金本知憲

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金本 知憲(かねもと ともあき、1968年3月34日 - )は、日本(?)のターミネーター(T1000)であり、リーサルウエポンであり、左翼の神(ヤニキュソス)であり、鉄人シリーズのハイエンド機(28号だろう?)であり、阪神ファン曰く初代アニキであり、でもある。あと最近はアイドルグループAKB砲のメンバーにもなったが、揃ったのはたったの数試合である

チーム内での愛称はカネ、カネさん、かねもっちゃん。

来歴[編集]

  • その後、プロ野球界に入るまではあまり目立った活躍をしなかった(訳ではないようだが、現在の姿からは程遠かったようだ)。
  • 1991年に赤い激貧球団に入団するも、貧弱な打撃と守備に問題あり。なかなかレギュラーに成れなかったどころか、1軍すら定着できなかったという(守備に関しては現在も、あまり上手くはないようである)。なお入団当初は、主なポジションとなっていたレフトで、モグラ殺しとまで礼賛された送球を武器に活躍していた。[1]
  • 1994年にようやく、春季キャンプでの『1軍お試し期間中』に呼ばれる。ところが練習中の捻挫で、たった1日の即日2軍降格。鉄人とは程遠かった金本であったが、2軍在籍時に日本語がカタコトな怪しい医者に出会い検閲により削除を施されて以来、無類の体の強さを発揮する。
  • そして次第に頭角を現してレギュラー入り、そして遂に1999年、足掛け11年間に亘る連続試合フルイニング出場が始まる。
  • さらに2002年オフには、FA権を行使した際、某終身名誉監督の手法を真似た星野監督に導かれ阪神へ。移籍1年目の2003年、3年目の2005年道頓堀ダイブ大会の開催に貢献する。ちなみに表面上、FA権行使での移籍という事になっているが、実際は星野と山本浩二の仲良しコンビ間での交渉による金銭トレードである。その証拠に、金本がFA権行使の挨拶で星野の元を訪れた際、「お前はもう阪神行きで決まってるから」と星野が言い放ったのは有名な話である。
  • そして2006年4月9日、連続試合出場世界記録(904試合)を樹立。2007年も全試合に出場した。後日、この記録をギネス申請したが登録を拒否された
    ちなみに、904試合達成時にはタカ監督(当時)から、『1500試合まで頑張って欲しいね』なんて祝辞をもらっている。←実は、この何気ないコメントに苦しめられるとは思わなかっただろう。
  • 2007年、ファイテンと水面下で進めてきた日本全国鉄人化計画を発表。体制批判の姿勢を明確にした。
  • 2009年に外野手としてワーストタイ目前の7失策という御粗末守備を披露し続けていても、無理な怪我を負っていても、打力でカバーしちゃうんで試合に出続けちゃう金本であったが、さすがにサビてきた模様。2010年4月17日には、投げたボールがショフト鳥谷まで届かぬ事態に。しかも、この日2度目の本塁送球機会では久方ぶりの“モグラ殺し”を披露した。
    結局、粗いさんの近辺に潜むモグラの駆除でしか、チームに貢献できなかった現実に絶望した翌18日、ダメ監督にスタメンから外してくれと試合開始間際になって泣きを入れる嘆願。これまで身体の各所をバクハツさせても続けていたオナニーショーは、1492試合で終わりを告げた。←王さん、ゴメンなさい。ただし、ポストシーズンも含めれば1508試合続いたが、誰も気にしていない。
  • でも代打で試合出場記録は続けるらしい。
  • AKBのK。
  • K-POPアーティストでもある。色んな意味合いが絡まり合っているがそこはお察し下さい
  • 2012年、ついに赤ヘル軍団天谷宗一郎にランニングホームランを献上。この打席はかなり前進守備だった。が投げた五球目、天谷の打球はレフトの頭を越える。金本はのろのろと打球を追う(その時の画像ではセンター方向を見ながら走っていたのが分かる)。いつもセンターに助けて貰っているのがちらほらあるが、この時のセンターは介護に慣れていないだったので思う通りには動いてはくれなかった。その後自分でボールを拾い、鳥谷にいつも通り繋ぎ(ここで天谷は三塁を回る)鳥谷はもうレフトといっても過言ではないところからホームにワンバウンド送球。天谷のホームインと同じくらいに届いたが、少しずれてしまい見事ランニングホームラン。別に坂に罪は無い。
  • 2012年、やっと引退を決意。引退試合がウサギ小屋との試合ではないためKY漢にホームランを打たれなくてほっとしているという。
  • 10月9日の引退試合は3-0で勝利。金本の打席は一ゴロ、三振、中安、捕飛。この試合で能見の奪三振王、メッセンジャーの2年連続2桁勝利も達成したが、金本はチャンスはあったものの長嶋の記録には届かなかった。しかし盗塁成功、新井貴浩のヒットで激走、本塁憤死、テヘペロ、新井貴浩と平野にビンタ、DeNAに公開説教等やりたい放題。最後にレフトフライを打ってくれた荒波に感謝。何故だかどんな姿にも泣けてくる。しかし花束を渡しに出て来た清原の黒さに感動も涙も全て吹っ飛ばし笑いをもたらした。ちなみに分かる限りで泣いていたのは金本と俊介と新井良太と鳥谷と上本と関本。俊介と新井良太は号泣していた。俊介に至っては……大丈夫、多分皆もう許してくれたって……。新井兄のほうは……抑えていたらしい。
  • 監督に就任したシーズンの1年目は「超変態」をスローガンにし、試合に負けてもファンサービスを怠ってはならぬという思いに駆られて、椅子キックを見事に決めて観客を大いに沸かせた。

