軍刀最強論者

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ウィキペディア専門家気取りたちも「軍刀最強論者」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

軍刀最強論者(ぐんとうさいきょうろんじゃ)とは、主に大日本帝国軍が使用した軍刀を、当時の科学を集結した最強の刀剣として研究し、人類史上最強の刀剣として無駄に崇め奉る人々である。別名、軍刀崇拝論者

概要[編集]

近代軍隊の所有する兵器の中で軍刀は、指揮を執る、実際に白兵戦で戦うなど多彩な活躍を見せた刀剣である。軍刀という概念が適用されるのは

  • 兵器の主力が銃火器となった時代以後のもの。
  • 個人で揃えることがあったとしても近代以後の軍隊では細かく制定され、○○式など兵の部門や階級で外装は統一されたもの。
  • 結果性能オンリーで製造方法にそれほど拘っていないもの。

の三点に尽きる。

とりわけ南満州鉄道が大量生産した興亜一心刀と呼ばれる軍刀は、職人が勘を頼りにする、焼き入れ部分に温度計を使用する等、非常に均一な製作体制で生産され、その斬撃能力は古刀に匹敵するという逸話が多い。 しかしその興亜一心刀も幕末の刀工水心子正秀の秘伝書に述べられている心金を皮金で包み込むという点では古刀というより最強の新々刀の製法と述べたほうが適切である(んだってさ)。

此れに対し日本美術刀剣保存協会などは、戦後GHQらが軍国主義思想戦犯探しでのこじ付けに日本刀を用いた為、「日本刀は武器としての能力を所有した美術品である」という苦しい大人の言い訳でなんとかその場を凌ぎ、スプリング刀と呼称するなどし軍刀を貶めることで国宝を守ってきたのである。この態度に軍刀最強論者は怒りを顕にし、彼らは古刀新刀新々刀らとの斬撃能力の結果や、鋼の構造を延々と述べることで“軍刀こそ日本が科学技術の粋を結集させ誕生させた最高の刀剣”という態度を動かさないのである。既に戦前から群水刀など科学精錬された一枚鍛えの刀剣の研究は進んでおり、戦後サンフランシスコ講和条約後これらの美術刀剣界が流した虚構を訂正すべきであったと悔やまれる。と独り勝手に歯ぎしりしているそーな。

更に自虐史観撤廃を同時に手がけている妄想者もいる。大東亜戦争を、自存自衛の戦争としての認識は、もはや一般的であったらいいねぇ。

また靖国神社の崇敬者の者もいる。“英霊”という一般的に神道で使われる言葉の意味すら理解していない美術刀剣崇拝者とも大きな違いである。(まあでもどっちも右翼だしな)

ともかく自分が生まれてもいない時代の大東亜戦争を、聖戦としてさも見てきたように語る滑稽さすら感じさせつつ“英霊”という言葉を使い「Fateの遣り過ぎで味噌が腐ったのでは?」と一般人を心配させる傾向すらあるのである。 よくよく考えてみればアンサイクロのような代物にもムキになってIPで出てくる辺りに彼らの異常さを感じるであろう。おっと気がついたかな?この白文字。

また彼ら軍刀最強論者は美術刀剣研究者と比較しても、“柔軟な刀剣の専門家”として数年前の軍刀粗悪説を払拭させつつある貴重な存在であるという過剰な自意識に縛られて色々鬱陶しい存在である。

そんな最強軍刀などという銃剣突撃の延長に軍事予算を注ぐよりも、歩兵には性能が高い自動小銃機関銃を支給し、航空戦力増強や戦車機動部隊を高性能なものにした方が絶対に戦闘効率が良かった。

というのは ど素人の考えであるが、実は思想性に凝り固まった玄人よりも 縛られない素人の方が、戦略思考ではかなり正しい位置にいることの皮肉な証明でもある。この部分を消す奴は基本的にキチガイな軍刀最強論者ですよ~(笑)刀より銃、戦車、航空機の方が戦争では強いでしょ?

佐久間象山 曰く[編集]

「刀は国の衛士たる武士が帯びるもの。刀が朽ちれば国も朽ちる迷わず打て」

軍隊の西洋化が進む中、日本刀の製作に疑問を持った刀工に対して佐久間象山が述べた言葉(鳥羽伏見の戦い前で…百数十年前)つまり実戦を経験していない親爺の古すぎる国粋主義思想。軍刀最強論者が喜んで引用する。しかし近代戦争ってのは兵器性能と国力の差が基本なんだがねぇ

鬼の副長 曰く[編集]

「刀は駄目だ。これからの戦は鉄砲ですな 」
軍刀最強論者 について、土方歳三(鳥羽伏見の戦い後で…百数十年前)

結論[編集]

「『銃は剣より強し』ンッン~、名言だなこれは。」
軍刀最強論者 について、ホル・ホース

関連項目[編集]