前半戦を終えた。むしろ、一足早く転落していったハズの下の横浜とは5ゲーム差にまで縮まっている。最下位転落も真実味を帯びてきた…。

さすがのお祭り集団であっても諦めモードに入ったように思えるほど、前向きな熱いバクハツを見せなくなり始めていた…。

オールスター明け[編集]

  • 28日 - あの横浜との最下位争いで幕を開けた後半戦。初戦だというのに初回から4番デブの3ランを食らった安藤のせいで、重苦しい展開。1点ずつ追い上げ2-3という6ウラには失策絡みで1死1・2塁の好機拡大ながら、代打の桧山さんお約束の三振。結局、赤いチビッコの適時打で1点を搾り取り、3-3とするのに精一杯。その途端、7表の先頭打者ハマのシャクレに勝ち越し単発を不用意に許す筒井の失態。
    その後、2四球を貰った7ウラ無死1・2塁の好機を5・6・7番打者が進塁すらさせられず、敗色濃厚。…だったところを9ウラに、本日4タコの大ブレーキとなってた5番粗いさん適時打で延長戦に持ち込むと、10ウラにはタラコの1打でサヨナラ辛勝。相手の10残塁に対し13残塁という物量をぶつけただけという作戦と呼ぶに値しない攻撃が、たまたま報われたというイライラ感ばかり漂う緊迫感に溢れる接戦を拾った。

どうも、この勝ちで弾みがついたらしく4連勝を飾った。

8月[編集]

ここに至ってチーム状態が上向いた。とはいえ、初の月間勝ち越しを辛うじて決めた程度である。

  • 8日 - 広島での赤貧戦。ちょうど前週の金満戦で、金村-筒井のリレーで惜敗したんで、こんどは筒井-金村と順序を変えてみた。そしたら0-8で試合をブチ壊した。
  • 27日 - ハマスタでの、お荷物戦。先発の久保と救援の江草による4連続の押し出しで意気消沈。天敵のハマのリーゼントに7安打を浴びせても要所で手も足も出せずに完投を許し、最終回に1点をむしり取ったのがやっと。

阪神以上の貧打に悩まされる赤貧が転落してきたんで、低レベルな4位争いに終始した展開になった。それでも、翌月にまで継続された「7カード連続勝ち越し」が決め手となって、赤貧を振り切って4位を保持できそうになった。

9月[編集]

ここへきて、くだらないクライマックスシリーズへの出場権が見え始めた為、諦めさせていた お祭り集団を盛り上げて見せた。
これも7カード勝ち越しの効果…なんて誇らしく聞こえるが、実は「ツバメの大失速によるタナボタ」である。

  • 12日 - 夕方の他所の試合でツバメが7連敗目。勝てば3位浮上という甲子園での お荷物戦。しかし、福原が先制の3点を容易く献上した為に、追い上げきれずに2-3というドッチラケ。それどころか赤いチビッコ、今季3度目の戦線離脱という敗戦以上の災難に見舞われた。
  • 26日 - ナゴヤでの味噌カツ戦。4表まで7-2でリードしていながら、先発の下柳が踏ん張れない。しかも後始末の江草まで、この年の夏から悩まされた「ノーコン病」の発作に見舞われた。結局、7-10で落とした。

3位に浮上できたまでは良かったが、途端に赤貧戦・お荷物戦の2カードで連続負け越し。正念場で福原や下柳など、1度はローテから外した投手へ懲りずに先発機会を与えた『黒魔術』には、苦しめられ続けた。結局、フラフラのまま10月に突入。ツバメや赤貧との3位争いを、なかなか制せなかった。

なお、2軍では秀太の現役引退発表があり、23日の引退試合では2軍戦なのに7000人もの観衆が甲子園に詰めかけている。「なんだ、たった7000人か…」と閑散とした客席を想像されがちだが、どこのチームも2軍戦で外野席を開放する事は無く、ネット裏からベンチ上部の内野席までの開放に限られている。つまり、その限定的な客席での7000人とは、ほぼ満員に近い集客を意味するのだからオドロキである。

10月[編集]

