阪急京都本線

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阪急京都本線(はんきゅうきょうとほんせん)は、阪急グループが所有する鉄道路線である。京都大阪を結ぶ主要路線の1つである。

概要[編集]

大阪・梅田から京都・河原町まで、つまり二大都市の繁華街から繁華街までの約50kmを結ぶ利便性の高い路線である。それゆえ、旧国鉄けいはん乗る人おけいはん、ついでに新幹線と競争相手が多い。

厳密に言うと起点は十三で、梅田までの2.4kmは乗り入れ、十三から河原町までの45.3kmが本来の京都本線らしいが、鉄道マニア以外は誰も気にしない。また、電車でDでの競技路線としても知られている。

路線概要[編集]

JR京都線(東海道本線・京都~大阪間)とほぼ並走していると言っても過言ではない。後には、見せつけるかの如く東海道新幹線も一部並走させた。

駅の一覧[編集]

梅田駅 - (中津駅(京都線には駅が無い:全列車通過)) - ☆十三駅 - 南方駅 - 崇禅寺駅 - ☆淡路駅(→千里線・堺筋線) - 上新庄駅 - 相川駅 - 正雀駅 - 摂津市駅 - 南茨木駅 - ☆茨木市駅 - 総持寺駅 - 富田駅 - ☆高槻市駅 - 上牧駅 - 水無瀬駅大阪府 | 京都府大山崎駅 - 西山天王山駅 - ☆長岡天神駅 - 西向日駅 - 東向日駅 - 洛西口駅 - ☆桂駅(→嵐山線) - 西京極駅 - 西院駅 - 大宮駅 - ☆烏丸駅 - ☆河原町駅 - 鴨川

☆印は特急停車駅。標準軌・直流1,500Vで、理論上の最高速度は110km/hだったが、2010年3月から相川~東向日間の最高速度が115km/hに引き上げられた。

表面上は千里線経由で大阪市営地下鉄堺筋線が乗り入れていることになっている。本当のところは、大阪市営地下鉄が大人の事情により相川~正雀の間にしか車庫(東吹田検車場)を確保できなかったため、入出庫ついでに営業を行っている。ってな訳で登場したのが、早朝深夜でもお構いなしに8両で運転する超空気輸送状態の相川発天下茶屋行き普通である(まあ、地下鉄線内ではそこそこ乗ってるんだが・・・)。桂駅からは嵐山線が分岐している。

正雀駅には正雀工場と正雀車庫が、桂駅には桂車庫が隣接している。場所を選べば、留置車輌を眺めてぼーっとすることもできる。

接続路線[編集]

まず梅田駅であるが、きわめてカオスである。

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

車両[編集]

先頭車ダブルパンタは伊達ではない。

京都本線用の車輌は、区別のため系列名の下3桁目が3になっている。

実は8300系は阪急のものでないとか、誰も気にしない。

種別[編集]

日中・休日[編集]

特急[編集]

停車駅は以下の通り。

  • 烏丸十三 - まぁ、ここは停めないとしょうがないだろう。
  • 高槻市 - JRの新快速は停まるし、対抗して停めないと。
  • 長岡天神茨木市 - 快速停まるし、ここも対抗して停めないと。
  • 淡路 - 十三より乗り換え客が多いし、ここも停めて当然だろう。
  • - JRは関係ないけど嵐山線あるし、ここも停め当然だろう。
こんな感じで停車駅が昔の急行並になってしまった。スピードはJR西日本の快速(高槻から各駅)より遅い。ていうか、JR西日本の普通と大して変わらないじゃないか。

快速特急(京とれいん)[編集]

そんな訳で特急は使い物にならなくなり、6300系も使い物にならなくなってしまったが、6300系が引退してからしばらくして何と6300系運転の懐かしの京阪間ノンストップ特急が帰ってきた!!2ドアという訳で自らが使いにくくなるという自爆行為をしてしまったが、その自爆行為の原因を有効活用して観光特急として京とれいんとして復活したのである。そして内装は京町家風にリニューアルされて、1975年に京都へ行く特急としてふさわしい車両としてデビューした6300系は2011年に京都へ行く現代の特急としてふさわしい車両として再出発したのである。だがいざ京とれいんに乗ってみると大抵が特急の1分後の続行運転のため直前の特急が駅に停まるとかなりのノロノロ運転になるし、こいつが走る時に待避する準急は駅での待避時間が増えてしまうから、準急利用者から不満の声が絶えなくなり、また正雀でただでさえダブル待避していた普通はこいつの待避をすると驚きのトリプル待避になってしまうため、正雀の前後をまたぐ普通利用者からも不満の声が絶えなくなっているが、6300系は阪急のまさしく大事な資産であり、その資産が現時点で唯一使える運用がこの運用のため、どうしようもない。

