鉄のカーテン

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ヨーロッパを横切る赤く銹びた鉄のカーテン、西暦1970年頃

鉄のカーテン(てつのかーてん)、略して鉄幕(てつまく)とは、ヨーロッパ大陸をバルト海からアドリア海まで横切るようにして、西暦1946年に建設された芸術作品である。その後場所の移転などを経て、西暦1989年から1991年にかけて破壊された。

概要[編集]

でできた薄いカーテン状の作品である。芸術作品としては一流のものであるが、構造上細長くなるのは仕方のないことであり、それがもとで景観破壊が起こる、作品の向こうとの行き来が困難になるなどの欠点が生じた。

制作の背景[編集]

第二次世界大戦が終わると、冷戦により緊張が高まっていた当時の世界の状況を表そうと1946年にイギリスの元首相であり芸術家、ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル(Sir Winston Leonard Spencer-Churchill)によってアメリカの小都市フルトンにて制作された。チャーチルはこの作品の制作によってノーベル賞を受賞している。

制作後の経緯[編集]

その後、厳密にこのカーテンの位置を冷戦の東西陣営の境目にしたいと企てたチャーチルは、チトーが指導していたユーゴスラビアアルバニアが社会主義国でありながらも東側陣営から離脱して非同盟の動きを見せたり、ドイツの東西分裂により生まれたドイツ民主共和国(東ドイツ)が発足後に東側陣営へ組みいれられるなどしたときなどにはチャーチルの死後でさえもそのバカでかい力によって位置を変えてゆき、解体されるまで厳密な東西の境となっていた。

また、東ドイツ領内にある西ドイツの領土西ベルリンを囲むようにして、鉄のカーテンのパロディであり鉄のカーテンより頑丈な作品、ベルリンの壁も制作された。

この鉄のカーテンは長く持ちこたえたといえるが、1989年に時のハンガリーの首相、ネーメト・ミクローシュの、芸術作品より住民の生活を重視するという画期的な政策によって一部が撤去され、その後各所で次々とカーテンが壊されていったことによって40年の歴史に終止符を打った。

関連項目[編集]

Wikipedia
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