鎌倉花火大会

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本項は第11回執筆コンテストに出品されました。

鎌倉花火大会(かまくらはなびたいかい、KAMAKURA Fire Festival)とは、鎌倉市における総合火力演習である。

概要[編集]

見よ、これが鎌倉の火だ!

元弘3(1333)年に鎌倉幕府が滅ぼされてからこの方、日本における権力の中枢は京都江戸たらい回しされてしまい、鎌倉武士にとってはまことに面白くない日々がもう数百年にもわたって続いていたのは、歴史教科書を見ても室町時代以降は鎌倉のの字も登場しないことから明らかである。しかし、このまま歴史の表舞台に躍り出ることを諦めてしまっては、鎌倉武士の名が廃るというもの(たとえ武士制度なんてとっくに廃されていようと)。そこで政権奪還臥薪嘗胆、世界制服捲土重来を期して火力の増強を進めたのであった。しかし、苦しい財政事情でやりくりしてかき集めている火薬について、当局が謀反の気配を感じ取らないとも限らない。そこで思いついたのが花火大会を名目とした火力演習である。花火大会であれば膨大な火薬保有量について言い訳も出来るし、何より花火を打ち上げる要領はそのまま砲撃技術として軍事転用することが出来る[要出典]。そして何より、観光の目玉として周辺地域から集まる見物客(神奈川県内外から20万を越える客入りがある)がお金を落として行ってくれる(その収入が何に使われるのかは言うまでもない)という、まさに一石三鳥の作戦なのであった。

かくして昭和23(1948)年から毎年8月に実施されている鎌倉総合火力演習花火大会は、1700発の主砲弾(尺玉、水中花火等に偽装されている)と1000発の小型特殊弾(スターマイン等に偽装されている)によって夜空を彩り、観客をしてその眼を楽しませてきた。しかし、その楽しみの性質は観光客(非鎌倉市民)と地元民(鎌倉市民)とで大きく異なり、観光客にとっては純粋に花火の美しさを恋人や友達、家族で味わう夏の風物詩である(こちらが花火本来の楽しみ方である)一方、地元民にとって夜空に咲き誇る大輪の花火は鎌倉市の有する火力すなわち軍事力、いつの日か鎌倉が栄光の日々を取り返すための希望の火であり、また一年間、野望の炎を胸の奥に燃え盛らせるのであった。当然ながら、観光客様のことを考慮して開催日を週末にする、と言ったような気配りがされる事はない。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]