鎧塚

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鎧塚(よろいづか)とは、奥多摩町心霊スポットである。

歴史[編集]

鎌倉時代末期、混乱のドサクサに紛れて武蔵国の山中一帯を占領した三田氏は、誰も気にしないのをいいことに約250年間にわたってこっそりとお山の大将を気取ってきたが、永禄6(1563)年、とうとう北条一族と愉快な仲間たちによって目をつけられてしまい、平和な日々はそこで終わってしまったのであった。北条方の先鋒は山岳戦および攻城戦を得意とする[要出典]北条氏照である。さぁ、どうしたものか……無為無策のまま、城下まで北条の軍勢は迫ってきたのであった。

しょうがないので三田氏はさしあたって本拠地・二俣尾にある辛垣城(からがきじょう)に立て篭もってそれなりに奮戦したものの、やはり衆寡せず、あっさりと落城。三田氏は捲土重来を期して辛垣城から脱出、その際に戦死した部下たちの武器を剥ぎ取って近所のに隠しておいた。いつか再び集めた仲間に与えるためであるが、防水および防錆処理も施さずにそのまま埋めただけであったため、中の鎧や武器はそのまま錆びて朽ち果ててしまい、結局三田氏も日ごろワガママ放題で恨みを買っていた領民たちによって殺されてしまったのであった。

かくして鎧や武器が埋められたままになっているその小山は、誰ともなく鎧塚と呼ばれるようになったのであった。死者の亡霊を祀るため、高さ一丈(約3.03m)、周囲十五間(約28m)の小山の頂上に小さな祠を建て、そこは鎧明神(よろいみょうじん)と呼ばれている。

現代[編集]

急峻な石段を登れば、すぐにお社がある。足元に注意。

JR青梅線軍畑駅ぐんぱたえきいくさばたえき)から徒歩10分ほどのところにあり、入り口付近でいつもニコニコ微笑んでいるお地蔵様がお出迎えしてくれる。急峻な階段を頑張って登ると、すぐに鎧明神のお社があるので、転ばずに登れたことに感謝しつつ、帰り道の安全(転ばずに下れる)を祈願してお賽銭をはずむ必要がある。また、階段は石で舗装(?)されているのが最初の十数歩しかなく、あとは山肌を一気に上らないと足元が非常に不安なため注意が必要である。ちなみに、照明設備が一切ないので、日没以降の参拝および見学はおススメできない。

そして、申し訳程度に設けられた参道以外の場所をうろちょろすると、長年の風雨に晒されながらも辛うじてその姿を残している刀や槍などを踏んづけ、破傷風にかかってしまうおそれがあるため、登るのは参拝だけにした方が無難である。また、鎧明神にお供えしてあるお(銘酒・澤ノ井であることが多い)を盗んで飲んでしまうと、頭から刀が生えてしまうという言い伝えがあるため、喉が渇いたら持参の飲み物を飲むか、駅前まで戻って自動販売機で購入するまで我慢したほうがいい。

肝試し[編集]

また、地元の子どもたちの話によれば、毎年になると肝試しとして鎧明神に自分の名前を書いた饅頭をお供えして戻って来るという遊びが流行っており、夏休みの自由研究レポートには「人間心理の安定における照明の重要性」とか「極限状況下において手にしている饅頭がいかにウザく感じられるか」などのテーマが次々寄せられ、担任教師は頭を抱えていると言われている

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

  • 軍畑駅 - なんか鎧塚にまつわる命名らしいが、よく知らない。
  • 刃稲荷 - 鎌倉市扇ヶ谷にある、似たような由来の史跡。
  • 鎧塚俊彦 - どこぞのパティシエ。