近鉄王国

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近鉄王国
Kintetsu Kingdom
Flag of Kintetsu Kingdom.png Flag of None.svg
(国旗) (国章)
国の標語 : 不明
近鉄王国の位置
公用語 日本語(関西弁)
首都 奈良市
最大の都市 四日市市
指導者 不明
主権者 山口昌紀
首相 不明
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第xxx位
不明平方km
不明
人口
 - 総計(不明年
 - 人口密度
世界第不明位
不明人
世界第xx位
不明人/平方km
政府 不明
国民的な英雄 不明
独立
 - 日付
1910年9月16日
通貨 日本円 (通貨コード不明)
時間帯 UTC UTC+9 (DST: なし)
国歌 -
宗教 仏教神道など
国際電話番号 なし

近鉄王国(きんてつおうこく)とは、近畿日本鉄道(近鉄)が、奈良県三重県を中心に統治を行っている地域の通称である。

これらの地域では、西紀1955年(皇紀2615年)から現在に至るまで日本国(大日本帝国)の使いであるはずの国鉄が全く権力を振るえなかったので、こう呼ばれるようになった。しばしば、阪急電鉄が形成した阪急王国と対比される。向こうが都市近郊地域の開発で名を残したのに対し、こちらは地方・都市間への大規模進出と、大胆なM&A(国家統合)で知られている。

王国の概要[編集]

大正3年、大阪上本町から奈良へ向かう路線を開業させたことから、王国の歴史は始まったとされている。この際、生駒市の生駒聖天こと宝山寺からは株式の引き受け、更には資金困窮時の支援など様々な援護を受けたといわれており、結果として真言律宗は初期近鉄の国教と位置づけられるようになった。

その後、今度は神道仏教全般を自社の発展に結び付けようと考え、南に橿原吉野と進出し、その過程で周囲の中小私鉄に顔を利かせ、終に大阪府奈良県の親分格に昇進していく。

そして私鉄では唯一、瀬戸内海岸と太平洋岸を結んでいる。まず西紀1930年に伊勢に進出して日本の国教を制えた後、競合相手で三重県や岐阜県南部一帯の統治者だった伊勢電気鉄道を統合、終に西紀1938年には愛知県名古屋まで達した。こうして、紀伊半島の双方の付け根(大阪と名古屋)を制えるに至った。

一方、戦時中にはドサクサに紛れて和歌山県まで統治下に入れたものの、すぐ南海電気鉄道として分離するに至った。これは近鉄が全く和歌山県の統治に無知かつ無関心で、専門家に任せるべきだと判断したからだと言われている。

しかし、西紀1950年代には京阪電気鉄道と争った後、京都へ進出を果たした。そして、紀伊半島(大阪府、奈良県、三重県、愛知県)に京都府岐阜県を加え、正に紀伊半島北部の王者となった。また、志摩半島を中心に観光開発を積極的に推し進め、同じ指針を持っていた東武鉄道名古屋鉄道と対比された。「東の東武、西の近鉄」と呼ばれたほどである。

なお、戦前の大日本帝国はこの露骨な支配区域拡大政策に抵抗していたものの、戦後に真日本国が発足するに及び、このような独立運動を容認する動きとなった。その結果、日本の手先である日本国鉄は西紀1960年代にこの地域では死滅した。

かつては、新宮を経由して名古屋と天王寺(大阪)を往来する紀伊半島一周線が運行されていた事で解る通り、紀伊半島の国鉄線はJR西日本に入れられるはずだった。しかし、宮城県出身の三塚博というアホな運輸大臣のせいで、三重県と愛知県はJR西日本から強引に切り離され、JR東海に入れられた。JR西日本とJR東海に切り売りされた後は、両者とも国境の枠を飛び越えて近鉄王国への侵略活動を始めており、現在では各地で局地戦が繰り広げられている状況になっている。阪急京阪神近鉄南海グループの発足後は、阪急王国を率いる阪急電鉄との内部対立も予想されている。

一方で、西紀2009年には阪急王国傘下の阪神電気鉄道と手を組み、神戸へも進出した。近鉄の保有する球団を失った後、密かに増加したという阪神タイガースのファンを運ぶのに貢献する可能性も高い。

国民生活[編集]

近鉄王国の国民は、上本町周辺の病院で生まれ、近鉄の住宅に住み、近鉄ケーブル(KCN)でテレビとインターネットを楽しみ、近鉄デパートで服を買い、近商で食品を買い、奈良交通または三重交通、近鉄電車で通勤し、残業が長引いた夜は近鉄タクシーで帰宅、レジャーは生駒山上または志摩スペイン村へ、初詣は伊勢神宮か橿原神宮か春日大社か石切神社か生駒聖天へ出かけ、死後は近鉄不動産の墓に入る。
おはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場までを見つめる近鉄である。

国民の大部分が竹下景子を崇拝しており、2010年に行われた調査では、竹下景子を知っている、と答えた人の割合が、全国平均の24%を大きく上回り、97%であった。

領土の特徴[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「近畿日本鉄道」の項目を執筆しています。
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「大阪電気軌道」の項目を執筆しています。

京都市奈良市橿原市吉野町伊勢市といったように、日本の伝統文化が息づいていたり、天皇教揺籃の地とされる場所を多く押さえているのが特徴である。特に神社では、熱田神宮橿原神宮伊勢神宮と、大日本帝国時代には極めて重要な所へ手を伸ばしていた。又、天皇教の揺籃期は、飛鳥や奈良が日本の中心地であり、大阪府と三重県は「飛鳥の外港」や「奈良の外港」として、また伊勢街道や熊野古道の沿線としても発展した。

これは日本国に対してあからさまに独立を狙っているように見せかけると、妨害を食らう恐れがあるため、国家神道皇国史観に迎合する鉄道路線を敷設することで、「大日本帝国に完全に従属した鉄道会社」だと見せかけ、領土の拡張を狙うための施策をカモフラージュしたためだといわれている。

そして戦後になり、国家神道と皇国史観が否定されたことで、晴れて「元:大日本帝国の重要地」を全て併合することになった。

戦後には伊勢神宮周辺の他、御在所・志摩方面を開発して日本から観光客を呼び込む施策をとった。近鉄湯の山線への領土拡張や近鉄鳥羽線の開業や志摩スペイン村の誘致はその象徴である。

一方、平成バブルが弾けた後、支配下に入れた近鉄北勢線をライバル国「三岐王国」に譲渡したり、近鉄伊賀線近鉄養老線を傀儡国家として独立させ、近鉄内部・八王子線に至っては、BRTという手段で財政赤字削減を図ろうとしている。ただし、養老線の領土に関しては元々イオン共和国長良共和国という名古屋共和国の傀儡国家であるという主張も根強く、どっちの傀儡だかよくわからないのが現状である。

関連項目[編集]