準急[編集]

南茨木、上新庄、南方はJR京都線と競合関係には無いが、利用者がかなり多いのでなんか優等作ったほうがいいんじゃね? ってことでこんなのができてしまった。と言っても、実質的にはただ単にかつて存在した急行が格下げで準急と名乗ってるだけ。「急行が無いのに準急かよ!」と言うのは阪急初心者である。

ラッシュ時にはかなり混むのだが、平日の真昼間にこんなものを10分ヘッドで走らせる意味はないと思われる。 そもそも特急が淡路と茨木市に停車するのが原因で、十三~高槻市間ノンストップに戻せば準急との遠近分離ダイヤが成立し、この種別が輝けるのだが・・・。

準急(天下茶屋直通)[編集]

ちょっと前まではラッシュ時のみの運転だったが、京都に観光客をなだれ込ませる為、運転された。因みに上に書いた京とれいんとは同期。しかし実際には特急に何回も抜かれるのは変わりないので(ってかそれまでの梅田行き準急をただ単に天下茶屋行きに変えただけ)上に書いてある梅田行き準急と同じくこんなものを20分ヘッドで走らせる意味は無いと思われる。

普通[編集]

半分は千里線と直通。正雀で特急と準急のダブル退避を行う。何あれ、いじめ?

ラッシュ時には6回も優等列車の待避と接続を行う物もある。完全なるイジメである。

苛めに遭いたくなければ京都方面へはJR京都線を、千里方面へは北大阪急行を利用することをおススメします。

ラッシュ時[編集]

通勤特急[編集]

やばい、6300系の特急を茨木市や淡路に停めたら特急がパンクしちゃう! ということで作られた種別。コイツのせいで淡路と茨木の冷遇度が半端ない、特に夕ラッシュ時に。でも最近、茨木市も追加された。何がしたいんだ。

快速急行[編集]

昔の急行。今の特急の停車駅が2つしか変わらないのに急行という名前にすると特急のランクダウンがバレてしまうので、快速急行という名前にしてお茶を濁している。

快速[編集]

年々進んでいる優等種別の劣等化のカモフラージュとして、臨時種別から定期運用種別に昇格。実質的には高槻市~河原町間で快速急行に化ける準急だが、種別幕も準急と同じ緑色にしちゃったせいで京都寄りの利用者から「お察し下さいじゃねーか!」との苦情が殺到。ダラダラ引き摺ってようやく現行の青幕になった。

そんな事もあって、現在阪急で青幕の種別が見れるのはこの京都本線の快速が唯一。LED表示の車両で見ると案外かっこいい。

歴史[編集]

設立[編集]

1920年当時、京阪間には今の京阪東海道本線JR京都線)が走っていた。当時の国鉄は京都と大阪をまっすぐに結ぶことしか考えていなかったし、ロクに人のいないようなところに線路を通していたから、これ人のおるとこ通したら普通に儲かるやろ、と考えた新京阪鉄道(現在の京阪電気鉄道)が北大阪電気鉄道(今の十三~千里山を結んでいた)を買収して、今の西院まで延ばしたのである。名前は新京阪線。

しかし、意外と儲からなかった。まぁそりゃそうだろう、西院までだったら。

第一次黄金時代[編集]

京都の端っこの西院までではだめであった。そこで大宮まで延ばすことにした。なんと日本初の地下鉄である、ほんの1kmだけだが。

そして、本格的に国鉄から客を奪い始めたのだが、そのために選んだ方法は列車の高速化だった。…今のJR西日本と同じやり方である。

超特急・P-6アニキは今の天六~大宮間を34分(戦前にしたら驚異的な速さ)でぶっ飛ばし、国鉄最速の特急であるつばめ号を追い抜いた。

まさしくこの頃は黄金時代であり、P-6アニキはさながら沢村で、新京阪線は巨人だった。まぁ戦前は阪神も強かったから阪神でもいいが。

P-6アニキはあの有名なアニメ、火垂るの墓にも登場している。このことは当時のP-6は大スターだったということを象徴している。

京阪神急行電鉄~分離へ[編集]

