長野県神城断層地震

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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長野県神城断層地震(ながのけんかみしろだんそうじしん)とは、2014年11月22日に発生したマグニチュード6.7の地震の総称である。震源地は長野県白馬村。震源の深さは10km、最大震度は6弱を観測している。

なお、今回の地震について長野県では地震発生から2日後の24日、震源が長野県北部を走る神城断層にあったことをほぼ特定。マスメディアを通して正式名称として「長野県神城断層地震」として統一するように広報するものの、いかんせん、某アホペディアが自分たちの情報発信能力を気にすることなく長野県北部地震 (2014年)と名づけた結果、またしても風評被害がインターネットを介して日本中に広まることになる。

とりあえず、大規模な地震が起こるたびに、命名規則がアホすぎるせいで被害の少なかった地域にまで風評を広め、被災地の情報の拡散を妨げるなんとかペディアのシステムについては、確実に後でもめるものと思われる。

命名[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「長野県神城断層地震」の項目を執筆しています。

今回の神城断層地震について、発生当初は気象庁マスメディア長野県庁も、「長野県北部の地震」ということで一斉に報道する。これは仕方ない。そして、翌23日の早朝の段階で、即座に「の」の字が取れて「長野県北部地震」という仮の名称になり、その結果、最新の現地の情報を求める人々が一斉にGoogleなどの検索エンジンで情報を得ようとしたときに、悲劇が訪れる。といっても、常にトップに2011年に発生した長野県北部地震が出てくるという、ごく当たり前な話であるのだけれど、時間設定やワードで弾く検索方法を知らないと、あれほど邪魔な記事は滅多に無い。ついでに、アンサイクロペディア栄村大震災も出てくるのだけれど、邪魔ではあるけれどチェックする際に0.1秒で弾くことのできる名称であったため、大災害における情報収集の邪魔即ち情報拡散の邪魔とかいう話を何とか免れる。

ちなみに、長野県が神城断層地震という名称を定めるまでは、「長野県北部地震」で検索する際に、「- 栄村」(マイナス 栄村)という言葉を含めないと、最新の情報が出てこないようになっていた。

そのため、地震発生から2日後、懲りずに長野県北部地震を分割、(2011年)と(2014年)で分けた時点で、なおさら情報収集が難しくなる。結局、後先考えない命名をすると後世にいらぬ禍根を残すという、まるでDQNネームのような教訓が多くの被災地の関係者および被災地の情報を知ろうとする人々に刷り込まれることとなり、ついでに、また長野県北部で地震が発生したらどうするつもりなのかは誰にも分からない。

ただ、今回の神城断層地震については、栄村であった教訓、「検索エンジンからの風評被害をなめてはいけない」をもとに長野県庁が大急ぎで動いて自前の名称を決めてマスメディアに使用のお願いをしたおかげで、ようやく「長野県北部地震」の検索結果では得られなかった最新の情報を「長野県神城断層地震」、もしくは「神城断層地震」の検索で得られるようになる。なお、11月29日の時点でも「長野県北部地震」の検索では、ウィキペディアの「長野県北部地震 (2014年)」の記事はトップページには出現せず、「神城断層地震」で検索しないと出ない状況である。

改名[編集]

その後、2015年2月になってようやく事態の深刻さに気づいた、かどうかは不明なものの、ウィキペディアでも長野県北部地震 (2014年)という記事名から長野県神城断層地震への改名が行われ、とりあえず、少なくとも、次の微妙な場所での震災については、インターネットでの情報収集を邪魔しない命名方法が行われると思われる。と信じたい。お願いだから。

あわせて、長野県北部地震のほか、長野県中部地震、鳥取県西部地震、能登半島地震、新潟県中越地震といった、すでに一度大きな地震が発生している地域で、再度、震災が発生した場合、何としてでも、自治体の首長及び県知事を動かして違う名前にしないと、長野県神城断層地震のように忘れられる可能性が高い。まぁ、さすがにしょうがないんだけど、うん、まぁ、なんだ、2015年3月11日の24時間で、白馬村を中心とした被災地について、まったくインターネットにおいて話題に上らない時点で、泣ける。いや、まぁ、情報というものは思い出すきっかけがなければそうなっても仕方ないんだけれどもさ。