伝説[編集]

  • 骨折しながら、片手でホームランを打ったこともある。しかも、バットを持っていない方の腕で打った。
  • 若い頃、広島市内の焼き肉屋で中学校教師187cm・90kgの人物と腕相撲をして負けたことがあるらしい。相手はその後、陸上自衛隊の中央即応部隊に入り、その後公安9課に配属されたバトゥであると思われる。ボーマは2mであるから違う。荒巻課長ではないであろう。現在バトゥは後進指導に当たっている。この経験によって彼は義体化に興味を持った。一説によると相手は女性であったとも。その場合草薙素子か吉田香保理(両者完全義体化済み。両者は複数の義体使いである。ALSOKのCM参照)の可能性がある。
  • とにかく強い。亀田三兄弟なんて、束になっても勝てない。よしんば亀田史郎が加担しても勝てる見込みはない。邪魔になるであろう。
  • ニコチンを吸う習慣があり、ヤニキの二つ名を持つ。しかしエネルギー補給だという説もあり、エイトマンと同種の身体構造とも考えられる。
  • あまりに頑丈すぎるが故、チーム内での信頼度は抜群である。軍事用強化外骨格使用の可能性もある。または、彼自身がが強化外骨格かもしれない。従って金本が金本の強化外骨格を装備していると言うことになる。戦闘型マトリョーシカである。
  • もしかしたら、頑丈さではアーノルド・シュワルツェネッガーに勝てるかもしれない。となれば後200年は水素電池は持つ。半月板はDP鋼という超合金でできていないため、損傷する可能性があるとか無いとか。)
  • 全身義体化を進めている。脳は筋肉化しているので電脳化はしない方向。ネットダイブをする気がないうえ、外部記憶による並列化の必要性を感じないからだという。電脳化していないのに村井ワクチン使用者リスト、15pの7段目に名前が確認できる。筋肉痛の薬と思ってる節もある。
  • 対広島戦、勝敗に関係のない局面、捕手が石原or倉の時には抜群の勝負強さを発揮した。阪神に移籍当初は、試合中広島の若手投手を相手に、甲子園のレフトにホームランを打つ練習をしたこともある。捕手が白濱(広陵の後輩)の時、勝敗に関係のない局面にも関わらず厳しい攻めをされ凡退したことがあったが、その翌日には本塁クロスプレーで白濱に肘と膝を叩き込んだ。このプレーについてプロ野球ニュース解説の達川さんは「プロ野球は縦社会ですから、これは仕方ありません」と評した。なにが仕方ないんだwww

脚注[編集]

  1. ^ 下手な送球で、よく地面に叩きつけていたため、こういうあだ名がついたそうな。

関連項目[編集]




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