荊州四英傑
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荊州四英傑(けいしゅうよんえいけつ)とは「三国志」において荊州南部にある支店を管理するため、曹操によって任ぜられた4人の支店長。長沙支店長 韓玄、零陵支店長 劉度、桂陽支店長 趙範、武陵支店長 金旋のこと。大企業曹魏グループの支援の下、堅実健全な支店運営には定評があった。レッドウォールマネーゲームで曹魏グループが孫呉コーポレーションに破れたことをきっかけに曹魏グループの支援を失い、孫呉コーポレーションの尻馬に載った皇帝の親族を僭称するヤクザに因縁をつけられ、支店を接収された。
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[編集] 主な人物
[編集] 長沙支店
[編集] 韓玄
(かんげん、Hán Xuán)
長沙支店長。荊州武将中最強の爺と次席の反骨を部下に持ち、彼らの働きを持ってすればヤクザなど恐るるにたらないと思われた。しかし、よりによって相手にしたのが三国志上最強クラスの関羽だったのが不幸の始まり。爺はまともに戦わず、反骨には裏切られて逢えなく斬殺されてしまう。四英傑中一番部下に恵まれない悲しい人物である。
[編集] 黄忠
(こうちゅう、Huáng Zhōng 字は漢升)
関羽と一騎打ちをした際に関羽に恋慕し、支店長命に背いて関羽を生かす。怒った韓玄に幽閉されている間に、韓玄は反骨に切られてしまい、困っていたところをヤクザにスカウトされ、ほいほいついていく。助けてやった関羽には、後に「あんな耄碌爺といっしょにするな」などとつれなくされた。株式会社蜀漢入社以前から15年近く爺爺といわれ続けたが、生涯現役を貫いた。
[編集] 魏延
(ぎえん、Wèi Yán 字は文長)
ご存知反骨。「この俺の首を取れる者はおるか!」。
[編集] 零陵支店
[編集] 劉度
(りゅう ど、Liú Dù)
穏健派で、ヤクザに対し早々に降伏しようとするも、息子たち主戦派を押さえきれずに戦端を開く。出撃させた息子やKDAが案の定惨敗してしまったので、最期には結局降伏する羽目に。以後ヤクザの元で零陵支店長を続けることになる。KDAを失ったものの、息子は五体満足で帰ってきたし、零陵支店長の座は死守できたしで、めでたしめでたし。
[編集] 劉賢
(りゅう けん)
ヤクザに対し徹底抗戦を主張して出撃する。KDAと謀って諸葛亮を陥れようと企むも、奏功せず、頼みのKDAは斬られ、自身は捕まって酷い目に遭った。窮地を脱するため、死んだKDAにすべての責任を押しつけ、許しを請う。よほど懲りたのか、そのままヤクザの舎弟に収まってってしまい親を困らせたとか困らせなかったとか。
[編集] KDA
(けい どうえい、Xíng Dàoróng)
荊南随一の猛将。徐晃、韓徳と並ぶ大斧フェチとして知られる。劉賢の勧めで、ヤクザと対すると、諸葛亮に舌戦を挑み、張飛、趙雲と切り結び、劉備を言いくるめ、諸葛亮を罠にかけようとする、など、どんな名将であっても躊躇するようなありとあらゆる挑戦をやってのける。当然ほぼすべてにおいて惨敗し、最後は趙雲に突き殺されてしまったが、そんなチャレンジスピリットに、後世の我々はしびれるあこがれるのである。
[編集] 桂陽支店
[編集] 趙範
(ちょうはん)
桂陽支店長。ヤクザ進出に際し果敢に抵抗するも、惨敗し、あっさりと降伏する。やってきた趙雲とたまたま姓が一緒だったので、義兄弟のちぎりを結んだまでは良かったが、うっかり使い古しの嫂をお勧めしてしまったため、全身に根性焼きを入れられてしまう。恨みを晴らさんと陳応、鮑隆を送り込むも、これまたあっさり返り討ちに遭い、逆に趙雲に捕らえられてしまった。ヤクザの取りなしで事なきを得たものの、ヤクザに借りを作っては一大事と考えた趙範は、折を見て曹魏グループ本部へと逃げ帰った。彼にチャーハンを作らせると右に出る者がいない程上手かっただろうと言われている。
[編集] 陳応
(ちん おう、Chén Yìng)
桂陽支店二枚看板の一翼。鮑隆の相方。趙雲に挑んでは捕らえられ、主君の復讐に行けば酔いつぶれて捕らえられ、良いところのないまま馘られた。
[編集] 鮑隆
(あわび たかし、Bào Lóng)
KDAと人気を二分する荊南の勇将。虎殺しの異名を持ち重力を自在に操る高貴なる男性騎士。陳応と共に主君の復讐をはたさんと、奸計を携えて趙雲のもとに向かったが、酔い潰されて捕らえられる。部下が趙雲のメンチに耐えきれず、口を割ってしまったため。実力を発揮できないままに斬首されてしまった。
[編集] 武陵支店
[編集] 金旋
(きんせん 字は元機)
四英傑随一の名門出身。部下である鞏志の甘言を退け、ヤクザに毅然と立ち向かう。攻め手の張飛相手に奮戦するも及ばず、城に戻ってきたところを、したり顔の鞏志に射殺されてしまった。
[編集] 鞏志
(きょう し、Gǒng Zhì)
金旋に当初からヤクザに降伏することを進言。本来なら馘られてもおかしくないところを、広い心を持った金旋は幽閉で済ませてしまう。ところがこれを逆恨みした鞏志は金旋が戦に出ている隙を伺い、牢を脱出。兵を先導して反乱を起こし、武陵を制圧する。そして、張飛に敗れ、戻ってきた金旋に向かって「それみたことか」と矢を射かけた。この行為は反骨のそれとそれほどの差異はないのだが、より陰湿な分、奸計好きの諸葛亮に認められたようで、鞏志はその後、まんまと武陵支店長に任ぜられた。