  • 3日 - 甲子園でのツバメ戦。2表に0-1と先制されてもこども店長ならぬ、こどもエースから直後に2点を奪い返したが、3表には安藤が2死から3連打を浴びて2-4と再逆転を許した。大事な1戦なのに福原並みの大失態という安藤を3回で降板させた継投で4ウラには4-4まで追い上げ、こどもエースを攻略しかけた。ところが5回以降は突然の無安打。しかも、3番手の桟原が6表に本塁打を含む3長打を浴びて2失点。結局、こどもエースの完投を許して4-6で負けた。

ツバメ戦3戦を含む、残りの5戦でいきなり敗戦である。それでも2・3戦を拾って、神宮におけるツバメとの勝率5割未満同士の低レベルな最終決戦の2連戦に臨んだ。

  • 8日 - 2先発しかいないツバメなのに、性懲りも無く安藤に先発を託す『黒魔術』。粗いさんの失策絡みとはいえ、踏ん張れない安藤が2点を許すと、もうお手上げ。最多勝争いの掛かっている館山昌平に阻まれ、5安打完封負けで3位から転落。窮地に立たされた。
  • 9日 - またもや、こどもエース。先制・追加点を許して0-2の劣勢という7表、安打と遊撃失策で無死1・3塁の好機到来。しかも代打の光信も適時打で続き、1点差に追い上げる。だが、次のヘッスラ・ファイターの犠打は3塁封殺、タラコも右飛で走者は1・2塁のままでアウトだけを積み上げた。それでもトリちゃんの1打は中前を阻まれたが、満塁にして望みをつないだ。この場面で4番の登場に、この2連戦で最大の盛り上がりを見せた お祭り集団。
    ところがドッコイ、初球の外角高目を捕邪飛なんて初球を2ゴロ併殺に斃れて、延長戦での好機をブッ潰した鷹の4番よりも無残な結果に終わった。結局、鉄人は4月で1年分を打ち尽くしたようである。

あれだけクライマックスシリーズを期待させといて、まさかの2つとも敗戦するドッチラケを演じた阪神。
いくら監督を替えようとも『伝統』の戦いぶりまでは改まらないことを見せつけたのだった。

シーズン戦績[編集]

総得点 総失点 防御率 打率 総安打 失策 盗塁 犠打 犠飛
67 73 4 548(-30) 538(-18) 3.28(-0.01) .255(-.013) 1233(-52) 86(+24) 79(+17) 134(-22) 34(-12)

*()内は、前年度比。

得点を挙げられぬ、もどかしい終盤戦だった2008年を下回る得点なのだから、2009年の苦戦なんぞ当然の結果。その上、失点を減らしていても、投手陣の足を失策で引っ張る。こんな出来で、クライマックスシリーズを勝ち上がろうとは「お笑い種」である。ただ、赤いチビッコの戦線離脱があっても、狩野の10盗塁の分よりもチーム盗塁数を増やしてるのは意外。

シーズンオフ[編集]

『使えないヤツなんて、バッサリ切るよ政策』を断行した球団。

といった、かつての大駒であっても来季の契約を結ばない、という大胆な姿勢を示した。そのくせ桧山進次郎といった、足の引っ張り度合いなんて今岡と遜色の無い古参たちのクビなら つないでいる。

一時代の終わりから球団の革新期に差し掛かりつつある中で、11月になって突然降って沸いたのがジョージ・マッケンジーの日本球界への再就職希望話。そこで、「補強ポイントであろうとなかろうと、何でも飛びつけっ!!」との、90年代の無計画さを彷彿とさせる獲得姿勢が功を奏し、ジョージ入団を実現させた。後日に報じられた「フジモンキーの逃亡」なんて、屁とも思わないビッグ・ニュースである。

しかし、黄色い お祭り集団に来季への希望を抱かせて2010年を迎えようとしていた12月9日、不意打ちをやらかした。
共産主義者の引退発表である。せっかくジョージ獲得で浮かれていた、気の早い優勝気分は消し飛んでしまった。

結局、オフに至るまで「盛り上げさせといて、必ず最後にズッコケさせる」という、『阪神の伝統』を貫き通した2009年であった。

関連項目[編集]

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