超創会
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
超創会(ちょうそうかい)とは、千葉県松戸市に遠刕光翁が設立した思想・宗教団体。徹底した秘密主義の為詳細は不明だが、カルト的性格を帯びているとみられる。本部は新田診療所に置かれた。設立年次不明。開祖である遠刕光翁の死後、会長は不在だが長男の恒寿が遠刕恒翁として後継者となることが有力視されている。前身団体は総合学団。
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[編集] 経典
経典は開祖・遠刕光翁の著書である。哲学・科学の更新、核心シリーズなど。経典の他に恒寿氏の出演映像も活用する。
[編集] 教義
超創会会員の最終使命は超克することにあるといわれている。光翁の思い描いた超克とは学歴や男尊女卑、民族主義によって選り分けられる、いわゆる選民による理想社会の実現であったと思われる。自分を認めないこの世は濁世であり、自分は高次に達していると主張。光翁自身が石原莞爾や国柱会の思想に影響を受けたと語っているが、国柱会と光翁の超克思想の間に類似点は少ない。極端な選民主義が災いして信者数は増えず、初期の教団経営は相当厳しかったようだ。医師である彼が医療施設を母体にして設立した珍しい宗教なので、草創期には受診に来た患者を教化して信者を獲得しようと画策したが、単に治療を求める患者と、患者を自分の信者として扱う光翁の間でトラブルが絶えなかったという。医療施設を利用したイニシエーション的行為があった可能性も否定できない。光翁の死後、組織活動は沈静化していたようだが、2代目教祖の恒寿氏は若者のカリスマ東京kittyであると噂され、10~20代の彼の熱狂的ファン層が新たな信者として大挙入信し組織が再び活性化すると予測されている。恒寿氏の思想には処女の経血や幼女といった穢れなき物への傾倒を見ることができる。また、恒寿氏視点の美少年への寵愛も確認されている。純粋無垢なる者達による理想社会の実現、これが新生超創会の掲げる超克であり、開祖光翁の超克選民主義とは決定的に異なる点で、光翁の教えを頑なに守る原理主義者との対立が懸念されている。
[編集] 公式ホームページの発見
2008年10月、webarchive.orgに保存されていた超創会の公式HPが発見された。光翁存命時に製作されたと見られるこのサイトは超創会研究の第一級の史料として貴重である。
[編集] 聖地
発祥地の松戸新田のほかに、恒寿氏が初めて超克を体験したとされる千代田線を新たな聖地とする主張もある。
[編集] ゆかりのある土地
- 釜石 光翁生誕の地。全てはここから始まった。
- 松戸 超創会本部があり、光翁が生涯を閉じた場所でもある。現在も夫人と恒寿が在住。
- 京都 光翁が京都府立医大時代に滞在。
- 巣鴨 恒寿が学生時代を過ごした場所。瓶拾い伝説など。
[編集] 超克
超克(ちょうこく)とは、宗教・超創会における最終目標であり、教義である。仏教における解脱のようなものである。どのようにして超克にいたるかは超創会の経典である超創会開祖・遠刕光翁の著書に記述されている。
[編集] 超克に達した者
超創会の歴史上で超克を遂げた者は、開祖・遠刕光翁と長男・恒寿のみである。超克は常人には不可能といわれる。光翁には息子が二人いるが次男は長男・恒寿のような特異性が低かった為超克に至らず、超創会からは距離を置いている。
[編集] 対立関係
もとより外世界(濁世)との対決姿勢を明らかにしていた超創会だが、光翁の死後急速に先鋭化、いくつかの団体とは抗争に発展している。現在は主に2ちゃんねる、創価学会、民団、AVEX、稲川会と対立中だが、いずれも超創会の優勢が伝えられ、その軍門に下る日も近いだろう。
友好団体としてはmixi、TBS、東京銀杏会、イレギュラーズアンドパートナーズ、株式会社ベルペトロが挙げられる。
[編集] 会員数
詳細不明。公安当局の調べでは推定1人~200万人と推定される。急増する2代目教祖恒寿氏の女子中高生ファンを信者数に加えて良いかどうかは議論の分かれるところである。


