長嶋茂雄

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ウド鈴木(田村(谷)亮子)を見て吐き気を催す長嶋茂雄。無論これも彼のギャグである。

長嶋 茂雄(ながしま しげお、1936年2月20日 - )とは、日本を代表する芸人ONと呼ばれていたように、昔はタコ王貞治とコンビを組んでいた。

人物[編集]

彼は、最高の芸人である。彼の緻密な計算により緻密により編み出された(なお一応言っておくが、決して天然ではない。決して)は、多くの人々を笑わせ、魅了する。

修正パッチ眼鏡をインストールすることによって内蔵OS「カンピューター」に補正がかかり真人間になる。事実インストール後、自身が采配したアテネ五輪予選は極めて優れた采配を行った。が、芸人としては失格である。

若手を育てることがすこぶる下手で、カネが無い球団で勝つことは不可能な監督である。幻に終わった大洋の監督をもし引き受けていたら、現在の横浜DeNA時代までにすら爪痕を残すような凄まじい結果を残していたであろうことは想像に難くない。

主なギャグ[編集]

「魚へんにブルーと書いて鯖」
鯖 について、長嶋茂雄
「この回で逆転しないと、もう後がありませんよ」
9回の裏の攻撃 について、長嶋茂雄
「"I live in EDO."」
"I live in TOKYO."の過去形 について、長嶋茂雄
「打つべきときに、打つべき球を打つ!」
打撃論 について、長嶋茂雄
「来た球を打て!!」
打撃論 について、長嶋茂雄
カーブでカウントを稼いで、決め球はカーブ!」
ピッチングの極意 について、長嶋茂雄
「こっちの子は英語がうまいなあ」
アメリカ合衆国 について、長嶋茂雄
「こっちは、外車ばかりだねえ。さすがアメリカだ」
アメリカ合衆国 について、長嶋茂雄
「いいかげんにしてよ。僕にだってデモクラシーがあるんだ」
記者の執拗な取材 について、長嶋茂雄
「せんだクン、大変だったね。大丈夫?死刑にならない?死刑に」
せんだみつお酒気帯び運転 について、長嶋茂雄
「やっぱりが一番好きだけど、最もが好きです。」
好物 について、長嶋茂雄
「いやー、電車が行き先を間違えちゃって」
遅刻の言い訳 について、長嶋茂雄
「昨日はシャワー食べてうどんを浴びたら12時になってしまいました」
遅刻の言い訳 について、長嶋茂雄
「シャープが鋭い」
清原和博のバッティング について、長嶋茂雄
「ごめん、俺の100円玉によく似ていたから」
間違えて持ち帰った他人の100円玉 について、長嶋茂雄
「君、童貞?」
定岡正二 について、長嶋茂雄
洋服を着るのは初めてか?」
定岡正二 について、長嶋茂雄
「代打!!後藤!!」
代走で出ていた後藤孝志 について、長嶋茂雄
クワダ、斉藤、そしてクワダです。」
今年のピッチャー三本柱 について、長嶋茂雄
「これは便利だね、英語にもこういうのがあればいいのに。」
友人の使っていた仏和辞典 について、長嶋茂雄
「こんにちは、長嶋シゲルです」
自分の名前 について、長嶋茂雄
「インフレで参っちゃいますねぇ」
鳥インフルエンザ について、長嶋茂雄
「大切なのはネバーギブアップしないことです。」
選手達を励ます言葉 について、長嶋茂雄
「う~ん、でしょう。」
10円玉を見ての一言 について、長嶋茂雄
「欲しい欲しい。」
他球団の主力選手を見ての一言 について、長嶋茂雄
「この度初めて還暦を迎えました」
1996年2月20日の60歳の誕生日 について、長嶋茂雄
「10試合戦って9勝2敗」
今後10試合の展望 について、長嶋茂雄
「セコムしてますか?」
セコムしてない人 について、長嶋茂雄
「How old おいくつ?」
イアン・ソープ について、長嶋茂雄
「うーん、この試合は、一点でも多く取った方が勝ちでしょう」
試合の展望 について、長嶋茂雄

※念のため[編集]

現役時代は左打者に比べ打率が3分下がるとされる右打者ながら首位打者を6回獲得、一時は通算打率トップ、ルーキーイヤーに盗塁王を加えた4冠王を射程距離に入れるといったバケモノのような打者であった。落合博満も「打撃に限れば一番は王だが、走攻守の三拍子で評価したら最高の選手は長嶋」という内容の評価をしている。
監督としても川上哲治氏に焼け野原と化したチームを押し付けられたためか、若手育成に異常な手腕を発揮した(そして若手が育った時に一時更迭され、藤田に手柄を取られてしまう不運もあった)。育成能力に対する評価は高く、暗黒時代の大洋ホエールズやノム就任前のヤクルト監督のオファーがあったほどである(ただし自分の息子は育てられなかったが)。王貞治が監督失格の烙印を押され更迭された後、短い藤田の時代を経て、また巨人の監督に復帰(その後、王が名監督に成長してしまったため、かなり割を食っている)。ナベツネ専制時代の最晩年のイメージが強いが、少ない戦力や下り坂の選手を活かし、苦しい時期を凌ぎながらノムや広岡と優勝を争っていた監督である。その中で松井秀喜を育てたという実績もある。……まあ、本当に巨人の監督はカネが無ければ何もできない天然親父だとか思い込んでるひとはいないと思いますが、念のため。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

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長嶋茂雄が放った発言は、後世の物好きのために、有志たちによって「Unquotable/スポーツ選手」へ収録されています。
  • 巨人
  • 王貞治 - ボケの長嶋に対して突っ込みの王として知られ、「ON時代」を演出。
  • 張本勲 - 長嶋の後継芸人で「OH時代」を演出。しかし2人とも突っ込み担当のコンビは、人気も今ひとつだった。後に大沢啓二とコンビを組んで、両者とも突っ込み担当を芸風として確立し人気を得る。
  • 原辰徳 - ONの後継芸人。長嶋の言動に対して表情を武器にする。ピン芸人にもかかわらず、コンビと同じ役割を期待された、不遇の芸人でもあった。
  • 渡辺恒雄
  • 横見浩彦
  • 清水隆行 - 長嶋にとっては結構打つ左バッターでしかない存在
  • 長嶋亜希子
  • 長嶋一茂
  • プリティ長嶋
  • メークドラマ - 長嶋が監督した映画 100万人を動員した


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