銀河 (列車)
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
急行銀河(きゅうこうぎんが、あるいはぎんが)とは、在りし日に東京と大阪を往復していた列車である。
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[編集] 概要
戦後まもなく、国鉄は日本を支える大都市である東京と大阪を結ぶ夜行列車の運転計画を発表し、運行を開始した。ただし当時は神戸駅まで運転していたようだ。列車の愛称であるが、東京を銀河系の中心、大阪を地球が存在する太陽系に見立てたものである。いつかは宇宙を自由に旅できるようにという国鉄の願いが込められている。一時期は姫路まで運転され、二往復していたのだが車体が老朽化したことにより最近は一往復になっていた。
[編集] 2008年3月15日の事件
以上のように衰退化する寝台列車の中でも大都市を結んでいるために比較的乗車率はよかったが、大阪駅改良工事のため一時的に3月16日から運行を一箇月休止する予定だった。
ところが、一週間ほど前に、なぜ我々のところが銀河系の端っこなんだ、だから大阪は赤字になるんだ!と支離滅裂なことを橋本弁護士は発言。即座に発言を撤回したものの一部の過激派が触発され、急行銀河爆破計画を秘密裏に進めた。そもそも過激派による爆破計画は1975年頃から存在したものの、彼らの心の奥深くに僅かに残っていた良心によって行われずにいた。
そして2008年3月15日の数日前、インターネット上(主に2ch)に「3月15日の急行銀河はEF65レインボー機で運転、客車はトワイライト仕様」などという嘘八百の内容を投稿し、それを信用したバカな鉄オタが東海道本線沿線に集結した。そして東京駅と大阪駅に列車が着き、衆人監視の中大規模な爆破作業を行われた。その結果、駅に集結していた鉄オタと駅員、それに急行銀河の取材をたまたま偶然にも多数のマスコミが行っていたことにより大混乱となった。結局、車両の大部分が全焼した。
その後、残った車両はその場で解体されたかどこかの車両破壊工場に破壊され、Nice boat.となった。この事件を機に車両が足りなくなったり大阪の東京の格差を助長するとしてJR各社は当列車を廃止した。この時にマスコミは「利用者滅により永久に廃止」と発表した。
[編集] 過去の栄光の歴史
- 1949年9月15日:ダイヤ改正により「銀河」、東京駅~神戸駅間において東海道本線経由で運行を開始。
- 当時は一等・二等車のみで運転されていたので空気輸送さながらの利用状況だった。尚、同じような列車は戦前にも存在していたようだが、愛称は付いていなかった。
- 1950年10月1日:ダイヤ改正により3等車連結。同時に明星、月光など多数の急行列車が登場。
- 1965年10月1日:ダイヤ改正により山陽本線姫路駅まで延長。栄光の過去である。
- 1967年10月1日:ダイヤ改正により寝台列車化。
- 1968年10月1日:ダイヤ改正により東京駅~大阪駅間で運行されていた寝台急行列車「明星」をブラックホールの使用により吸収して2往復化。
- 1975年3月10日:ダイヤ改正により1往復に削減。これを気に徐々に過激派の動きが活発になる。
- 2001年3月3日:ダイヤ改正により1両減。
- 2008年3月15日:先述の爆破事件により急遽廃止。
[編集] 廃止後の動き
急行銀河は運賃面では夜行バスはもとより新幹線にも劣っていたが、ビジネスマンの他に夜行バスを避けるお年寄りや小さな子供を含む家族連れが多く利用していた。ビジネスマンは新幹線や夜行バスを利用するので問題ないが、赤字を理由に廃止されたことにより東京〜大阪間の人の動きが以前よりも悪くなった。これにより大阪の赤字化はさらに進行し、現在では夕張市以上の赤字を抱えることとなった。さらにJRの安易な行為がイメージ低下を招き飛行機の利用増加やや新幹線の利用者減少を引き起こした。現在、JR各社(主に東海と西日本)は速度と外観のダサさに定評のあるN700系を東海道新幹線に投入し、利用者回復に躍起になっている。
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