運命

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運命(うんめい、DestinyFateFortune)とは、前もってどうなるか分かっちゃってる事柄に対する結果論のこと。フラグが立つとも言う。でも頑張ればかわせる。

デスティニー。フェイト。ドゥーム。カルマではない。カルマは「宿命」。

こういうこと[編集]

  • 人を殺す

   →捕まる。

  • 自分を殺す

   →死ぬ。

  →廊下に立たされる(のび太の場合)

  • 天に向かって唾を吐く

   →爆撃。

  • この後すぐ

   →かなり待たされる。

  • 風が吹けば

   →桶屋が儲かる

  • 鳴かないホトトギス

   →KILL.

   →グルーに喰われる。

   →ブルマが衰退する。

   →削除される。

  • 「俺さ、この戦争が終わったら結婚するんだ」

   →死ぬ。

   →保障期間が過ぎた途端にソニータイマー発動。

   →打ち切り。

   →東京壊滅。

  • 2アウト満塁でバッター桧山

   →空振り三振。(内野フライの可能性も)

  • 2アウト満塁でバッター佐伯

   →満塁ホームラン。

   →ローラを連れていく羽目になる

   →ふっかつのじゅもんがちがいます

   →おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました

   →ありったけの言葉を使って非難される。

   →暗殺される、あるいは退任後に本人or一族が逮捕、投獄される、もしくは自殺に追い込まれる

   →貴方はいい人だと思うんだけど…。

  • 続編の主人公になる

   →前作の主人公に立場を乗っ取られる。

  • 「あんたって人はぁぁぁ!!!」

   →主人公から外される。

  • 「俺が誰だかわかってんのか?」

   →かませ犬になる

   →腹筋崩壊。

  • ありったけの夢を行く

  →羅針バグる。

  • なぜか知らないが追われてる
      →逃げる

運命教[編集]

運命教は運命という概念を用いて善良な市民を堕落させる邪教。教義によって多くの宗派が存在する。

決定派[編集]

決定派は全宇宙の出来事が過去から未来にいたるまですべて既に決定していると主張する宗派である。 この宗派による堕落は次のとおり。

  • 全て決まっているということは、今自分が考えていることも決まっているということか。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    …と考えることも決まっていたんだな。
    ……これでは無限ループだ…と考えることも決まっていたんだな。

この堕落は全宇宙の出来事が過去から未来にいたるまですべて既に決定しているという教義を認めた場合、論理的に抜け出すことは非常に難しいと予想され、未だ解決した例はない。しかし多くの場合単に面倒くさくなり、そのうち考えるのをやめるため、運命教の宗派の中では比較的安全なものである。

この考え方だと運命を操る等といった能力はただの予知能力になる。

  • 運命を操ったと思ったら、決まってたことを予知しただけだった。

占い派[編集]

「ここであなたに会えたのも何かの運命だ!」
女性の口説き方 について、夜神月

占い派は未来の出来事を占いによって知ることが出来ると主張する宗派である。女性信者が多いとされる。また、結婚相手は運命の相手であるという教義も有名である。

占いが本当に当たるかどうかはさだかではないが、生活にバラエティを与えるものとして、あるいはメリハリをつけるものとしてよい効果もあるとされる。 しかし、多くの場合占い派は怪しいグッズ販売や細木数子なる妖怪の暗躍を助長しており、国連などがSTOP占いキャンペーンを実施している。

また、結婚相手は運命の相手であるという教義はウィキペディアに載っていないのが不思議なほどにバカバカしい。 運命の相手は当然最も相性がいいはずであり、したがって運命の相手は唯一人であるが、一生の間に出会う人間の総数は地球上に住む人間の数に比べてあまりに少ない。運命の人は確かに一人いるはずなのだが、その人物に会うことが出来る人は稀である。

終末派[編集]

「それをいっちゃあおしまいよ」
運命 について、寅さん

終末派は人間は宇宙的規模の視点で物事を見なければならないと主張する宗派である。この宗派による堕落は次のとおり。

  • いずれ人は死ぬ。何もかもむなしい。
    歴史に残る偉業をなしてもいずれ人類も滅びる。何もかもむなしい。
    宇宙はいずれ無に帰る。何もかもむなしい。

楽観派[編集]

楽観派は自分で具体的に行動を起こさなくともなんとかなると主張する宗派である。この宗派による堕落は次のとおり。

  • いつか何か運命的なことが起きるに違いない。だから今は寝よう。 (漫画:『男おいどん』の主人公おいどんの行動原理として有名。)

しかし、努力するかしないかも運命である。自分の意思で立ち上がってもそれは運命に過ぎないかもしれないが、運命によるからといってその価値は少しも損なわれない。 これは平均より頭の回転がゆっくりとしている人のみが陥る堕落である。 だが、堕落するのもやはり運命である。

関連項目[編集]

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