被害[編集]

神城断層地震の人的被害。それは、12月1日の時点で負傷者46人、死者0、建物の被害が全壊36棟、半壊66棟、一部損壊1000棟といった数字的な被害以上に、

地震発生後、人々が一週間たたずに地震の被害を忘れ始めるという悲劇が存在する。

まったくもって、栄村と同じルートをたどっている気がしてならない。無論、それなりにニュースで取り上げられ、今後の余震に関する注意喚起や、被災者に対する支援の申し込みも多数存在するのだけれど、いかんせん、アホのマスメディアでは地震発生直後ですらドラマやバラエティを休止せずに、特別番組にも移行せずにそのまま最後まで放送。気が狂ってるとしか思えないのだけれど、東北の地震以降、常時狂いっぱなしであるため、諦めるほかない。そのため、翌日からの報道についても、いつものお涙頂戴視聴率頂戴の見慣れた光景に終始。もちろん、悪くはないのだけれど、どんだけ視聴者が東北地方で見た光景かについては、まったく考慮していないことも確かである。

そのため、被災直後はNHKばかり延々と被災地の情報を流し続けて、民放では軽い扱いのまま。翌朝になっても、幸いなことに人的被害についてはさほど大きくなかった幸運に反比例する形で、報道が一気に縮小し始める。その結果、震度6の地震が起こったにも関わらず、報道特別番組なんてものが放送されないという、ある意味、報道の危機が訪れることとなる。そもそも、NHKのクローズアップ現代ですら地震発生から1週間たっても10日たっても取り上げないという時点で、大変にろくでもない。そもそも、継続的な報道や現地の情報発信を行わないと、どこぞの栄村のように、地震はあったけど情報が聞こえてこないから安心、とかいう大変に間違ったイメージがぶちまけられることになるため、とにもかくにも継続的な情報発信が大切になるのだけれども、困ったことに、地震の被害を伝える倒れた家の解体の後、どういった報道をすればいいか分かるメディアが少ない。いや、やらなければいけない報道、忘れさせてはいけない被害はたくさんあるのだけれど、確実に視聴率には結びつかない。

その上で、NHKはいつまでもどこぞのバカペディアと同じく「長野県北部地震」もしくは「長野県北部の地震」を連呼。

そもそも、震度6を越えるような地震の場合、どこぞの栄村や中越地方のように、一度冬を越して雪が溶けないと土中の亀裂による被害が分からないため、どうしても全容が明らかになるには半年以上かかるというのに、地震発生から1週間の段階で、家の解体と家を無くした住民のために緊急的に自治体が各地のホテルや民宿を借り上げて、仮の住居とする対策の後に、何を報道すればいいのか分からなくなる番組が続出。

心の底からバカばかり

あわせて、国民の誰しもが知ろうとしない農業被害については、多くの田んぼが地震の影響で地盤ごと傾いてしまい、水を平にできず、場合によっては稲の作付けが厳しくなるという話が、相当な範囲に広がっている。しかし、いかんせん、地味な話な上、測量などの面倒な作業が必須であるため、被害の額の算定もすぐには出ない上、あっという間に冬が待っている。そのため、確実に来春になって大騒ぎするのが目に見えているのだけれども、そのために何が出来るかというと、小雪と暖冬を祈るぐらいしかない。

しかも、この圧倒的な人手不足の中、衆院選挙に自治体の人間が借り出されるという不運。で、そういう話を報道しないアホども。ある意味、世の中の縮図である。

なお、忘れられるとこうなる[編集]

ちなみに、忘れ去られるということがいかに危険かというと、2011年の震災の際、栄村は国が定めた「東日本大震災とそれに伴う地震で被災した自治体地図」から外される、忘れられるというある意味、奇跡的なバカ話を経験しており、改めて、情報発信がいかに大切であるか、忘れられるということがいかに厳しいかについてを教えてくれる。心から教えてくれる。