なんで阪急京都線が京阪の物なんだ! そんなふうに思った人もいると思われるので、ここで説明する。

阪神本線のページを見てもらえばわかるように、当時の阪急はセコいことして鉄道省から睨まれていた。なんで阪急神戸本線よりも詳しく書いてあるんだ。

本当は阪急も京都~大阪間に路線を作りたかったのだが、できなかったわけである。

1943年、戦時中だからということで京阪と阪急は無理矢理合併させられてしまった。ほんとう、戦争ってのは最低である。

でも結局すぐに終戦して、1949年にまた京阪と阪急に分離したのだが、どさくさに紛れて京阪から新京阪線を奪い取ったのである。ついでに千里線嵐山線もパクった。

ここから名前が阪急京都本線になったわけである。

低迷期[編集]

しかし、この頃は国鉄も黒字で強かった。ルーキーの70系や80系に押され、苦戦していた。当時のウチの選手は710系とか微妙なやつばっかりだったからな…。

1950年代は京都線にとってはまさしく冬の時代であった。知らない間に京阪テレビカーとか入れて強くなっているし、カーブばっかりの路線だったはずなのに。

この頃は完全にBクラスだった。それは認めるわ。

第二次黄金時代へ[編集]

1963年、いよいよ京都線の河原町延伸が達成されたのだ!

京都の中心部である四条烏丸・四条河原町を押さえたことは大きな意味があった。これで一気に京阪からも客を奪うことに成功した。

新たな特急用車両、2800系アニキの力もあって、阪急京都線は再び国鉄や京阪を追い抜いて、トップに立つことができたわけである(この頃、国鉄が赤字に転落して車両がカボチャになりボロくなってたのもラッキーだった)。

第二次黄金時代 圧倒的な強さ[編集]

上で「圧倒的な強さ」とか書いてしまったけど、実際には結構ギリギリだった…。京阪はテレビカーや複々線、七条京橋ノンストップなどの攻勢を仕掛けてくるし、阪急は熾烈な優勝争いを競り勝ってなんとかトップを守り抜いたというのが正確である。え? 国鉄? この頃は赤字を垂れ流しまくったせいでボロボロであり、話にならなかった。

黄金時代の主力はなんといっても6300系アニキだ。転換クロスシートをはじめとする豪華な内装、大宮~十三間のノンストップ(河原町~梅田を38分で結んだ)など、他の私鉄の沿線住民が羨むような素晴らしい車両だった。

ああ、俺も阪急沿線に生まれれば良かった…いや、今からでも遅くない、引っ越そう! この頃の阪急京都線はV9のときの巨人、V8のときの西武のような常勝チームだった。

ちなみにこの頃の阪急神戸本線は、駅が多くカーブばっかりの阪神本線に負けているという体たらくだった。

しかし、1980年代になってじわじわと追いかけてくるチームがあった

黄金時代の終焉[編集]

1980年代に入り、国鉄で117系が新快速に投入された。この117系は6300系以上のホームラン打者で、阪急特急よりも10分も速かった…。

いや、でも野球は1人強打者がいれば勝てるというもんじゃない! 新快速は昼しか走ってないし、快速や普通には未だにカボチャボロの103系が走っている。普通の車両でも特急として運用できる、高いチーム力を持つ阪急の敵ではない!

えっ? 国鉄民営化?

暗黒時代の到来[編集]

国鉄が分割民営化され、西日本旅客鉄道(JR西日本)になってしまった

阪急にとって長い長い冬の時代、先の見えない暗黒時代がやってきたのだ――――。そういえば、阪神タイガースが暗黒時代に入ったのもこの頃だったな。ところで阪急はいつ暗黒時代から抜け出すのか?

まぁはっきり言って、117系は大した相手じゃなかった。パワーはあるが打率が悪すぎる。でもJR西日本の大型ルーキー、221系。コイツは物が違った。

最高速度120km/h、3ドアの転換クロスシート。そしてパワーだけじゃない。打率も高く、守備も足も悪くない。停車駅を増やしながらも所要時間はそのまま。対抗して阪急京都線も停車駅を増やしたが、6300系アニキは製造から10年経っているし、2ドアだから詰め込みが効かないし乗り降りに時間がかかる。特急の停車駅を増やしていくと、6300系アニキは上記の理由で邪魔者扱いされるようになったのだ…。まるで今の金本みたいだ。

まぁそれでも、新快速攻勢なら今までにも遭ってたし、チーム力ではまだまだ差がある。何しろ相手の各駅に使われてる車両はボロの103系…ってアレ!? いつの間にか201系や205系に置き換わっとるがな。

しかもいつの間にか京都 - 高槻間の本数が増えている。ああ、客がみるみる奪われていく…。

終わらない暗黒時代[編集]

2000年代に入ると、阪急と同時期に暗黒時代に突入した阪神タイガースが野村克也星野仙一の手によって暗黒時代から抜け出した。しかし、阪急の状況はむしろ2000年代に入って更に悪化していた

