通り魔が必ずいい人を殺す法則

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「惑星Eから追放された その悔しさを忘れはしない 宇宙を旅して目についた 地球を必ず支配する」
通り魔が必ずいい人を殺す法則 について、宇宙猿人ゴリ

通り魔が必ずいい人を殺す法則(とおりまがかならずいいひとをころすほうそく)とは、通り魔だからこそ社会に受け入れられたいい人を殺すという心理が分かっていない馬鹿共(つまり、ウィキペディアン)によってつくられた法則。

概要[編集]

宅間守加藤智大エリック・ハリスディラン・クレボルドチョ・スンヒなど、世界中に、自分をコケにした社会に復讐する為に不特定多数を殺した通り魔は存在する。彼らは、強盗目的であることも多いが、多くは社会への復讐を動機としている。口癖は「誰でもよかった」。

そして、彼らによって殺された人は、殺された被害者なのに、マスメディアの屑共によって顔写真を公共の電波で晒され、家族はメディアの突撃を連日受ける。まるで自分自身が悪いことをしたかのような晒し上げである。そのメディアスクラムについては、別の記事に任せる。

しかし、こうしたメディアスクラムの結果得られるデータがある。それは、なぜか殺された人達は皆良い性格で将来有望で皆の評判もよかったという点である。

研究[編集]

町沢静夫は、通り魔は、かならず社会から好かれる良い人ばかりを何故か殺す法則がある、と提唱した。これに町沢の子分や、感情的に反応する似非精神科共が追随して支持、メディアを通して拡散され、「屑の通り魔が社会の役に立つ良い人ばかり殺す法則」が伝播されてしまった。

しかしよくよく考えれば、彼らが社会に受け入れられた良い人を殺すのは当然である。何故かというと、通り魔が復讐したいのは社会そのものであり、しかし社会のどの部分に復讐していいのか考えられるだけの脳味噌がないので、とりあえず凶器片手にその辺歩いてる人達を殺すのである。そして犯行の場所は、彼らが憎む社会の象徴である、喧噪の中の駅前や繁華街であることが往々にしてある。

そこは社会の表舞台なので、当然能力的にも人格的にも社会で受け入れられる「良い人」「優等生」が集いやすい。そこでキチガイが刃物を振るえば、その手の「良い人の優等生」が犠牲になる確率は非常に強い。ただそれだけの話である。それを町沢静夫ら三流のエセ精神科が、さも新しい法則を見つけたかの如く吹聴しただけに過ぎない。

殺されるのはいい人ばかりではない[編集]

例えば秋葉原連続殺人事件では、被害者の中に無職男性がいる。無論無職でもいい人はいるが、世の中は「俺は安月給で必死に働いてるんだぞ!」というワーキングプアの怨念に支配されているので、社会通念上は無職はそれだけで人格も屑ということにされてしまう。その狂った常識に従い、この犠牲者は可哀想なことに屑ということになってしまう。とすると、通り魔はいい人だけを殺すとは限らないのである。

ところが、マスメディアは、殺された被害者の内、社会的に相応の地位を得ていて、前途有望で、イケメンあるいは美女で、皆から好かれる人物ばかりにスポットライトを当てる。その方が世間の同情を得られるからである。結果として、「いい人ばかりが通り魔に殺される」ような錯覚が起こる。

つまりこの法則自体が誤謬である。

余談だがこの法則を提唱した町沢静夫は、ネオ麦茶事件の折、犯人を強引に精神病院に入れるなどして精神的に刺激し、間接的にバスジャックと殺人を惹起したいわば共犯である。出鱈目でこのようなウソの法則を吹聴していたずらに煽り、世論を刺激していることは枚挙に暇がない。しかし、この調子でやり過ぎていると、町沢自身が通り魔に殺されることになるのもそう遠い未来のことではない。そうなった時、果たして、マスメディアは、町沢を「良い人、精神科医の鑑、精神医学にとって大変な損失」と、その死を悼んでくれるであろうか。

関連項目[編集]