あわせて、インターネットやtwitterなどの各種情報媒体の中でも、神城断層地震はおっそろしいレベルで忘却が始まっているため、改めて、初動を遅らせまくったウィキペディアのアホさ加減が身に沁みる。もっとも、どこぞの東北地方のように、地震からの復旧、復興がお涙頂戴の番組制作のネタという話にまでゆがめられるよりは、忘れ去られても、栄村のようにさっさと復旧、復興したほうがいいということも悲しいかな、事実である。けれど、それは十分な予算が確保されてからの話であるため、震災から一週間でyahooのトップページから影も形も消え去るとかいう話が、そのまま震災復興のための予算獲得のための支障となる可能性もあるため、改めて、報道の継続が望まれる。

実際、山間地域における地震被害の復旧については、長野県庁も北信地域の土木業者も、県境を越えた新潟県の業者もまた大変に経験を有しているため、予算さえあれば主要幹線道路や各種ライフラインなどは、降雪前にある程度の復旧が見込まれ、場合によっては震災の被害を受けていない長野県北部の観光地、特にスキー場については各種インフラの復興が間に合えば観光客数の低下を極力抑えられる可能性もある。

と同時に、それはつまり、神城断層地震が、大変に、まったくもって、とてつもなく、政争の道具されるような時期に発生したからこそ、どこぞの栄村のように、じぇにがないせいで復旧が遅れるなんて話にならなそうな状況であるといえるわけで。とりあえずは、国のトップが発狂しないかぎりは、こういった話が忘れられてもまだ何とかなる。多分。きっと。

まぁ、栄村のときは発狂してたんだけれど。

解散総選挙[編集]

2014年11月21日。まさに、神城断層地震の前日、安倍晋三首相が消費税10%への増税を延期することの意義を国民に問うため、衆議院を解散、日本全国及び長野県北部の自治体においても一斉に選挙へと移行した直後に、今回の震災である。そのため、楽しいぐらい、笑えるぐらいに報道が報道の本質を失う事態が続出。まるで地震を忘れさせようとしか思えない光景が、テレビ画面から続々と流れ続け、テレビ局の実情というものが垣間見えることになる。

けれども、残念なことに、時期が時期である以上、誰もが東日本大震災における民主党の光景を思い出す。再確認する。

そして、選挙戦開始直後の震度6の地震という突発的な事象について、安倍内閣の動きもまた迅速で、地震発生直後に官邸に対策本部を設けると同時に、長野県庁とも連携しながら情報を収集、24日には現地の状況を見てから安倍首相自ら被災地に訪れるなど、どう見ても、選挙対策ですねそうですね、でも大変によく覚えているどこぞの政党よりはマシですね、という話が被災地にやってくる。

もっとも、こういった動きをまったく報道しないメディアがいるんだなあ、それもたくさんいるんだなあ、これが。

ちなみに、安倍総理については過去に中越沖地震の際に発生直後に被災地に飛んだ結果、行方不明者がいる中での原発訪問の結果、原発の安全宣言はともかく自治体による情報収集作業の足を引っ張るという大失態を犯してしまい、そのまま救出作業を邪魔した総理大臣というレッテルが貼られ、政権を1年で失うきっかけとなってしまう。けれども、そんな過去の傷については、第一次安倍政権以上、日本の歴史に残る大失態が菅直人元総理大臣によって成し遂げられているため、福島第一原発事故のアホすぎるキチガイすぎる現地訪問を誰もが思い出す状況では、たとえ左巻きなマスメディアでも安倍晋三首相による過去の傷をえぐるような報道は手控えられることとなる。

そういった混乱を生みかねない国のトップの現地訪問について、神城断層地震では幸いなことに白馬村を中心とした被災地のライフラインや情報網のダメージは少なく、さらには自治体と被災者との連携も密であったことから、早急に首相の訪問が被災地の復旧の邪魔にならないと判断され、とにもかくにもたとえ政争の道具、選挙のためといわれようとも、今後の復旧、復興の第一歩と言える首相の現地訪問が成し遂げられると同時に、天皇陛下からのお見舞いの言葉も届けられ、とにもかくにも栄村とは違う、素早い対応が成し遂げられる。