阪急の打つ手打つ手が裏目に出る、泥沼から抜け出せない…。抜本的な解決策を打ち出せないどころか阪神・淡路大震災を喰らってヒィヒィ言ってる阪急に対し、JR西日本は追い討ちをかけてきた。

223系、コイツはNPBにメジャーのホームラン王がやってくるようなものである。京阪や阪急は30本塁打打てるかどうか争っているところでいきなり70本打たれたら敵わない。それに207系や321系といった小回りの効く存在(V9の巨人でいうところの柴田勲みたいな存在)まで加わっているし。なんやアレ、無敵チームじゃないか。

それだけではない、ラッシュ時には複々線ということを最大限に生かして大増発している。1時間30本って何やねん…。

それで、阪急は快速が停まる競合駅に特急停めまくっていたら停車駅が昔の急行とほぼ同じになっているし、所要時間も38分から43分と5分も伸びてしまったわ…。

特に酷いのは2007年3月~2010年3月。2ドアが不便だからと言って無謀にも5300系や3300系といった老兵を223系などとタイマン張らせようとしたんだよな。あれはJRはもちろん、京阪や阪神からも笑いものにされたぞ。

この頃になると、6300系は完全に邪魔者扱いされ遂にクビになった。一部は嵐山線に再就職できたが、他は解体されてしまった。ぶっ壊すぐらいなら他の電鉄にやればいいと思うのだが、今の時代2ドアの電車なんてどこもいらないな…。京阪でも減ってきているのに。京急西鉄でも厄介者になっている。

げっ、バカにしてた神戸線がいつの間にか停車駅を増やしつつスピードアップしている!げっ、バカにしてた山陽電鉄阪神なんば線開業に肖って観光PRしている!

特急を天下茶屋発着にしろ?それは阪急のプライドが許しません。6300系を静岡の鉄道百貨店に売るべきだった? マルーンの車両を他地方に渡すくらいならバラバラにした方がマシです。130km/h運転した方がいい? そんなお金はありません。こんなことばっかしてりゃ暗黒から抜け出せるわけがありません。

さらば、かつてのよき友(ライバル)よ[編集]

迷走を続ける阪急京都線であったが、なんやかんや言ってるうちに2013年3月31日には対岸のカーブ式鉄道で走ってたかつてのライバル、テレビカーこと旧3000系が引退した。一番最後まで京都と大阪の間で華々しい活躍をしていたテレビカーの引退は本当に一つの時代の終わりを告げる出来事であったといえる。

気が付けば国鉄の117系も今では國鐵廣島やら草津線やら湖西線などのアーバンネットワークでの活躍がメインとなっているし、ウチの6300系も今では嵐山線のローカル用に4連×3本と京とれいん用のやつだけやしな…。

ホンマ、一つの時代が終わりはりましたなぁ(涙…

迷走・自爆[編集]

  • スモールベースボール 
パワーでは敵わないから、小回りを効かせて勝とうという。まぁ、弱小球団にありがちな戦略である。
勿論6300系アニキも例外ではなく、停車駅を増やし、客を詰め込み、急いで客を乗せて降ろさなければならなかった。
そうなると2ドアやクロスシートが邪魔になってくる。6300系アニキは時代に合わなくなってしまった…。そこで新しい9300系アニキが登場する。3ドアクロスシートという221系をパク…偶然被ってもうただけだ、別に真似したわけではない。とにかく、9300系アニキ最高だ! 6300系なんて最初からいらんかったんや!!
  • 運賃値上げ
1980年代後半~90年代と言えば、バブルの頃である。物価も上がっているし、運賃を値上げしようとしたわけである。
まぁ、西日本旅客鉄道の運賃は高いから多少上げても大丈夫だろう。…特定都区市内!? 何だそのけったいな運賃制度は!
高槻~大阪、茨木~大阪の運賃は阪急の方が高くなってしまった。速くて安いJRをご利用ください…ハッ、何てことを。
  • 減便
京都~高槻の利用者はあまりいないから、普通は全部高槻で折り返しにして、高槻より先は急行(準急)を普通の代わりに走らせといたらいいだろう(あれ、これってJR西日本お得意の○○から各駅ちゃうん)。優等停車駅になって嬉しいだろう、ホラ。
ああ、利用者がどんどんJR西日本に逃げていく! まぁ、JRの普通並のスピードしか出ない特急と、普通が1時間に6本ずつやったらそらそうなるわな。

関連項目[編集]

東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「阪急京都本線」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)