なお、栄村にやってきた総理大臣はいない。いるわきゃない。むしろ、仙谷由人のドアホがやってきてひなびた温泉を用意させた上でドンちゃん騒ぎして帰ったことが、なぜだか、こういうときに素晴らしい比較対象になるだけで。なぜだか

ついでに、安倍総理の訪問の翌日、海江田万里民主党党首が被災地を訪問するものの、被災地での復旧や復興の話はそこそこに、即座に選挙モードに突入、なぜだか、被災直後もっとも支援が必要な場所で、前日に手厚い支援を約束した安倍総理に対する批判を行うという、常時運転の暴挙を行うのだから予め分かっていたこととはいえたまらない。とりあえず、被災地がもろに存在する長野2区の下条みつ氏と、被災地ではないものの長野県北部に属する1区の篠原孝氏および、民主党支持者は泣いていい。

じぇに[編集]

こういった国からの手厚い支援の約束という話とは別に、2011年における栄村の復旧、復興と神城断層地震で被災した自治体のそれとでは、実は大きな違いがある。というのも、栄村の復旧が被災から3ヵ月後、長野県による災害基金を取り崩してようやく始まったのとは違い、神城断層地震については、2014年にすでに長野県で大きな災害が頻発しているため、元から長野県の災害に関する予算や基金は、足りないかほとんど無い、0という話ではないのだけれども、このまま即座に震度6弱とかいう話に対応するには無理という状況である。実際、木曽町を襲った土石流御嶽山の噴火などにかかった経費が重く長野県の財政にのしかかっており、このまま被災地の農地や観光地などの被害の実情も把握できないまま冬を迎えることで、より多くの用意すべき金、タカ、銭っこが必要となる状況にある。

まぁ、そのため、いかにしてじぇにを素早く、緊急に被災地にばらまけるか問題となるものの、幸い、日本全国の選挙戦では難しいものの、長野県の選挙では震災からの復興が大きな争点になることは確実であるため、金のことは気にせずにやれることを皆やれる状況である。もちろん、栄村なんてもう。仮設住宅を建てるまでどれぐらい国や政権に足を引っ張られたやら。

という悲しい過去と比べれば、なんだって幸運なわけだけれど、こればかりは、これから先、自治体の皆さんが雪が積もるまでに現地の被害額を算定して長野県選出の議員および長野県の阿部守一知事が国や担当官庁に対して働きかけるためのデータ収集に、どれぐらいスピーディーに動けるか、という話になる。そのため、もっとも重要となる、被災者の住宅問題については、宿泊施設の借り上げで対応は可能なものの、実際の建設までには、用地取得や工事、さらには引越しまで含めると降雪までに間に合わない可能性もある。こればかりは、天の配剤であるからどうしようもないけれど、人のほうについては、クソむかっ腹立つマスメディアと、アホのウィキペディアの風評の影響が神城断層地震が激甚災害に指定される=復興住宅の予算を確保という話に悪影響を与えることが懸念されるため、なんとしてでも忘れさせてはいけない。

義捐金[編集]

なお、マスメディアがいかにこの震災を忘却させるよう動いているかの指針の1つとして、11月26日現在、Googleの検索の際に長野県神城断層地震の予測検索に「義捐金」という言葉が出てこない。マスコミもまったく報道しない。ドラえもんも動きゃしないという話が挙げられる。本当に、今回の被災地を忘れられた被災地へとする影の努力が目に見えて悲しくなる嫌になる。

もちろん、震度6弱という規模のわりにライフラインへのダメージが少なく人的被害についても発生直後のスピーディーな対応のおかげで最小限に押し留められたほか、全半壊した住宅も各自治体に分散しているという状況では、義捐金という話が出てこなくても仕方ないのだけれど、どう考えても仕方がなくない。人として。そのため、以下に今回の地震でもっとも被害の大きかった白馬村のホームページある義捐金受付のページへのリンクを整備する。

なお、こういった義捐金の話は日本赤十字は即座に動いたものの、そのほかのメディアや公益団体がさっぱりすぎて悲しくなる。

栄村[編集]

なお、長野県神城断層地震における栄村の被害については、一応、震度3を記録するものの被害はまったくなく、どこぞのバカペディアが分類する長野県北部の自治体として、思いっきり風評被害をもらう立場にある。これは、2011年とまったく逆の光景である。そのため、心をこめて、復興がほぼ終わった栄村は今回の地震とは関係がないという話をするものである。

あわせて、阿部守一長野県知事が栄村の復旧、復興を参考に各自治体に対応するよう指示しており、山間部における復旧、復興についてはすでに道筋が付けられている状況である。問題は、である。である。こればかりは、ひたすらに暖冬であることを願うしかない。

残念[編集]

12月6日、長野県北部を強い寒気が襲い、およそ30cmの雪が被災地一面を雪で覆うこととなる。その結果、復旧活動に支障が出ると同時に被災総額の算定が相当に厳しくなってしまう。もっとも、まだ、雪が溶ける可能性が存在しているため、だいたい12月中旬にやってくる根雪をもたらす寒波までに少しでも溶けてくれれば、2015年度の復興がより早くなるため、改めて長野県の職員の皆さんおよび被災地の自治体の職員の皆さんのご尽力を願うとともに、後、半年間どうやって忘れさせないでいられるかが問題となる。

なんせ、神城断層地震においてもっとも被災地の状況を事細かに伝えているブログが、栄村ネットワークという時点で、もんのすごく困る。そらあ、被災地で何が起きているかはテレビや新聞を通して人々に伝えられているものの、これから被災地で何が起こるかを知っている人がいないと、何を伝えていいかわからなくなって当然なわけで。

ちなみに、あったり前な話として、降雪の結果、土砂崩れの危険が高まることと、積雪が1m以上になった際の余震によって雪崩の起こる可能性が高まっているという話、後、何よりも風評被害については、死ぬ気で現地の情報を発信しなければいけないのだけれども、こればっかりはどうしようもない。

なお[編集]

本来であれば、こういった災害の際にアンサイクロペディアのようなサイトで継続的に情報を発信し続けることで、メディアの伝えない情報を知るという情報サイトとしてのアンサイクロペディア、という表現も可能であったのだけれど、2014年11月の時点でサーバーの不調の結果、随時最新の情報を画面に表示できない状況にあることと、どう考えても二番煎じであることから、よっぽどでかい余震でも発生しない限りはこの状態のままである。

フラグをたてた気がしなくもないけれど。

あと、どう考えてもこの状態のままでやっていくわきゃねえんだけど。

2015年[編集]

というわけで、2015年である。12月の雪のおかげでまったく分からなくなった被災地の詳細な被害について、被災地では雪解け前から被害データの収集が始まっており、4月、5月以降になる本格的な復興を前に、長野県及び各自治体の職員が動ける場所をまず動いている状況である。

まぁ、雪解け後に何が起こるかについて、すでに栄村で1度経験した以上、人手が足りるわきゃないんだけれども、やれる場所はまずやるという姿勢は重要である。林道については、今は考えない。山の田んぼや用水路、さらには頭首工と呼ばれる水源から水を引くための設備の被害については、最悪、被害の確認が6月までずれ込むため、いろいろと覚悟を決めないといけない。

で、3月11日に、果たしてどれぐらいの人々が、長野県神城断層地震の被災地のことを思い出してくれるかを考えると、ちょっとだけ悲しくなることも覚悟しないといけない。残念ながら、世の中はそんなものである。本当に、情報源としてのインターネットをつぶしくさったアホのウィキペディアの先の読めなさが悲しくなる。

で、どうなったかって?聞かないでくれ。

関連項目[編集]